1. 疑惑
「(・・・怪しい)」
ナディアはふぅ・・・とため息をもらした。目の前の紅茶には、不機嫌そうな顔をしたかわいらしい少女の顔が映っている。
「ナディア様、どうかなさいましたか?」
傍らで給仕していた侍女に気遣うように声をかけられ、ナディアははっと顔を上げた。すぐににこやかな笑みを浮かべる。
「大丈夫、なんでもないわ」
「そう・・・ですか。もし、気になることがございましたら、すぐにおっしゃってください」
「ありがとう」
ナディアの微笑みに納得できなかったのか、侍女は心配そうな表情を隠そうとはしない。しかし、尋ねようとはしなかった。
「少し一人になりたいのだけど、良いかしら?」
「・・・・・・かしこまりました。では、失礼致します」
侍女は静かに一礼し、退出する。ナディアはそれを淑女らしい微笑で見送り―――今度は盛大にため息を吐いた。
「・・・もう、一体なんなのよ・・・」
彼女の悩み事は他には相談しにくかった。特に、後宮という場所では。
ナディアの住まうアトランド国は齢23になる王エルディック・ディンガム・アトランドが治めている至って平和な国である。他国との交流も多く、国土も比較的豊かで広大、治安も他国と比べてそれほど悪くない。しかし、王宮内での権力争いは熾烈で、後宮でも側室の家柄や相貌、王の訪問数が権力に直結している。
幸いナディアは公爵家で家柄は申し分なく、美女というよりは愛らしい整った相貌をしている。それに、ほぼ毎日のように王の訪れをうけているため、正妃候補として特に不幸に見舞われることもなく日々を過ごしている。
だが、それでも悩みはあるのである。
「(・・・他に通っている方がいるとしか思えないのよね)」
ナディアはため息をつきつつ、先日のことを振り返る。
最初は、ただの癖だと思っていたのだ。初めて閨を訪れた日から、エルディックは毎夜ナディアの元を訪れているが、夜明けと共に出ていくのは。
仕事が溜まっているのか、それとも一人で眠る時間を作りたいのかは判らないが、毎日必ず夜明けと共に出て行くので、最近では夜明け前に起き、エルディックを見送るのが当たり前になっていた。
しかし先日、たまたま疲れていたのか、エルディックは夜明け前に起きなかったため、ナディアも無理に起こそうとはしなかった。その後、日が昇りきった頃に目を覚ましたエルディックは蒼白な顔でぽつりと呟いたのだ。ナディアにとって衝撃的な一言を。
「(『約束を破ってしまった・・・!』ってどういうことよ・・・!)」
その時は混乱していて何も言えなかったが、後で思い出してみると、夜明けと共に出て行っていたのは誰かとの約束のためだったのだとエルディック自身に肯定されたのと同じである。
これはかなりショックだった。
「(ずっと私のところにしか通ってこないって聞いていたから、好いてくれてると思っていたのに・・・)」
当初あまり後宮行きの話に乗り気でなかった自分のもとにほとんど毎日通ってくるエルディックを好きになったと自覚してすぐの出来事に、ナディアはショックを隠しきれなかった。その上、その日からエルディックはナディアのもとを訪れなくなった。本当は愛されていなかったのかもしれないと思うと、辛くて誰かに慰めてもらいたくなるが、後宮ではどこに耳があるか判らないし、慰めてくれるような親しい人物も少ない。
「・・・・・悩んでいても、仕方ないわよね・・・」
ナディアは軽くため息をつき、冷めてしまった紅茶を置いたままスッと立ち上がった。
「気分転換に散歩にでも出よう・・・」
ちょうど良いことに、今日は天気もいい。絶好の散歩日和である。ナディアはもやもやした気持ちを抱えたまま、部屋を出た。
読んでくださり、ありがとうございました。
誤字脱字、文章の乱れ、言い回しのおかしなところ、辻褄のあわない部分などがありましたらぜひご連絡ください(ただ、直すのは遅いかもしれません・・・)。