戻らない。
これは、本当にあった悲しき恋の物語。
あなたは、日頃から大切な人に直接言葉を贈っていますか?
今から伝えるのは、自分の中で大切で特別な存在になっていく人に——直接言葉を贈らず、突然の別れを迎え——今も後悔の念で、時折涙を流す女子生徒のお話です。
今日もわたしは、自分の布団で体を休める。
体が重い。頭がクラクラする。
でも――立っているときより、横になっているほうが、すごく楽だった。
朝早く、母が学校に休みの電話を入れる音が、微かに聞こえた。
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あれから、随分と寝てしまった。
わたしの体はだいぶ楽になり、リビングに戻る。
時計に目をやると、午後の三時。皆の下校時間だ。
それから何十分か経った頃。家に一本の電話が鳴り響いた。
電話番号は学校の番号だった。
母が受話器を取り、電話に出る。
何を話しているのかは、分からなかった。
すると、保留ボタンを押して、ソファーで体を休めるわたしに母が言った。
「なんか、介助員の神田先生が、今日でいなくなっちゃうみたいだけど、最後に話すかって言われてる」
保留中の不気味にも感じる曲の中で、わたしの思考は停止した。
目の前が霞んで、頭の中が真っ白になりながらも、回答はイエス一択だった。
「…………お願いします」
そう答えて、わたしはソファーにへたり込む。
電話ではなす母の声も、何も聞こえない。
虚無の世界にいるようだった。
ただわたしは頭を抱えて、次の電話が鳴るのを待つしかなかった。
****** ****** ******
二度目の家の電話が鳴り響く。
わたしは電話の前に立ち、おそるおそる受話器を取った。
「も……もしもし」
「もしもーし。聞こえる~?」
電話越しに聞こえる、愛しいあの人の声。
その瞬間、堪えていた涙が、一気に流れてきた。
「き……聞こえます」
「大丈夫? そんな泣かないでよ」
「ご、ごめん……なさい」
神田先生の声を聞くのがあんなに好きだったはずなのに。
今はただ、胸が苦しい。別れの言葉を言うのが怖くて、嫌だった。
「佐紀、体調は大丈夫?」
「はい……元気になりました。だから」
“だから、最後なんて言わずまた学校に来て!”そう叫びたかった。
「明日、土曜授業があるしちゃんと学校行くんだよ」
神田先生と、わたしの最初で最後の約束。
「はい……! 絶対行きます。明日からまた学校に……」
嫌だ……! 嫌だ……! 神田先生のいない学校に行く意味なんてない。だけど、先生との最後の約束は絶対に果たしたい。
「神田先生、今まで……ありがとうございました。また――」
あっ……そっか。わたしと神田先生との明日なんてないじゃん。
「また、逢えたら………さようなら」
「元気でね。佐紀」
「はい、失礼します」
これまでにない喪失感を味わいながら、電話を切った。
あまりのショックに、わたしはその場で泣き崩れ、学校に行かなかった自分を強く呪った。
本作は、実際に体験した出来事を元にしたフィクションです。
登場人物の名前や、地名・学校内の配置など一部の描写には、個人が特定されないよう配慮した変更を加えております。
実在の人物や団体を特定するような行為は、どうかお控えください。
あくまで一つの物語として、心に留めていただければ幸いです。
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