7. 驚愕
目の前に置かれた切り分けられたパイと紅茶が微かに湯気を燻らす。お茶の準備を終えた侍女が退出したのを確認すると、黙って俯いているテミスリートに視線を移した。
「・・・先程の話の続きを、伺ってもよろしいかしら?」
テミスリートはどう切り出して良いか分からないのか、少しばかり考え込んでいたが、顔を上げるとこくりと頷いた。
「ナディア様は・・・王のことをどう思っていらっしゃいますか?」
少し想像がついていた質問ではある。しかし、その言葉にナディアの胸はどきりと鳴った。目の前にいるのはエルディックの想い人である。その相手にはっきりと自分の気持ちを告げるのは躊躇われる。
「そうですね・・・尊敬できる方だと思っておりますわ」
「尊敬・・・ですか」
とりあえず、嘘ではない。王として近隣の国との付き合いもよく、政にも精を出しているエルディックの評価は国内・国外共に悪くない。それに、外見も良い。無表情、無口のようなマイナス面もあるが、概ね人気がある。ナディアも後宮入りを命じられたときはそれを嫌だと思わないくらいには慕っていた。期待していた返事と違ったのか、テミスリートは複雑そうな顔をしている。
「ええ。テミス様は違うのですか?」
ちょっとしたからかいも込めて聞き返してみると、テミスリートは首をかしげた。
「尊敬・・・してないこともないのですが・・・どちらかというと幼いというか・・・」
「・・・・・・・・・・・・はい?」
ナディアの目は点になった。
「結構シャイですし、口下手ですし、自分の気持ち一つ上手に伝えられない困った方だと思っています」
少しため息をつきつつ、紅茶を口にするテミスリートとは対象的に、ナディアは混乱していた。
「(あの王が!?)」
ナディアにとっては、必要以上に話さないのが普通なのだと思っていたが、テミスリートの言い方だと言いたいことを言い切れていないだけのようである。顔にも出さないし、とてもそういう風には見えなかった。
「(・・・でも、テミス様とは結構お話していらしたわね、そういえば)」
数日前に見たとき、エルディックはテミスリート相手に信じられないほど話を続けていた。テミスリートにはあれがいつものことなのかもしれない。
「テミス様は・・・王と良くお話になるのね」
「そうですね。毎日いらっしゃいますし。いらっしゃらなくても良いと申し上げているのですが、聞き入れて頂けなくて・・・」
苦笑するテミスリートから、ナディアは不自然に見えないよう視線をそらした。
「(やはり・・・)」
エルディックはナディアの元を訪れた後、テミスリートの元を訪れていたのだろう。本人の口からそれを言われると、少し辛い。ナディアはまだ温かいカップを手に取り、紅茶を口に含んだ。微かに口に広がる渋味が気持ちを浮上させてくれた。
「ところで、どうしてそのようなことをお聞きになったのですか?」
「・・・私の口から告げてよろしいものか・・・」
テミスリートはしばし視線を彷徨わせたが、軽くため息をつき、口を開いた。
「・・・・・・王が、『ナディア様に嫌われた』、と毎日のように泣きにいらっしゃるので、ナディア様のお気持ちを確認したいと思いまして・・・」
「!?」
予想もしていなかった言葉に、ナディアの目が驚きに見開かれる。そこまで気にしているとは思っていなかったため、驚きもなおさらだ。
「・・・怒ってらっしゃるのではなくて?」
「怒っているようにお見えになりましたか。王はほとんど表情を変えたりなさいませんし、去年後宮にいらしたナディア様が気付かれるのは少し難しいかもしれませんね」
「テミス様はお分かりになるのですね・・・」
少ししょげるナディアに、テミスリートは苦笑した。
「もう、10年以上の付き合いですから」
「・・・・・・え?」
ナディアは再び目を丸くした。エルディックが即位したのが4年前である。後宮に側室が入り始めたのが3年前であるし、それ以前にエルディックにつきあっていた女性がいるという話は聞いたことがない。不思議そうに目を瞬かせるナディアに、テミスリートは困ったように笑う。
「実は、兄弟なんです」
「ええ!?」
ナディアは更に驚いた。兄妹が後宮にいるのも驚きだが、エルディックに妹はいないとされている。異母弟ならいたが、エルディックの即位前に病死していて、今は血縁は誰も残っていない筈だ。と、そこまで考えて、ナディアは色を失った。
「あ、貴方は―――」
「多分、ご想像どおりです」
肯定を返すテミスリートに、ナディアは思わず呟いていた。
「・・・・・・男?」
ナディアの一言に、テミスリートは苦笑を禁じえなかった。
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