猟師の家
「喰刀庵の駐車場に出没していた男が、長井やったら、家出してからずっとこの山におったんかな。
……なんで喰刀庵を偵察してたんやろ」
助手席で薫がブツブツ言っている。
聖は運転に集中。
積もった雪で路肩が分からない。
ガードレールなんか無い。
下り坂のカーブはいささか緊張する。
薄暗い森を抜け
やがて目的地に到着。
想像していたより、立派な2階建てログハウスが最初に見えた。
並んで炭焼き小屋がある。
これは煉瓦作りでトタン屋根の手作り風。
小さなビニールハウス。
手入れが行き届いた畑もある。
前に見た軽トラックと
古い型のモスグリーンのパジェロが停めてある。
広い敷地は
板と丸太で造られた塀で囲まれており、
塀が途切れているところが入り口らしい。
入り口手前で車を停めた。
どこからか犬が2匹出てきた。
身体はシェパードで顔は円い。
日本犬との雑種のようだ。
距離をとったまま威嚇吠え。
続いてレオが。
モモタロウを抱いてログハウスから出てきた。
長身低めで筋肉質。
髪は肩までのクルクルパーマ。
浅黒くて濃い顔立ち。
今日は赤いフリースの上下。
やんちゃな若者風。
モモタロウは手作り風の毛皮のツナギ。
多分、野ウサギの毛皮。
「よう、剥製屋のおっさん。また会えたな」
言いながらレオはロッキーに近寄ってきた。
聖は、番犬2匹が好戦的で無いのを確認して車から降りた。
「喰刀庵に剝製を届けに行ったらね、帰り道に、君にアレを届けて欲しいと頼まれたんだ」
聖は(助手に座っている)薫が持っている唐揚げを指差す。
レオは薫を見て、
「デカ連れてきたんやな」
と。
「え?」
聖は思いがけない言葉に即答できない。
……なんで、一目で刑事と分かった?
あ、そうか。
喰刀庵から連絡があったに違いない。
「車燃えてた事件、あの関係で、ここら調べてるねん」
言いながら薫は車を降りた。
「セイの幼なじみのユヅキ、今日は休みやねんけど、セイに付いてきたんや」
唐揚げの入ったフードケースをレオに手渡そうと近づく。
レオはモモタロウを抱いているので、手を伸ばしたのはモモタロウだ。
モモタロウは、薫の顔に自分の顔を近づけて……笑う。
そして……
「タベタンヤ」(食べたんや)
と可愛らしい声で言った。
「うふぁー、ほんまかモモタロウ」
レオは大げさに言って仰け反るしぐさ
「たべた?」
聖はまさかと思いながら薫の口元を見てしまう。
唇が、ぬめっと、……してるかも。
「めっちゃ美味かったやろ。な、デカのオッサン」
レオは薫の肩をフードケースで叩いて笑う。
パンパン強く叩きすぎてるし、
過剰に馴れ馴れしい。
ヤバイ展開かも?
聖は薫の横顔を盗み見る。
俯いて、口元は笑っている。
そして……。
「にいちゃん、もう1つ、もおても(貰っても)ええか?」
と唐揚げだけを見て言う。
「これはあかん。シチューやったら、なんぼでも食べて」
レオはログハウスを指差した。
「シチュー?……そういえばビーフシチューのええ臭いが」
薫はログハウスに向かって歩き出す。
「ビーフちゃうで。鹿やで……おもろいデカやな」
レオは呟いた。
ログハウスの入り口には「矢馬」と書かれた表札。
喰刀庵で聞いた<猟師のヤマさん>に違いない。
「靴脱いで、そこらテキトーに座って」
初老の男が出迎えた。
半白髪の癖毛ロン毛を後ろで束ね、作業服の上に毛皮のベスト。
レオに良く似た目鼻立ちのハッキリした顔。
口ひげが似合っている。
小柄で筋肉質な体つきも、レオにそっくり。
ログハウスの中は暖かい。
大型の薪ストーブを囲むように
フロア全体に茶色や黒の毛皮が敷き詰めてある。
撃った獣の毛皮らしかった。
手作りの木製ローテーブル。
上に大きなシチュー皿と、特大サイズの鍋。
「ウ、ウ、うワン」
部屋の隅から犬が吠えた。
掠れるような覇気の無い吠え声。
見れば茶色い大きな犬が横たわっている。
前に、軽トラックの荷台に居た犬だ。
「テキトーに、よそって食べてや」
矢馬は、鍋の蓋を開け、まずモモタロウの小さな皿を手に取る。
「すんませんなあ。見ず知らずのモンに、こんな御馳走してくれはって。えーと私はこの剥製屋、カミナガレの連れで、ユヅキと……」
正座して薫は挨拶を始める。
「おおよそ聞いてるで。車燃えてた、アレやろ? なんぞ知ってるかと聴きにきはってんやろ。しやけどな、何も知らんねん。せっかく来てくれたのにな」
矢馬は気の毒そうに言う。
「そうでっか。ほんなら、また何か思い出したことあったら、セイに知らせて下さい」
と、薫。
「へ? 俺?」
聖は慌てて名刺を出した。
レオがさっと、ソレを取る。
「オッサン、カミナガレさんか……俺はヤマ、レオ、爺ちゃんはヤマ、タダユキ…」
レオも自己紹介を始めた。
「俺は19才、ほんで、」
言葉を切り、なぜか深呼吸。
続いた言葉に……聖は、驚いた。
「2年前からここに住んでる。その前は少年院におった。……傷害致死。俺は人を殺しました」
レオは薫を見て言ったのだ。
「ミナミ(大阪の繁華街)のゲーセンでな、酔っ払いとケンカしよったんです。眉間を殴ってしもうてな……息子夫婦は遠くへ引っ越しよってね。世間がうるさいよって逃げましてん。ほんでな、今はワシの跡継ぎ、ですわ」
矢馬は孫を庇うように代わって状況説明。
「少年院入ってたんやな」
薫は軽く言い、
シチューを、たっぷり……たっぷりと、盛りつける。
「オッサン、そんなに食べれるか? 腹はじけるで」
レオは心配そうに聞く。
「うん。おかわりも、するかも」
薫は、先ず肉を頬張り僅かな音も立てず食べる。
皆の視線も気にせず、あっという間に食べ尽くした。
……なんて柔らかい肉。
聖も鹿肉と濃厚なスープに感動。
猟師のシビエ料理はこんなにも美味いのか。
食べ終わり、礼を言い、腰を上げる。
モモタロウは老犬の横でバイバイと手を振る。
「あの犬は、呼吸が苦しそうだね。ずっとあんな感じ?」
聖はレオに聞く。
手の施しようがないのだろうか?
「急にやで。明日か明後日には、動物のお医者さんが来てくれるねん」
「あ、そうか。往診してくれるんだね」
「桜井から来てくれてるねん。フクロウみたいな爺さんやで」
「フクロウ……」
山田動物園で秋田犬トラを診ていたドクターを思い出す。
フクロウみたいな老人だった、と。
(鈴森の豚舎は桜井市にある)
同一人物かもしれないと思う。
「真っ黒なイノシシ、どないなったか、楽しみや」
矢馬は別れ際に言った。
「セイ、あいつら怪しいな。長井の焼死に絶対、関わってるで」
車に乗るなり、薫は言った。
低い声で断言した。
「へ?……」
聖は冷たい刃物で刺されたように
胸に痛みを感じる。
ルームミラーに映る薫の顔が怖い。
数分前まえには、
ヘラヘラ笑って<面白いデカのおっさん> だったくせに。
……なんだ、その、人を射るような目つきは?
殺気立ってるじゃないか。
で、何が怪しいのさ?
とっても良い人たち、だったじゃないか。
「片足の無い子は何者や? 説明、無かったやろ? 幼稚園通ってる年頃やんか。なんでこんな山の中で男2人と暮らしてるねん? 猟師のオッサンと、少年院出の孫にちっとも似てないやんか。……あの子は一体誰やねん?」
「あ……」
薫が何を疑っているのか、分かった。
……モモタロウは、長井タクト。
川で溺れ死んだ筈の、長井の息子だと……。
考えもしなかったが、年齢は一致している。
「ヤマ、タダユキとヤマ、レオを調べる必要があるな。親族、友人知人に、モモタロウに該当する子が存在するのか、どうか」
薫はギラギラした目をして、うっすら笑みを浮かべている。
事件解決の糸口を掴んだと、満足そうに見える。
「カオル、ついでに調べて欲しいンだけど……」
聖にも、薫に言うべきコトがあった。
「レオの傷害致死事件、詳細を調べてくれない?」
「へ?……なんでまた、そんなもん今更調べるねん?」
「レオは人殺しじゃないから」
レオの手に、<人殺しの徴>は無かった。
しっかりと見たから断言できる。
血色の良い丸い形の爪まで、左右全く同じだった。
「はあ?……どういうことや?」
薫の顔から殺気が一瞬で消えた。
「謎だろ。気になるから調べてよ。……あの人たちはね、誰も殺していないよ」
矢馬の手も、確認した。
<人殺しの徴>は無かった。




