第六話:呪われた塔
ユーマの熱は下がりましたが歩ける様子ではありません。しかし、ユーマは急いで塔へ向かおうとします。それでは、ごゆっくりお楽しみください。
しばらくした後、ユーマは目を開けた。ウルフが覗き込むようにユーマを見ている。突然ユーマは上半身を起こした。そのため、ユーマの頭がウルフの顔面に直撃し鈍い音が鳴った。ウルフは鼻のあたりを押さえる。ユーマは少しの間ぼーっとしてたが痛がるウルフの姿を見ると目を見開き慌てた。
「ちょ、大丈夫?」
「おま、急に、頭で顔……」
ウルフは話のつながらない単語をとぎれとぎれにぼやき、渋い顔をしている。ユーマはベッドから出ようとするとよろけた。足元がフラフラしていてまともに歩けていない。少しだけウルフの方に近づいて、ペタンと床に座った。それでもユーマは立ち上がろうとする。だが、またペタンと座ってしまう。仕方なく手をつき膝をつき、四足歩行でウルフの元へと近づいた。ウルフはそんなユーマを見て立ち上がると、そっとユーマを抱きかかえベットの方へと戻した。ユーマは顔を赤らめる。普通だったらこれでかっこいいナイトのようにも見えるのだが、彼はさっきの顔面直撃時に鼻血を出していたので、どうもキまらなかった。ウルフは鼻にティッシュを詰める。それがおかしかったのかユーマは笑っていた。いや、笑いをこらえていたと言う方のが正解かもしれない。必死にウルフの方から視線をそらして背中を震わせていた。その彼女の姿を見てウルフは微笑んだ。しばらくそうしているとユーマは何かを思いだしたように、慌ててまたベッドから出ようとする。
「やめておけ、まだ完璧に回復したわけじゃないんだ」
ウルフはそう言ってユーマを抱きかかえる。するとユーマは暴れだしてなんとかウルフの腕から逃げようとする。ウルフは彼女のしたいように床に下ろす。立ち上がろうとしたユーマはまた床に座ってしまう。
「そんなに急いで何をしようってんだ?」
「塔よ、塔に早く行かないと邪悪な神が」
「邪悪な神だって?」
ウルフは目を丸くした。まるで頭の上にクエスチョンマークが出ているかのようだった。ユーマはそんな彼を見て頬を膨らませた。ウルフはその頬をつつく。しかしユーマはその手をはたくと怒っているという意思表示をした。ウルフはあきれ顔で両手をあげて『まぁ、落ち着け』とジェスチャーする。それから彼はカウンターにユーマをかけさせ、その隣に座った。バーテンダーは何かを察したのかその場を去り奥へと入って行った。
「邪悪な神、邪神はこの世の中を支配しようとしているのよ」
「もっと詳しく聞かせろ」
ウルフは珍しく真面目な顔をして話を聞く態勢に入る。だが、片手にジンジャーエールを持つことは忘れなかった。ユーマは少しそれに目をやって、また視線をウルフの顔へと移す。先ほど詰めたティッシュはもう取ったのだろうかそこにはなかった。
「邪神は、ギフナス博士が呼び覚まそうとしている恐ろしいものよ」
「ギフナスだって? あの有名な博士がなぜ邪神なんかを」
そこまで言うとユーマは首を横に振った。そしてしばらく沈黙が続く。
沈黙を破ったのはウルフだった。
「まぁいい、邪神について知ってる限り教えてくれ」
ユーマはコクンとうなずくと話しだした。
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何千年も昔、この地球に邪悪な力があふれだし空を覆った。邪悪な力は次々に人々を襲い邪神の手下にした。邪神はその襲った人々を使って地球ごと自分のものにしようとしたのだ。しかし、邪神の右腕であった黒き騎士がそれを阻止する。なぜ邪神の右腕であろう黒き騎士が邪神を止めたのだろうか、その答えは実に簡単だった。『邪神のすることが気にくわなかった』からである。黒き騎士はその後邪神を倒し、何も言わず去った。今となっては邪神を倒したとされる場所に塔が建てられ、崇められているそうだ。そしてそのあと黒き騎士の姿を見た者はいないという。
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「本で読んだだけだけど」
「あぁ、分かった。もういい」
ウルフは少し低い声でユーマの言葉を切った。そして無言のまま立ち上がるとユーマを抱きかかえ外へ出た。扉のしまる音が聞こえるとカウンターへと戻ってきたバーテンダーは小さく息を吐き出した。
ウルフはユーマを抱きかかえたまま裏通りを塔の方角へ進んでいく。最も塔の方へ行くなら大通りへ出る必要もあったが、大通りでは人通りが激しくなっていたためウルフはそれを避けていたのだ。しばらく裏通りを進むとコンクリの壁に行く手を阻まれる。ウルフは助走をつけてコンクリの壁に向かって走っていき飛んだ。そして壁の真ん中あたりまでくるとその壁を蹴りさらに上へと飛ぶ。屋根に飛び乗りまた走る。何軒かの家の屋根を使って噴水広場までくると、さっき壊した屋台の裏に回る。幸い広場には人があまりいなかったためそのまま走り去る事が出来た。おそらく住民には気づかれていないだろう。
町を出ると森があった。森の中へ入っていくとウルフはユーマを下ろした。
「ここまでくりゃあ大丈夫だろ」
ウルフはそう呟きユーマの方を見る。ユーマは彼の目を覗き込むように顔を向けた。そして立ち上がろうとする。何とか立てたがまだフラフラしている。だが彼女は塔の方へと向き直り一歩、また一歩と歩き出した。ウルフは彼女が倒れそうになると支えてあげ、また通常の格好へと戻す。ふとユーマが足を止め、ウルフの方を向いた。
「あの塔には亡霊が出るって噂よ」
「へぇ、詳しいのか?」
「噂を聞いただけよ」
ウルフは両手を横に開き『どうだか』とつぶやいた。ユーマは少し眉を吊り上げる。彼は少しだけ肩をすくめてみせた。
「亡霊は苦手なんだ」
ウルフはそうつぶやくとユーマの横を通り過ぎ塔へ向かって歩き出す。ユーマは焦ってウルフに追いつこうとすると転んだ。ウルフがそれに気づきユーマを起こす。そして『悪かった』と謝った。ユーマは少しうつむき立ち上がる。彼はユーマの服についた枯葉や土をはらってあげた。
「あ、ありがとう」
彼女は少しだけ恥ずかしそうに礼を言った。ウルフは短く『あぁ』とだけ答えてユーマの手を握りユーマのペースで歩いた。ウルフはその時、顔には出さなかったがいつになく上機嫌だった。
ここで六話終了です。
<Strange Hit Man プチ>
ウルフ「全く、俺は昔から女に絡まれるな」
ペティ「あら、それはあなたが可愛いからじゃないのかしら?」
ウルフ「よせよペティ。おいバーテン!! いつもの頼む!!」
日常の会話の一部です。本編には出てこないのでここで少し紹介しようかと思ったのですが、突然過ぎて『何事!?』と思った方もいらっしゃいると思います。これからちょこちょこ日常会話の方をあとがきに入れていくのでよろしくお願いいたします。
次回の予告を少々。
塔へと向かって進む二人。森を抜けたその先には―――。
次回、Strange Hit Man 行く手を阻むモノ 乞うご期待!!