第十二話:真の始まり~前編~
ギジルを倒したウルフ達。だがギジルにはまだ息があった。ウルフの取った行動は……。
それでは、続きをお楽しみください。
ウルフは走ってギジルの元へ向かった。口や鼻から血を流しウルフの方へと向いたその顔には先ほどまでの“戦う戦士の顔”ではなく、“優しい顔”になっていた。ウルフがうつむいているとギジルは口を開き、何か話そうとしていた。のどに血が溜まっているのか、うがいをしている時のガラガラという声にしか聞こえなかった。ギジルはタンを出すように咳払いをした。ゴポッと嫌な音をたててギジルの口から血があふれだす。今更ながらウルフはこの水で出来た身体のどこに血が巡っているのだろうと思った。それを察したのかギジルがまた何か話そうとする。今度は聞き取れる声だった。
「不思議か? 人間の身体は60%が水分と言われている。だが俺は改造され人間の始まりである胎児と同じく、90%が水分でできている。残りの10%の中には人間の40%の成分が凝縮されているんだ。俺は改造されて全てが水になったわけではない。こうして人間の原型に近づいただけなのだ」
ウルフは納得したようにうなずく。
「一つだけ聞かせてくれ。お前は妹が死んだというのに、なぜお前は仕事を続けていた?」
「あぁ、それは……。アーシェがプレゼントで欲しがっていたものを買ってやるためだ。上質な毛で出来たテディベアのぬいぐるみ……。せめて、一緒に持って逝ってほしかったんだ」
ウルフは鼻をすする。ギジルはウンウンとうなずく。
「そうか、俺の勘違いだったんだな。すまなかった」
ギジルは優しく微笑んでから手を伸ばし、ウルフの頭を撫でた。ウルフの頭の中に何かが思い浮かぶ。それはギジルのイメージではなく、彼本人の、封印された過去の一部だった。
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ある街角のバーに男が姿を現した。背中には大きなショットガンを持って、左目から口まで大きな傷の入った男だ。男がバーに入るなり皆は一斉に立ち上がり、銃口と剣先をこの男に向けた。男は背中のショットガンを構え引き金を引こうとする。しかしその前にバーの者どもに捕らえられてしまい、殴られ、蹴られ、受け入れてもらえなかった。この男が当時のギジルである。
「やめろよ。オッチャン相手に多人数は卑怯ってもんだろ」
若い男の声がした。すると皆はカウンターの一番奥を振り向く。そこには呑気にジンジャーエールを飲んでいる男がいた。皆は暴力をやめたものの、ブツブツと文句を言っていた。中には大声で怒鳴る者もいる。
「こいつ明らかにこの辺の奴じゃないどぉ。きっと俺たちの首を取りに来たに違いないどぉ」
「まぁ待て。そう決めつけんのは速いんじゃないか?」
ジンジャーエールを飲んでいた男は両手をあげて“まぁ落ち着け”というジェスチャーを取ると、ギジルに近づき腰をかがめた。
「よぉ、オッチャン。随分と厳つい顔してんなぁ」
男は冗談半分かつ小馬鹿にしたように大声で叫ぶ。皆はどっと笑いだし、一方ギジルは少し顔をしかめた。すると男はバーテンダーに干し肉を頼んで、それをギジルに与える。これには皆も驚いた。普段奢られてばかりの彼が、干し肉をギジルに奢ったのだ。これが当時のウルフである。
ギジルは干し肉に犬のようにガブリついた。
「美味いかオッチャン。あんた名前なんて言うんだ?」
ギジルは食べるのをやめて名乗る。ウルフは自分で聞いておきながら、興味無さそうに『フーン』とうなずいた。そしてウルフの方も名を名乗り、しばらく沈黙が続く。
ギジルはまた干し肉にガブリつく。ウルフはちらっとそちらを横目で見ると、クピッとジンジャーエールを口に運んだ。そしてコップを床に置く。
「そんなところで寝そべって食べてないで、座ったらどうだ?」
ウルフが眉をひそめてギジルに言う。ギジルはカウンターに座り干し肉をたいらげた。
「ありがとう。助かった」
ギジルがウルフに礼をするとウルフは照れ臭そうに顔を歪め、手をヒラヒラとさせた。ギジルはウルフの行動を見ると、プッと吹きだした。
「なんだよ。助けてやったんだ、もう用はないだろ」
ウルフがハエを払うようにギジルを外に追い出そうとすると、ギジルが慌てたそぶりで地面に頭をつけた。皆は一斉に彼の行動に焦る。というのも、このバーでは床に頭をつくことはすなわち、仲間に入れてくれという合図を意味するのだ。もちろんギジル自身もこの事を知っている。彼は本心から裏社会に身を置く事を選んだのだった。
これがウルフとギジルの出会いである。
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そんな事を思っていると、激しくギジルの身体が蒸発し始めた。ギジルの顔に焦りが見えた。ウルフは何が起こっているのか理解しようとして、何も分からなかった。
「早く俺を殺せ!! そうしないと、ぐああああああああああ」
ギジルは低いうめき声を上げる。ウルフはどうしていいか分からず、ただ蒸発していくギジルの身体を見ていた。ギジルが焦る。
「早くしろぉ!! そうしないと、また俺は……。俺はッ!! ぐはあああああああ」
ウルフは首を横に振る。ギジルはそんな彼を見て睨んだ。
「俺を殺せばこの争いは終わる。真の始まりは来なくて済む。だから、早くしろォオオオオオ!!」
ウルフは顔をしかめた。『この争いは終わる』とはどういう意味なのだろうか。ウルフは銃口を向けたものの引き金を引けないでいる。ユーマがウルフを催促するが、ウルフは顔をこわばらせギジルを見ているだけだ。
「早…蒸発しきったら、俺は還元され……ぐッ。記憶が…に」
ギジルの吐く言葉ももう途切れとぎれになっていて、意味をなしていない。ウルフは目を閉じて引き金を引く。しかし、手ごたえはない。目を見開く。ギジルの姿は蒸発しながらもまだそこにあった。どうやらはずしたらしい。ウルフは何も考えずに銃を連射した。しかしそれは全て水の体内に沈み、ギジルは未だに悲鳴を上げていた。ユーマがウルフから銃を奪い取って、ギジルに銃口を向ける。
「よ、よく狙……だ。あ、頭を……抜けぇ!!」
ユーマは引き金を引いた。その弾はギジルの頭めがけて飛んで行く。蒸発する水が大粒すぎて鉛弾の速度を極限にまで弱めた。それでも一直線にギジルの頭めがけて飛んでいく。いや、もはやこれは落ちていくと言った方のが正解かもしれない。
弾はそのままギジルの頭を貫こうとしたが、数秒の差でギジルは蒸発しきってしまった。鉛弾が音もなく草の上に落ちる。ウルフは空を見上げて水の大粒を最後まで見送った。
「俺は、俺はギジルを救うことができなかったのか?」
「ウルフ……。そんなことないわ、ギジルは十分救われたわよ」
ユーマが慰めの言葉をかける。しかしウルフは空を見上げたまま呆然としていた。
いかがでしたか?
だんだん複雑になっていきます。ギジルがウルフに言いかけたことはなんだったのでしょう? ここからストーリーは、またゼロに戻ります。いや、ストーリー自体は進みますよ。そう言うゼロじゃなくって、本当の話がこれから始まるって言う意味です。
次回の予告を少々。
ギジルを倒した(?)ウルフは、塔へと向かって本来の依頼へと戻ります。
次回、Strange Hit Man 真の始まり~後編~ お楽しみに。