4. 逆効果
ここら辺から、少しずつコメディになります。
シリアスがお好きだった方は申し訳ありません。
その夜、ナディアはなかなか寝付けなかった。昼に見た光景が頭に焼き付いて離れないせいか、それとも、数日前まであったぬくもりがないせいなのか。原因となるものは色々と思いつくのだが、それを解消する方法はないため、ナディアは深く布団を被った。
「(何でこんなに悩まなくちゃいけないのよ・・・)」
どうせ家に帰るのだ。気にしなければよいのだ。しかし、そう言えない自分がいる。
「(私だけが好きだなんて・・・悲しいじゃない)」
あの人に見せていたように、自分にも色々な表情を向けて欲しい。あんな風に声をかけて欲しい。そう思っても、それを直接伝えるのは怖くて。今ですら避けられているのに、それを言って嫌われるのは嫌で。でも、羨ましくて。
ぐるぐると出口のない思考を繰り返していたナディアの耳に、寝室のドアをノックしている音がかすかに届いた。慌てて布団から顔を出し、寝台に座る。
「は、はい」
少しばかり、声が裏返ってしまう。こんな夜中に、部屋の入口にいる近衛に怪しまれること無く寝室に足を運べるのは一人しかいない。
「入っても・・・いいだろうか?」
遠慮がちに尋ねてくる王―――エルディックにナディアは小さく肯定の返事を返した。
「・・・・・・どうぞ」
「・・・失礼する」
エルディックは音を立てないように寝室へと入ると、ナディアの傍へ寄った。
「・・・ここ数日、来なくて済まなかった」
「・・・・・・いえ」
なぜ謝るのだろう。会いに来るも来ないもエルディックの采配一つであるはずなのに・・・
驚きと同時に、いたたまれなくなり、ナディアは差しさわりのない返事を返すことしか出来ない。
そのまま、二人はしばし黙り込んだ。数日振りに顔を合わせた相手に、どう声をかけてよいのか思いつかない。ナディアは困惑した表情を隠そうと俯いた。その頭上に、少し慌てたような声がかかる。
「怒っているか・・・?」
「・・・何を怒ることがあるのでしょう?」
ナディアは、出来るだけ声の震えを隠し、言葉を紡いだ。相手に悟られないよう、笑顔も添えて。
まだ、正妃ではない自分。その上、エルディックが訪れなければ、後宮にいる必要も特にない自分がいったい何故怒らなければならないのか。そんな思いと共に胸がしくしくと痛む。
必要以上に話さないナディアに、エルディックは内心とても慌てていた。人前で感情を出すのが苦手なエルディックが、素直に表情を変えられる相手は今のところただ一人だけ。昼にその人物にお灸を据えられ、挙句愛しの女性に離婚宣言をされて、慌てて部屋を訪れたのだが、こうもそっけない返事を返されると泣きたくなる。しかし、傍から見ればしかめ面にしか見えない顔を向けられて、怒っているように見えないと言えるかどうか。ナディアの目にはしっかりと不機嫌そうな様子のエルディックが映し出されている。
「・・・手紙を受け取った。・・・その・・・後宮を辞したいと・・・」
言いながらどんどん仏頂面になっていくエルディックに、ナディアは一度上げた顔を再び俯かせた。
「・・・はい。」
「・・・・・・許可したくない」
エルディックの静かな声に、ナディアは小さく身を震わせた。エルディックは泣かせてしまったのかと慌ててナディアの肩を抱いた。
「別に、無理強いするつもりはない。でも、出来れば、ここに留まって欲しい。君の人から好かれる器量はとても素晴らしいものだと思う。それに―――」
そのまま普段の彼にしてみれば信じられないほど延々と賛辞を送ってくれるエルディックに、ナディアは更に落ち込んだ。褒められているのは掛け値なしに嬉しい。が、その内容をかいつまんで見えてくるものは、いかに正妃に向いているかということだけだ。
「(やっぱり、愛してくれているわけではないのね・・・)」
公私混同をしていては、王としては失格だ。エルディックの考えは正しい。しかし、ナディアとしては、自分は決して振り向いてもらえないのだと宣告されたようで、逆に苦しかった。
「・・・・・・分かりました。」
「ナディア?」
「王がそこまで望んでくださるのでしたら、私はここに留まります。」
ナディアの口から、自分が本当に言ったのかと思うくらい、冷たい声が滑り出た。エルディックの表情が青ざめるが、俯いているナディアには分からない。
「ナディア、あの」
「・・・・・・少し具合がよろしくないので、今夜はお帰り頂けないでしょうか?」
一応懇願の形を取ってはいるが、命令に近い声音にエルディックは否を口にすることは出来なかった。それどころか、気づかう言葉一つ満足に発することもできず、かろうじて了承の言葉を口にする。
「・・・・・・分かった」
そのままヨロヨロという擬声語がくっつきそうな様で、何度も振り返り寝室から退出していくエルディックをナディアは表情の読めない笑顔で見送る。名残惜しそうに扉が閉められたところで、ナディアは心の中で盛大に叫んだ。
「(・・・王なんか・・・だいっ嫌い!!!)」
読んでくださり、ありがとうございます。