3. 手紙
ナディアは部屋に戻るとすぐに着替え、寝台に仰向けになった。そのまま何をするでもなく、ぼーっと天井を見上げる。
「・・・・・・私、なんでここにいるのかしら・・・」
答えの判りきった疑問を浮かべてしまうほど、ナディアは凹んでいた。
自分のことを好きだと思っていたエルディックに想い人がいたことにもショックだったが、それが発覚したのが、自分がエルディックを好きだと気づいてからだったことがナディアには一番堪えていた。
「(あの方のこと、明らかに大事にしているみたいなのに、どうして私のところに来るわけ?)」
後宮の側室の中では最も家柄のいい自分を隠れ蓑にしているという可能性は最初に考慮に入れた。相手の身分が低い場合、より身分の高い側室からいじめを受けることもあるため、それを回避するために表向きには身分の最も高い側室を正妃とし、世継ぎを残すためだけに相手をする王の話はよくあることだった。しかし、その場合は王は必要以上に寵愛している側室以外を訪れないし、子の有無に関わらずさっさと側室から正妃を選び、召し上げている。自分の場合に当てはめると、エルディックが想い人を守るつもりなら、自分は入内早々正妃として召し上げられているはずなのだ。なのに、エルディックは先日まで毎晩のように自分のもとを訪れていたのである。
「(・・・・・・家に帰ろうかな。)」
いくら家の意向で入内したといっても、王が許可を出せば帰ることはできる。家族は残念がるかもしれないが、後宮から出た女性を娶るのは誉れであるとされているため、そこまで難色を示したりはしないだろう。
もともと、正妃になりたかったわけでもないし、エルディックを愛していたわけでもない。今なら、まだ忘れられる。
ナディアは寝台から降りると、寝室の端に置かれた机に向かい、側室辞退の旨を手紙にしたためた。さすがに人づてにそれを伝えるのは嫌だったし、直に伝えに行きたくても側室である以上は後宮を出られない。となると、手紙くらいしか人に知られず伝える術はない。・・・訪れが途絶えている今は特に。
ナディアは手紙を持って寝室を出ると、応接室に控えていた侍女に声をかけた。
「ごめんなさいね。少し、良いかしら?」
「はい。何でございましょう?」
先ほど散歩から戻ってきてすぐ寝室に引っ込んでしまった自分を心配してくれているのか、言われたことを聞き漏らすまいというように真剣な表情を向けてくる侍女に内心苦笑しながらも、ナディアは侍女に手紙を渡した。
「これを、王に届けたいのだけど、お願いできるかしら?」
「はい。必ずお届けいたします」
「(・・・そこまで気負わなくても良いのだけれど・・・)」
なくされて、誰かに見られるのは少し嫌だが、いずれ後宮を辞すのであれば特に見られて困る内容でもない。しかし、あまりに真剣な侍女の様子に、それを伝えるのは憚られた。
「・・・・・・お願いね」
「お任せください。では、失礼致します。」
まるで騎士のように一礼して部屋を出ていく侍女に、ナディアは今までと種類の異なるため息を漏らした。
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