第十五話:ギフナスの罠~後編~
実験室を後にしたウルフだったが、道が分からず迷子になってしまった。何とか抜け出したいウルフは片っ端から扉を開いていく。
それでは続きをどうぞ。
ウルフは流石に苛立っていた。どこへ行けばよいのか分からず、片っ端から調べてみたものの実験室ばかりがそこにあった。RPGなど破壊力の高いものがあれば強引にでも壁をすっ飛ばして外へでれるのだが、生憎そのようなものはおろか愛用の銃すら見つけることができなかった。今持っているのはアサルトライフルのM16のみ。しかしここまで来るのに何人もの兵に会い、そのたびに戦ったが、結局銃は使わなかった。どれも素手で倒せるくらいの雑魚にすぎなかったのだ。ウルフは深いため息をついて苛立ちが抑えられなかったのか壁を思いっきり叩いた。
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通路の物陰に一人、身を隠している者がいた。頭にはヘルメットをかぶりゴーグルをつけ、手にはアサルトライフル。そう、この施設の兵士だ。だがこの兵士、よく見ると胸のあたりに金のバッジをつけている。それに服がほかの兵士と比べてだいぶ厚いのである。おそらく兵長であるということが予想できる。アサルトライフルを強く握り通路の奥をじっと睨んでいた。ふいにコーデックが音を発する。
「私だ。何があった」
少し声を荒げて応答する。
「…が、やられ、ました。我々は何とか無事ですが、…ナス博士が」
「よく聞こえん。どうした。なにがあった!!」
更に声を荒げたが、雑音が大きくなりやがて聞こえなくなった。兵長は暫しコーデックを見つめていた。そして手を振り上げるとコーデックを思い切り床にたたきつけた。アサルトライフルを両手にしっかりと持ち、少しかがんだ状態で長い廊下を走りだした。しばらく行くと監禁部屋が見えてきた。扉が少しだけ開いており、その下には赤い血だまりが広がっていた。兵長はグッとアサルトライフルを握りしめ、ゆっくり一歩、また一歩と部屋へと近づいて行く。何かが見えた。長くて赤黒く染まった植物のツルのようなものが扉からチョロチョロと出たり入ったりしていた。兵長はアサルトライフルを構える。するとツルは一斉に兵長の方を向いた。そのツルの先が三つに割れ、そこには赤い目玉があった。赤い目玉は全部で10と少し、それらは皆兵長の方を見ているのだった。ゆっくりとツルがまるで蛇のように兵長の方へと伸びてゆき、彼をジロジロと眺めまわす。兵長がゴクリと唾を飲み込んだその時、それらは一斉に兵長の身体めがけて飛んできた。兵長はトリガーを引く。ツルの向きが少しずれて肩や頬、太ももをかすめる。血が滴り落ちて、汗がどっと噴き出た。兵長は退きながらトリガーを引く。だが、当たりやしなかった。完全に手が震えていた。弾道はかなりずれてむなしくツルの後ろへと消えるだけだった。
「くそッ、当たれ、当たれ、このやろう!!」
弾丸はほとんどが壁や天井に当たりその弾をはじかせるだけだった。ズルリズルリと部屋の中からはい出してくるツル。身体全体が見えたと思うと、凄まじいスピードで兵長の方へと近づいてきた。身体から無数のとがったツルを兵長へ向けて。兵長の顔は焦りと恐怖で涙を流し、ぐちゃぐちゃになっていた。とがったツルが振りあげられる。兵長は目をつむった。ドスッと鈍い音がし、しばらく沈黙が続いた。
「ったく。何事かと思い駆けつけてみりゃあ、なんだぁこいつは」
声がきこえてくる。兵長はゆっくりと目を開けた。そして見開く。目の前に上半身裸の男がいたからだ。しかもその男はツルを素手でつかみ、ニヤリと口元を緩めていた。
「お前……。なぜここにいるんだ」
「なぜだって? いつまでもギフナスの玩具にされてちゃ、身体が腐っちまうからな。そこ、どいてろよ」
兵長はこの男を知っていた。ギフナス博士の研究対象となっていた男だ。ようやく捕まえて、研究ができると張り切っていたギフナス博士がそう簡単にこの男を手放すはずがない。その男の名はウルフ。彼は殺し屋にして殺しを好まぬ者ということで有名だ。兵長はアサルトライフルをウルフに向けて構える。
「おいおい、そりゃないぜ。せっかく助けてやってんだからよ」
「助ける、だと? お前は俺たちの敵だろう。どうして助ける?」
ウルフは閉口した。兵長は言ってハッとする。この男は殺しを好まぬ殺し屋。人が死ぬところを見たくはないのだ。兵長はアサルトライフルを下げる。それを横目で見たウルフは視線をツルへと戻しそれらを引きちぎった。緑色の体液が飛び散る。ツルは力なく倒れた。いや、倒れたというよりも萎れたと言った方が正解かもしれない。ツルが完全に萎れるのを見届けるとウルフは兵長に手を差し伸べた。
「立てよ。大丈夫か?」
兵長は目を見開き差し伸べられた手を握る。
「悪いな。腰抜かしちまった」
兵長が苦笑いして言うと、ウルフは吹き出した。それを見た兵長もつられて笑った。しばらく二人だけで笑っていた。その後、急に二人とも真面目な顔になり互いに目を合わせる。
「いい目をしている。汚れのない目だ」
「やめろよ。そう言われるのは好きじゃない。俺はただ俺なりに生きている、それだけさ」
そしてまた笑う。
「そういやあ、俺の武器やコートは知ってるか?」
言われた兵長は目を吊り上げた。
「あぁ、だが俺たちは敵同士だ。教えるわけにはいかん」
兵長はアサルトライフルを構える。ウルフは苦笑いし、M16を構えた。一瞬の隙も見せてはならない。そんなピリピリした戦場の空気がこの二人の間に張りつめた。そしてしばらくそのまま動かない。そんな空気を壊したのは意外にも兵長だった。兵長が口を開いたのだ。
「やめよう。俺にお前を撃つ勇気はない」
「フッ、俺もだ」
互いに銃を下げる。兵長はウルフの肩をポンとたたき、その横をスタスタと歩き始めた。ウルフはそれについて行く。一つ目の角を右に曲がったところに保管庫があった。兵長はそこのカギを開けて中へと入っていく。ウルフもそれに続いた。
「お前の番号は何番だ?」
兵長が尋ねる。ウルフは首をかしげた。兵長はやれやれと首を振り、ウルフの首元に手を伸ばしてそこにぶら下がっていたプレートを引きちぎった。
「いてぇな。いつの間にそんなものを……。俺は飼い犬じゃねぇっつーの」
「博士は、研究材料には番号を振っている。博士も歳をとっているからな」
「じじぃになりゃ、記憶力も薄れるってか?」
ウルフが少しだけ笑う。兵長がギロリと睨むとウルフは口に手を当て、苦笑いした。兵長はプレートのナンバーを機械に打ち込み、開いたカプセルの中から荷物を取りだした。
「おぉ!! これこれ。こいつらがいねぇから心細かったぜ」
「銃もお友達か、変わった奴だな」
「一緒に戦ってくれる仲間だからな。大切にしねぇと……と。こいつは返しとくよ」
ウルフはM16を差し出した。兵長はそれを大切そうに受け取る。そして出口へ向かって歩き出した。ウルフもそれに続く。銃声が聞こえた。兵長が前のめりに倒れこむ。そして口から、鼻から、腹から血を流し痙攣した。
「裏切りとはまた酷いものだ。そのおかげでこうして巡りあうことができたのだがな」
廊下の向こうから誰かが姿を現した。兵長はもう息を引き取っていた。その時の兵長はやりきったような、笑みを浮かべていた。
いかがでしたか? 久々の更新でだいぶ長くなってしまいましたが、話はあまり進んでいませんね。これでギフナスの罠は終わりです。最後の終わり方が意味深ですが、想像してみてください。兵長はどちらの見方だったのかを。
次回予告
目の前で兵長を殺されたウルフは怒りと悲しみで自分を制御できなくなっていた。
次回Strange Hit Man 研究結果 お楽しみに~