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君はそれを恋とよぶんだね

作者: Uki
掲載日:2026/05/03

朝の教室は、まだ空気が冷たくて静かだった。

窓際の席に座って、なんとなくスマホを眺める。特に見るものもないのに、スクロールだけしている。

「ねえ、なんでそんなぼーっとしてんの」

軽く頭を叩かれる。振り返るまでもなく、誰だかわかる。

「別に」

「絶対なんか考えてるでしょ。顔に出てる」

「出てないって」

「出てるよ」

そう言いながら、君は当然みたいに隣の席に腰掛けた。

本来そこは別のやつの席なのに、気にする様子もない。

少しだけこちらを見て、口の端を上げる。

「……まあ、そういうとこ嫌いじゃないけど」

「なんだそれ」

「さあ」

軽く流されて、会話が終わる。

それでも、さっきまでのぼんやりした感じは、いつの間にか消えていた。

こういうところが、よくわからない。

君といると、なんとなく落ち着く。

理由は思いつかないのに、それだけは確かだった。



昼休みになると、君は当たり前みたいに俺の机に来る。

「今日もそれ?」

弁当箱を覗き込まれて、少し身を引く。

「うん」

「また同じじゃん。飽きないの」

「いいだろ、好きなんだよ」

「味覚子どもだね」

そう言いながら、勝手に一つつまむ。

「おい」

「いいじゃん、一個くらい」

「勝手に取るなよ」

「ケチ」

言葉ほど悪びれた様子もなく、普通に食べる。

やめろと言えばやめるだろうけど、そこまでするほどでもない。

というか、君相手だと、だいたいこうなる。

「……なに」

視線に気づいたのか、顔を上げる。

「いや、なんでもない」

「なにそれ、気になるんだけど」

「ほんとに何もないって」

「絶対嘘」

じっと見てくる。

少しだけ居心地が悪くなって、視線を逸らすと、くすっと笑う気配がした。



放課後。

特に用事もなくて、鞄に教科書を詰めていると、君が声をかけてくる。

「帰るの?」

「うん」

「一緒に帰る?」

「いいけど」

「なにその言い方。別に一人で帰ってもいいんだけど」

「いや、そういう意味じゃなくて」

「はいはい」

先に立ち上がって、教室を出ていく。

少し遅れて、その後ろを追う。

外に出ると、空はもう夕方の色になりかけていた。



校門の近くで、クラスのやつに呼び止められる。

「今帰り?」

「うん」

そのまま立ち話になる。

他愛もない話で、笑いながら適当に返す。

ふと横を見ると、君が少し離れた場所でスマホを見ていた。

さっきまで隣にいたのに、急に距離ができたみたいで、変な感じがする。

早く終わらせて、戻りたいと思った。

なんでそう思うのかは、よくわからない。



「……さっき、楽しそうだったね」

帰り道。

隣を歩く君が、前を向いたまま言った。

「え?」

「あの子と。笑ってたじゃん」

「ああ、普通に話してただけだって」

「ふーん、そっか」

それだけ言って、少し間があく。

「なにその反応」

「別に?」

軽い声のはずなのに、どこか引っかかる。

「お前も来ればよかったのに」

「は?」

「いつも一緒だろ」

言った瞬間、空気が少しだけ変わった気がした。

君が立ち止まる。

「……それさ」

「なに」

振り返ると、君は少しだけ困ったような顔をしていた。

「そういうの、無自覚で言ってる?」

「え?」

「なんでもない」

すぐに視線を逸らして、また歩き出す。

無自覚、という言葉だけが、頭に残る。



少しして、君がまた口を開く。

「ねえ」

「なに」

「会えないとさ、なんか変じゃない?」

「……は?」

「一日話さないと、ちょっと落ち着かないとか」

「まあ……なくはないけど」

「他の人とばっかり話してると、なんか嫌だなーって思ったり」

言われて、少しだけ考える。

思い当たることは、ある。

でも、それが何なのかはわからない。

「でもそれって、普通だろ」

なんとなくそう言うと、君は小さく笑った。

「普通、ね」

「違うのかよ」

「さあ」

沈黙が落ちる。

風が吹いて、君の髪が揺れる。

何歩か歩いてから。

「ねえ」

「なに」

君はこっちを見ないまま、軽い調子で言った。


「君はそれを恋とよぶんだね」


意味が、すぐには入ってこなかった。

「……なにそれ」

「そのまんまの意味」

「違うし」

「そっか」

「違うって」

「うん、わかってる」

そう言って、君は少しだけ笑う。

その笑い方が、いつもより少しだけやわらかくて、少しだけ遠かった。



それから先の会話は、あまり覚えていない。

気づいたら家に着いていて、靴を脱いで、自分の部屋にいた。

ベッドに倒れ込む。

静かな部屋の中で、さっきの言葉だけが、やけに鮮明に残っている。


恋。


そんなはずないと思う。

ただ、君といると落ち着く。

会えないと少し変な感じがする。

他のやつといると、なんとなく嫌だと思う。

それだけだ。

それだけのはずだ。

スマホを手に取る。

何かするつもりもないのに、自然と君とのトーク画面を開いていた。

最後のやり取りは、どうでもいい内容で止まっている。

少しだけ、間が空いている。

打とうとして、やめる。

何を書けばいいのか、わからない。


――君はそれを恋とよぶんだね


頭の中で、その声が繰り返される。

「……違うだろ」

小さくつぶやく。

そうじゃない。

そんな単純な話じゃない。

たぶん。

画面を閉じようとして、指が止まる。

少し迷ってから、短く打ち込む。

『今、なにしてる?』

送信ボタンを押した瞬間、わずかに心臓が跳ねた。

すぐに既読がつく。

それだけで、妙に落ち着かなくなる。

数秒後、返ってきたのは一言。

『別に』

思わず息が漏れる。

その一言に、なぜか安心してしまう。

「……なんだよ、それ」

小さく笑って、もう一度画面を見る。

少しして、もう一通メッセージが届いた。


『暇なら通話する?』


指が、少しだけ止まる。

それから、ゆっくり動く。



送信してから気づく。

さっきよりも、少しだけ。

胸が、うるさかった。

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