また明日。
これは、本当にあった悲しき恋の物語。
あなたは、日頃から大切な人に直接言葉を贈っていますか?
今から伝えるのは、自分の中で大切で特別な存在になっていく人に——直接言葉を贈らず、突然の別れを迎え——今も後悔の念で、時折涙を流す女子生徒のお話です。
一学期が始まって一か月、自分から神田先生に挨拶できるようになっていた。
朝練を終え、制服に着替える。以前なら本を手に取り、時間が過ぎるのを待っていただろう。
でも、今は違う。
制服に着替えたら、オープンスペースで自分の席に着き、扉をじっと見つめる。
透明ガラスに薄っすらと映る人影を見るのが趣味だったが、今はもうひとつの楽しみがある。
「神田先生! おはようございます」
もちろん、その人影が神田先生であること。
変って思われるかもしれないけど、先生を一番に見つけて、一番に挨拶するのが大好きだった。
「佐紀おはよう~」
その声ひとつで、わたしは“一日頑張ろう“と本気で思えた。
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いつからだろう。
気付いたときには、下校するのさえ嫌がっていた。
一年のときは、学校が嫌いで授業中にだって抜け出したいと思うほど、嫌だった。
でも、今は帰るのが嫌だ。
支援学級では帰りの会を、それぞれの学年が個別で行い、下校していく。
そのときに、先生たちも着いてきてくれる。その中に神田先生もいて、それだけで幸せだった。
上履きを履き替えて、他の同級生たちが帰路に就く中、わたしは神田先生と話を続けた。
「帰ったら何するの?」とか「今日の晩御飯なんですか?」とか何でもない他愛もない話をする。
退屈になりがちな話も、この人となら飽きなかった。
学校にいられる時間が限られていることも、分かっていた。
「あんた早く帰りなさい」
腕時計を確認して、目を見開く担任の森下先生。
何故かオネエみたいな口調で、わたしに言った。
「えぇ……もう少し話してたいんですけどぉ」
楽しい時間でも、辛い時間でも、子供みたいに駄々をこねた。
「あんた終電なくなるわよ」
「分かりましたぁ。今日は帰ります」
もちろん、そんな時間まで話し込んではいない。
言葉の綾というやつだ。
だから実際は、もう少し話していたかった。
帰りたくない。まだ神田先生と一緒に時間を過ごしていたい。
そんな気持ちが溢れ出そうになった瞬間、神田先生から思いがけない一言が飛び出した。
「じゃあ、また明日たくさん話聞いてあげるから、今日は帰りなさい」
それも、強い口調じゃない。柔らかい本当に優しい人の声。
まるで、わたしの心の中を覗かれたみたいだった。
心臓がドキドキする。その言葉は一番欲しかった言葉だから。
また今日の楽しみは、明日に取っておこう。
靴に履き替えて、昇降口の前に立って手を大きく振りながら、当たり前の別れの挨拶をする。
「神田先生、さようなら。また明日!」
「はい、さようなら」
「気を付けて帰りなさいよ~」
最後までオネエ口調だった森下先生。
神田先生の声も、しっかりとわたしの耳に届いていた。
電車での通学だったこともあり、駅のホームに向かいながらひとつ思った。
“また明日、学校へ行こう”
本作は、実際に体験した出来事を元にしたフィクションです。
登場人物の名前や、地名・学校内の配置など一部の描写には、個人が特定されないよう配慮した変更を加えております。
実在の人物や団体を特定するような行為は、どうかお控えください。
あくまで一つの物語として、心に留めていただければ幸いです。
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