第6話 妹、学園を制す
朝の教室。
静まり返った空気のなか、城ヶ崎春はそっとイスに腰を下ろす。
昨日の“学園全体・妹シンパ化”の余波は、まだ消えていない。
「……おはよう」
教室にいた全員が一斉に立ち上がった。
「「「おはようございます、結衣様の兄!!」」」
「なんだこの宗教みたいな朝礼はぁぁぁぁぁ!!」
春の絶叫に誰も反応しない。全員が当然の儀式として受け入れているのだ。
どうやら昨日、妹・結衣が学園内全クラブ活動を“買収”したことで、全生徒が**福利厚生付きの“結衣グループ正社員”**になったらしい。
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その日の授業中、春はノートを取っていた。
が、教壇の教師がいきなり、背後に深々とお辞儀をした。
「……ごきげんよう、結衣様」
「うちのクラス、乗っ取られてるゥッッ!!?」
振り返ると、そこには――完璧すぎる笑顔の天才投資家・妹。
城ヶ崎 結衣(中学2年)
IQ200オーバー。国際金融界の風雲児。現在、兄の学園を絶賛“買収進行中”。
その容姿はまさに天使そのもの。
サラサラの黒髪に、透き通るような白い肌。
ほんのりバラ色の頬、くるんとした大きな瞳。制服のスカートは少し短めで、ニーハイソックスから覗く絶対領域が世の男子の理性を刈り取っていく。
授業中にずっと春の様子を見ていたのだ。
「兄さん、今日もかわいかった♡」
「やめろォォォォォッッ!!まだ授業中ゥ!!」
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休み時間。
春の机の上に大量の“妹関連ファンレター”が積まれていた。
・「妹さんのサイン会いつですか?」
・「妹様の愛用ペンは何ですか?」
・「妹様の出生地の土をください」
「この学校、俺の妹の信者しかいねぇのか!!」
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その日、ついに限界が訪れた。
放課後、誰もいない屋上で春はうずくまっていた。
「俺は……俺はただ、普通の高校生活がしたいだけなのに……」
すると――。
「兄さん?」
聞き覚えのある声とともに、音もなく結衣が隣に座った。
「……どうして、こんなに色々してくれるの?」
「兄さんが大好きだから♡」
即答だった。
「……いや、それだけで企業買収とかしちゃダメだよ!? 常識的に考えて!」
「じゃあ次は、常識も買収しよっか♪」
「やめろぉぉぉぉぉッッッ!!!!」
春の叫びが誰もいない屋上に響き渡る。
「でも、兄さん、私の愛は止まらないの♡」
結衣はニコニコと笑いながら、ポケットから最新スマホを取り出した。
「ほら、兄さん専用アプリ“結衣マネージャー”を作ったよ! これで僕の予定も管理できるし、兄さんのストレスも分析できるの♪」
「待て待て待て! 俺のスケジュールを管理するってどういうことだよ!?」
「だって兄さん、最近残業多いし運動不足じゃない? だから専属トレーナーと健康管理プランもセットで契約したよ♡」
春があまりの過保護っぷりに眉をひそめると、結衣はクルッと回って背中から大きなリュックを取り出した。
「じゃじゃーん! 兄さんのための“兄専用リラクゼーションセット”! ヘッドマッサージ機に高級アロマ、あとは――」
リュックから巨大なふわふわクッションが飛び出し、勢いよく春の肩に覆いかぶさった。
「うわああああああ!!」
春がクッションに埋もれた瞬間、結衣は得意げに言った。
「さあ、これでリラックスしながら勉強もバイトもがんばってね!」
「俺はどこに逃げればいいんだ……」
ふと体育館の窓の外を見ると、校庭には“結衣信者”たちが集結し、巨大な横断幕を掲げていた。
『兄さんは俺たちの太陽!』
春は目をつむって深呼吸。
「い、いつか自由になれる日は来るのか……?」
「その時まで、私は兄さんを守り続けるよ♡」
結衣の笑顔は太陽のようにまぶしかった。
──そして、兄の戦いはまだまだ続くのだった。