6. 出会い
午後のティータイムが近づく頃、少し期待と緊張に胸を躍らせて部屋で待機していたナディアは、ドアのノックの音に思わず立ち上がり、慌ててもう一度腰を下ろした。その様子に見なかった振りをして、侍女はドアへと近寄った。ドアを開け、そこに立っていたのであろう者と何事か話すと、部屋の中へと促した。
「(来たっ)」
ナディアはわくわくとドアのほうに目を向ける。そのまま、目を丸くした。
フードを被り、全身灰色のローブを上から纏った人間が中へと入ってくる。どう見ても不審者としか思えない出で立ちに固まっていると、その人間はナディアの方に顔を向け、そっとフードを外した。
「―――――突然の申し出、失礼いたしました。こうしてお時間を頂けたこと、感謝致します」
すっと頭を下げると同時に、ゆるく後ろで括られた白銀の髪が絨毯のように広がった。
「(あの時の・・・!?)」
目の前で柔らかい笑みを湛えているのは、数日前エルディックが楽しそうに話していた少女だった。
「貴女が・・・テミスリート様?」
「はい。お初にお目にかかります、エルヴァラント公爵嬢。私のことはテミスとお呼びください。」
名前を呼ばれたためか、嬉しそうに笑うテミスリートにナディアの表情も綻ぶ。
「ありがとうございます。私のことはナディアと」
「分かりました、ナディア様」
後宮の側室達は皆当然既婚者であるが、後宮を出て再婚も可能なため、便宜的に未婚女性として扱われている。そのため、お互いを呼び合うときは相手の家の名と爵位を用いるのが普通であり、名前で呼び合うのは親しい間柄だけである。
「さ、お座りになって」
「おそれいります」
ナディアに勧められるまま、テミスリートは席に着く。そして何やら包みを取り出し、机の上に置いた。
「そちらは?」
「つまらない物ですが、菓子を作ってみたので持って参りました。お口に合うと良いのですが・・・」
少しばかり恥ずかしそうに顔を赤らめるテミスリートから包みを受け取り、ナディアは目をぱちくりさせた。
「良くお作りになられるの?」
「はい。ここでできる事は限られておりますし、とても楽しいですから」
これが演技とは思えないにこにこぶりに、ナディアは内心苦笑した。
「(面白い方ね)」
後宮内での権力争いは現在表立っては行われていないが、このような菓子の類に毒を仕込んでライバルに送りつける側室は結構多い。ナディアにはほとんどなく、被害にも遭わなかったが、他の側室の中には命を落とした者もいるという。だから、普通は菓子を土産に持参することはない。持参した菓子に毒が見つかればすぐに仕込んだ者がばれてしまうからだ。それに、アトランドでは貴族の女性は料理をしないのである。その点から見ても、テミスリートは少し変わっているようであった。
「(私も変わってるって言われるし、仲良くなれそうね)」
エルディックを取り合う相手だと思うとあまり仲良くしたくないのだが、ずっと後宮にいることになるのなら良好な関係を築いておきたい。それに、なんだか憎めないのだ。纏っている雰囲気に親しみが湧いて。
「では、一緒に頂きましょう。冷めないうちに頂いたほうがきっと美味しいでしょうし」
「ありがとうございます」
どうやら中身はパイらしく、包みを開くとふんわりと香ばしいバターの香りが湯気と共に広がった。それを見て、侍女はお茶の用意をすると断りをいれて部屋を退出していく。それを見送って、ナディアはテミスリートに視線を戻した。
「ところで、お話があると伺いましたが・・・」
「・・・・・・はい」
ナディアが軽く水を向けると、テミスリートは居住まいを正した。優しい淡い色の瞳が真剣味を帯びる。
「何でしょう?」
何となく嫌な予感がするが、聞くしかない。ナディアがそっと促すと、テミスリートは重い口を開いた。
「・・・・・・王のことに、ついてです」
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