不屈の死球(デッドボール)王・石畳精志が語る「我が二十五年」
不屈の死球王・石畳精志が語る「我が二十五年」
「プロ野球生活、実に二十五年。第一線をボロボロになりながらも貫き通した、本物の男が今夜のゲストです。男の名は『石畳精志』。今宵は、二十五年間ひたすらデッドボールを受け続け、巨星のごとく輝いた不屈の男に、その神髄を伺います。石畳さん、まずはその壮絶な野球人生の幕開けから教えていただけますか?」
「(静かに深く、タバコの煙を吐き出して)……デッドボールですね」
「やはり、初めから死球だったと」
「ええ。忘れもしませんよ。バッターボックスに立ったら、白球が私のここを目がけて飛んできた。チン、いわゆる『顎』ですね。まともに喰らいましてね、魂が抜けたように気絶してしまいましたよ。もう、すってん転りんです」
「凄まじい洗礼です。これまでに、プロの公式戦で受けたデッドボールの総数は、一体どれほどになるのでしょうか?」
「プロの試合、のべで四千発といったところでしょうか。二軍の練習試合や、ガキの頃の遊びまで含めたら、ゆうに二万発は超えますね」
「二万……! まさに人間標的。その中で、肉体的にも精神的にも、最も痛烈だった一発は何ですか?」
「ううむ、やはり……金玉に当たった時でしょうかね。百キロから百五十キロという、弾丸のような硬球が、容赦なく玉金にめがけて突き刺さるわけです。あれを喰らうと、三日間は誰とも口を利きたくなくなります。『頼むから俺をほっといてくれ!』という、絶望の境地ですよ」
「男としての尊厳すら脅かす衝撃ですね……」
「言っても、のべ二千回は金玉に当たってますがね。ここまでくると、私の金玉はもはやキャッチャーミットですよ。甘い蜜に群がるカブトムシのごとく、あらゆる硬球が私の金玉に呼び寄せられる。いつしか相手の投手陣からは、畏怖を込めて『逆魔球』と呼ばれていました」
「逆魔球! 投手の手を離れたボールが、意志を持ったように石畳さんの急所へ吸い込まれる。しかし、そのお体で、チームの絶体絶命のピンチを何度も救ってこられました」
「そうですね。私が二十五年もの間、一軍の第一線で飯を食えたのも、すべてはデッドボールのおかげです。私はヒットが打てるわけでもない、守備でうまくボールを捕れるわけでもない。技術だけで言えば、せいぜい中学三年の冬レベルの男です。
そんな私がプロの荒波を生き抜けたのは、ひとえに、天性の『デッドボーラー』だったからでしょう。これからは後輩たちに、『ボールは打つものではなく、当たるもの。もっと言えば、ボールよ、俺にばっち来ぉぉぉぉい!』という精神を叩き込み、次世代の逸材を育成していきたいですね」
「凄まじい指導論です。ここで改めて、石畳さんが残された驚異の公式記録を振り返ってみましょう。二十五年間の通算成績は、『ヒット二本、ホームラン1本、デッドボール三千八百七十八打数』。この大記録を前にして、率直なご感想はいかがですか?」
「(深く頷きながら)感慨深いものがありますね。実は一時期、極度のスランプに陥りましてね。『十五試合連続ノーデッドボール! 大丈夫か、石畳!?』なんて、スポーツ新聞の一面で手厳しく叩かれたこともありました。あの世間の逆風を乗り越え、今日こうしてやりきったと言える結果を出せて、自分なりに男の花道は飾れたと思っております」
「新聞に叩かれる基準が常人とは違いすぎます。それでは最後に、テレビの前の野球少年たち、そして激動の時代を生きる全国の男たちへ、熱い一言をお願いします」
「世間ではよく『当たって砕けろ』なんて、軽々しく言います。しかしね、私の現役時代、あの股間がデカいで有名なライアン投手の放った豪速球が私のチン、いわゆる『顎』に直撃しましてね。木っ端微塵に砕けましたよ。粉砕骨折です。だからこそ、私は身をもって言いたい。『当たっても、砕けないほうがいい』と」
「……重みが違います。本日のゲストは、不屈のデッドボーラー、石畳精志さんでした。ありがとうございました!」
「『ボールは打つものではなく、当たるもの』。昨夜、日本中に凄まじい衝撃を与えた不屈の男、石畳精志さんをお迎えしての第二夜です。石畳さん、今夜はまず、その驚異のデッドボール量産を支えた『技術』、いや『構え』についてお聞きしたいのですが」
「(フィルターギリギリまで短くなったタバコをもみ消し、新しい一本に火をつけて)……構え、ですか。よくぞ聞いてくれました。多くの打者は、ボールを避けるために腰を引く。しかし私は逆です。ベースに極限まで覆いかぶさる。いわば『どうぞ、ここに投げてください』という、肉体のプレゼンテーションですよ」
「肉体のプレゼンテーション……! しかし、あまりに露骨に当たりにいくと、審判からデッドボールと認められない(避けなかったとみなされる)ケースもありますよね?」
「そこがプロとアマの境界線です。私はボールが来たら、避けるフリをして『最も痛くない、かつ大きな音が鳴る部位』をコンマ一秒で差し出すんです。たとえば、プロテクターのない剥き出しの肩甲骨。ここに硬球が激突すると、スタジアム中に『ゴキッ!』と鈍いラグビーのタックルのような音が響き渡る。審判もその音の哀愁に負けて、思わず一塁を指差してしまうわけです」
「審判の同情すら誘う職人技。そんな石畳さんの現役時代、今もファンの間で語り継がれる伝説の試合があります。昭和五十八年、神宮球場での対ヤクルト戦。なんと『一打席で三回デッドボールを受けた』という、野球規則のゲシュタルト崩壊のような事件がありましたが……」
「ああ、あの夜ですか。一球目、内角高めのストレートが私の左肘を直撃しましてね。『カツーン!』といい音がして一塁へ歩き出そうとしたら、球審が『今のはバットのグリップに当たったファウルだ』と言い張る。私は肘からダラダラと血を流しながら、しぶしぶバッターボックスに戻りました」
「血が出ているのにファウル扱いですか!」
「ええ。気を取り直しての二球目、今度は相手投手が動揺したのか、インコース低めの変化球が私の右膝の皿にクリーンヒット。『バキッ』と皿が割れる音が聞こえたんですが、球審は『今のはハーフスイングで、ボールがバットをかすっただけだ』と。ストライクを宣告された私は、片足を引きずりながら、怒りでプルプル震えていましたよ」
「理不尽極まりない。そこからの三球目ですね」
「ええ。相手のストレートが、私のド真ん中――そう、昨夜お話しした『キャッチャーミット』いわゆるデリケートな部分、まぁ、いってみれば、『ただれた毛の肉だるま』いわゆる玉金ですね。その金玉へ容赦なく吸い込まれました。完璧な直撃です。私はその場に崩れ落ち、白目を剥いて陸の上で窒息しかけているカニのごとく泡を吹きました。もう一度言います。陸の上で窒息しかけているカニのごとく泡を吹きました。流石の球審も、私の股間から立ち上るただならぬ気配を察知したのでしょう。ようやく『デッドボール!』と両手を挙げました。私は担架で運ばれながら、心の中で『勝った……』と確信しましたね」
「命がけの出塁です。しかし、それほど毎試合ボロボロになりながら、なぜ翌日も打席に立ち続けることができたのですか? 当時の医療技術では、回復が追いつかないはずですが」
「医療? そんな高尚なものは我がチームにはありませんでしたよ。当時の我が球団のベンチ裏には、救急箱の代わりに『おがくず』と『アロンアルフア』が常備されていました」
「おがくずと、アロンアルファ……?」
「骨が砕けたら、ひとまずアロンアルファを患部に大量に流し込んで固定する。肉が裂けて血が止らなくなったら、そこにおがくずをギュッと擦り込んで止血する。あとはとにかく、臭い唾をペッッ!ってやっておけばいいじゃん的な、消毒ってそういうもんじゃん的なことでした。昭和の野球人は、みんなそうして傷を癒やしていたものです。私の体の中は、今でも半分くらいアロンアルフアで固まってますから、空港の手荷物検査では毎回引っかかりますよ」
「サイボーグ以上の執念を感じます。さて、そんな石畳さんも二十五年の現役生活に終止符を打たれました。引退を決意した『最後のデッドボール』について教えてください」
「……あれは、引退試合の最終打席でした。満塁のチャンス。相手の守護神が投げた渾身の百五十五キロが、私の額の真ん中に直撃したんです。その瞬間、私の頭の中で『カーン!』と除夜の鐘のような音が響き、目の前が真っ白になりました。不思議と痛みはなく、ただただ、懐かしい昭和の風景が走馬灯のように流れていきましてね……」
「ついに頭部に……。それが引退の引き金に?」
「いえ、頭はアロンアルフアで補強していたので無傷だったんですがね。問題は、その弾き返したボールが、そのままバックネットを突き破ってスタンドまで飛んでいってしまったことです。球場はお祭り騒ぎ、球審は『サヨナラ満塁ホームラン!』と叫びました。しかし私は、ベースを回りながら涙が止まらなかった。ああ、俺はただの『打撃が良いバッター』に成り下がってしまったんだ、と。デッドボーラーとしての寿命を悟り、その夜、バットではなく、プロテクターを置く決意をしました」
「記録上はホームランなのに、本人は挫折を感じていたとは……。どこまでも常軌を逸した、しかし純粋な野球人生です。石畳さん、今夜も最後に、激動の現代社会を戦うリスナーへ、メッセージをお願いします」
「人生、生きていれば、予期せぬ悲劇や、理不尽な泥水が向こうから飛んでくることがあります。避けようとしても、当たってしまう。そんな時はね、中途半端にかわそうとしてはいけない。いっそド正面から、胸を張って、一番いい音を響かせて喰らいなさい。世間がその痛みに気づいた時、必ずあなたに『一塁への切符』を差し出してくれますから。……痛いですけどね」
「……痛みを誇りに変える生き様、胸に刻みます。第二夜のゲストも、不屈のデッドボール王、石畳精志さんでした。ありがとうございました!」(石畳はゆっくりと立ち上がり、アロンアルフアで固まった膝を軋ませながら、少しガニ股のまま、静かにスタジオを後にした――)
「『投げる、打つ』という野球界一世紀のセオリーを、ただ『投げる、当たる』という独自の概念のみで覆した男。今宵は、球界の生んだ奇跡の異名『野球界の逆もうだしょう』こと、石畳精志さんに再び迫ります。石畳さん、今日もよろしくお願いします」
「どうぞよろしく」
「さて、石畳さん。本日は上半身がギラギラと光る『エナメルのジャンパー』、そして下半身が裾の広がった『パンタロン』という、お世辞にも爽やかとは言えない、非常に『痛い』格好でスタジオにお越しいただきましたが、これには何か狙いがあったんでしょうか?」
「(胸を張って)そうですね。デッドボールというのは、当たったらとにかく痛いでしょう。そういう生き様を、今回は服装の痛みで表現してみました」
「なるほど、身を挺した前衛芸術というわけですね。では、最初の質問です。武士の世界では、達人ともなれば刃を持たぬ『無刀の極』という境地がございますが、現役後年の石畳さんもまた、打席に立った際にバットをまともに構えない、言うなれば『無棒の極』という境地に達していたと思うのですが?」
「(深く頷きながら)ええ、よくご存知で。だんだんと、…いらないんじゃないかと考え始めましてね。バットという代物が、よくよく考えたら、なんでこんなもん持ってんだと……、だっておかしいじゃないか?大の大人がこんな棒持って突っ立ってるってね、通報案件ですよ」
「バッターボックスに立つ男が、バットを不要と断じたと」
「ええ。ある試合でね、主審に『審判さん、このバットを割り箸に変えてもいいですか?』って真面目に訊ねたことがあるんですよ。そしたら顔のデカい審判に『バカヤロー!』って一喝されましてね。今となっては懐かしい、古き良き笑い話です。ハッハッハッ」
「割り箸で一軍の打席に立とうとする執念、恐れ入ります。そんな石畳さんの選手生活後期、前人未到の通算二千五百デッドボールを記録したあの年は、プライベートでも様々な怪現象があったそうですが」
「あぁ、『ポルターガイスト現象』の件ですか。ええ、ありましたね。家にいたら、突然誰もいないのに椅子がガタガタと動き出しましてね。棚にあった食器やら灰皿やらが、ひとりでに宙を飛んでくるんです。そして、その飛んできた家財道具のすべてが、何故か私の身体に命中するんですよ」
「家の中でもデッドボールですか!」
「ええ。この怪異は当時のスポーツ新聞なんかにもおもしろおかしく取り上げられましてね。一面に『石畳の家が危ない! “死球(至急)”手を打たねば!』なんて、上手いこといわれましたよ」
「家財道具まで引き寄せるとは、磁石のような肉体です。しかしその苦難の裏で、大変おめでたいお話もあったとか」
「はい。結婚したんですよ。一般の女性で、『猛子』って言うんですけどね。猛り狂うに子供の子と書いて、『たかこ』と読みます。」
「内助の功ですね。そしてこの年は、本業の野球の方も、当たるという意味で絶好調でした」
「はい。あのシーズンはとにかくデッドボールを山ほどもらいました。私の非常に『デリケート』な部分、つまり何と言いますか、『Tゾーン的な部分』に硬球がバシバシと当たってきましてね。……いや、『Tゾーン的な部分』というか、私の『前世でどんな徳積んだらそうなるん?って部分』と言ったほうが、若者には伝わりやすいでしょうか。あるいは、私の『ガチ尊いトコ、マジでビジュがいいじゃんなところ』、いや、宇宙の法則が乱れる『世界線ブチ抜いて神話創っちゃってる件の部分』と言いますか。まあ、早い話が『金玉』ですね」
「(絶句しつつ)……実に見事な言い換えです。あらゆる表現のパレードの果てに、やはりそこへ帰着するわけですね。それでは、今宵も時間が迫ってまいりました。最後に全国のファンへ、石畳さんから珠玉の一言をいただけますか?」
「ことわざで『犬も歩けば棒に当たる』なんて言います。しかし、私の現役二十五年が証明した真理はただ一つ。『石畳が歩けばボールに当たる』。これに尽きます」
「歩く標的、石畳精志の美学、今夜も堪能いたしました。本日のゲストは石畳精志さんでした。ありがとうございました!」




