2. 確信
中庭に出たナディアは、目の前の風景に顔を綻ばせた。
折りしも春の真っ只中、中庭を囲むように植えられた木々も、整備された道沿いに整えられた花壇も、彩り様々な花を付けている。風に吹かれ、はらりと散る花びらも、その情景に色を添えていた。
「(来た甲斐があったというものね)」
他の側室たちは、茶会が開かれるときを除いて中庭には足を運ばない。いくら整備されているとはいえ、ドレスの裾が汚れることのある、風で土埃が舞う場所に足を運びたがらないようだ。そういう意味では、ナディアは少し変わっているといえる。しかし、彼女からすれば自分の振舞いが変わっていようとも、一人で中庭の美しさを堪能できるのだから気にするほどのことではない。鼻歌交じりに中庭を奥へ奥へと歩いていく。
「(折角散歩に来たのだし、たまには他のところから出てみようかしら)」
この中庭は、後宮の中央に位置しており、円形に造られている。そして、後宮の廊下の4箇所から出入りが可能となっている。ナディアが入ってきたのは自分の部屋の近くにある廊下から中庭へ通じる出入り口である。いつもならそこから出て部屋に戻るのだが、気分転換も兼ねているので、他の出入り口から出て、少し遠回りをして戻ってくるのも良いように思えた。
「(うーん・・・左から出ることにしましょう)」
ちなみに、ナディアが入ってきた出入り口とそこから向かって右側の出入り口は側室の部屋が集まっている。左は使用人達の部屋が集まっていて、真向かいは後宮の出口に近い。
ナディアは時折花壇の花に触れたり、風に揺れる花を眺めたりと中庭を満喫しつつ、左の出入り口へと歩を進めた。中庭の中心から左へと進路を変え、しばし進んだところで、ナディアはふと立ち止まった。
「(・・・・・・声?)」
どことなく聞き覚えのある声にまさかと思いつつも、ナディアは声のした方へと向かう。通路を外れ、少し奥へと入っていくと、木々と背の高い草、そして後宮の壁に阻まれて外から隔離されている空間に見知った顔を見つけた。
「(王!?)」
ここ数日顔を合わせなかった相手がそのような場所にいることに驚き、ナディアは近づいて声をかけようとして―――立ち止まった。
エルディックの隣にいる人物に、エルディックがその人物と見たことも無い嬉しそうな表情で話している様子に、声を失った。慌てて草の陰に隠れてしまったのは仕方ないことかもしれない。
「(の、覗き見はいけないとは思うけど・・・気になる!)」
そのまま回れ右をして去ってしまっても良かったのだが、先日の出来事からエルディックのことについて色々と気になっていた身としては、ただ去るのは嫌だった。ナディアは少し後ろに下がると、木の陰から二人の様子を伺った。
二人の会話は聞こえないものの、明らかに仲が良さそうである。普段、あまり感情を表に出さないエルディックがあれほど相好を崩すのも信じられないことだが、あまり喋ろうとしない彼があれほど饒舌に会話をしているのである。会話の相手がエルディックにとって特別な存在であることは疑いようも無かった。
ナディアは胸にはしった小さな痛みに気づかない振りをして、エルディックの隣にいる相手に視線を移した。
「(あの方が・・・?)」
そこにいたのは、絶世の美女と言われても納得がいくような美貌の持ち主だった。膝まで長く伸ばした真っ直ぐな銀の髪を後ろでゆるく括り、柔らかいアクアマリンのような瞳をした、ナディアより少し年下であろう少女。服装はドレスではなかったが、側室のどの女性よりも華麗で優雅に見える。彼女はエルディックの話に時には優しく微笑み、時には困惑気味に整った顔を歪め、時には面白そうに子どものような笑みを浮かべていた。
「(・・・・・・敵うわけ、無いわね・・・・・・)」
家柄では勝てるかもしれないが、自分ではエルディックにあのような顔をさせてはあげられないし、見た目でも負けている。
「(・・・・・・帰ろう)」
ナディアは気づかれないようにそっと通路まで戻ると、来た道を通って自室へと戻った。
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