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聞きたい声。

これは、本当にあった悲しき恋の物語。


あなたは、日頃から大切な人に直接言葉を贈っていますか?

今から伝えるのは、自分の中で大切で特別な存在になっていく人に——直接言葉を贈らず、突然の別れを迎え——今も後悔の念で、時折涙を流す女子生徒のお話です。

新学期が始まって数週間が経った。

一年生のときと変わらず、朝練が毎日あった。無意識に神田先生のことを考えながら、寒いグラウンドを二周した。



****** ****** ******


朝練が終わったあと、制服に着替えて、支援学級の人たちが集まる一階のオープンスペースにある自分の席に腰をかけた。

時計を見ると、次にチャイムが鳴るまで時間はたっぷりあった。


わたしは、オープンスペースにある自然の写真が並ぶ分厚い本を一冊手に取ってページをめくる。

写真の中の山や湖は、自分の行けない世界に行っているようで、誰かを想う気持ちも薄めてくれた。


職員室や、一年生の教室もある空間だけど、この時間は基本わたしひとりだった。

誰にも邪魔されず、静寂の中でひと時を過ごす。

時間が経ったと認識するのは、他の皆が朝練に帰ってくる頃になる。



****** ****** ******


あれから何分経っただろう。

誰かの足音が近づいてくる。誰か朝練が終わったのかな。そう考えていると、後ろからあの声が聞こえてくる。


「佐紀、おはよう」


心臓が、ビクッと跳ねる。

驚いたわたしは、焦って本を閉じ勢いよく席から立って挨拶を返した。


「お、おはようございます……! 神田先生」


明らかに不自然すぎる反応にも、神田先生は何も言わなかった。

本当に気にならなかったのか、そういう人だと思われたのかは分からない。

ただ、今まで意識せずやっていたことが、意識するようになり、軽く手を振る笑顔でさえも、胸が締め付けられるくらい愛おしかった。



****** ****** ******


やっぱり一度考え出すと止まらない。

もう一度本を読んでも、全くと言っていいほど風景の情報が入ってこなかった。

それでも読むふりを進めていると、バタンと扉の閉まる音が聞こえ、暗がりの更衣室の廊下から、神田先生が戻ってきた。


何か言いたかった。引き止めたかった。だけど、そのまま神田先生は職員室に入った。

絶望するわたし。緊張で声が出なかった。ひどく自分に落胆する。


すると、案外早く職員室の扉がガラガラと音が鳴り、出てきたのは――神田先生だった。

グレーのパーカーに、黒いシャカシャカのズボンと室内用のスニーカー。

音の方へ振り向いただけだったのに、気付けばまた神田先生を見ていた。


「寒いねぇ……何読んでんの?」


私の席に向かって歩いてくる。今この空間に二人だけ。

動揺しながらも、心を落ち着かせて聞かれた質問に答える。


「景色の、本……です。暇だったので、見てみよかなって」


本を見せるように、神田先生に向けて差し出す。

すると、一ページずつめくってくれる姿に感動した。


「佐紀は、景色とか好きなの?」


「好きというか……でも気持ちが楽になるので」


今度の会話は、詰まることもなく普通に答えることができた。

本当に若々しい男性。社会人一年目くらいの可愛らしい顔立ちは、ページをめくるのに夢中だった。


「朝練終わったの? どうだった?」


急に話が変わった。

でもそうやって、話の種が増えるのは、全然嫌じゃなかった。


「そうですね……やっぱりこの時期はまだ寒いので……室内のほうが良いなって思いました」


最後は少し笑いながら、はなすことができた。

多分このときのわたしは、確実に笑顔だったと思う。口角が上がって、神田先生とはなすことが、何より幸せだと感じていたから――



****** ****** ******


やがて、皆が朝練を終えて続々と、オープンスペースに帰ってきた。

わたしも、まもなく鳴るチャイムに備えて、準備を始める。

神田先生も、理解して最後にわたしにこう言った。


「じゃあ佐紀。ちゃんと授業受けてくださいね」


「はーい」


この一瞬の会話だけでも、楽しいと感じた。

解散するときには、何もかも解かれて、“明日もまたこの人に会いたい”という感情が爆発していた。今日はまだ、一度もチャイムが鳴っていないのに。


でも、神田先生がどれだけ若く見えたとしても、介助員と言えど先生と呼ばれる存在。

一方わたしは、中学生でまだ若く、恋や結婚を考えるには早すぎる年齢。

現実は、アニメや映画と違ってご都合展開は――絶対にあり得ないのだ。

本作は、実際に体験した出来事を元にしたフィクションです。

登場人物の名前や、地名・学校内の配置など一部の描写には、個人が特定されないよう配慮した変更を加えております。


実在の人物や団体を特定するような行為は、どうかお控えください。

あくまで一つの物語として、心に留めていただければ幸いです。


そして、「感動した」「共感した」などありましたら、下記の☆や感想、何度も読み返せるようにブックマークなども大変励みになります。読んでくれる皆さんが、僕は大好きです。

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