第2話 妹が有能すぎて、クラスで俺の人権が失われた
朝の教室。
ガララッとドアを開けて、城ヶ崎春はゆっくりと入る。
「……おはよう」
ザワ…ッ。
生徒たちの目線が一斉に集中する。まるで“何か珍しいもの”でも見るような、微妙な空気が流れる。
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「来たぞ、“妹の兄”」
「またテレビ出てたよな、妹。今度は航空会社買収してた」
「てかあの年でファンド設立してんのマジで異次元だろ」
「兄貴がただの“朝ごはんに迷う高校生”なのが逆に安心する」
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春は、もはや慣れっこのように深いため息をつきつつ、自分の席へと歩く。
ふと椅子に目をやると──背もたれに何か貼られていた。
「……なんだこれ」
ピンクのキラキラステッカーに、金箔押しでこう書かれている。
“妹命”
Presented by 結衣インターナショナル
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「いや、誰が貼った!?」
「それ、結衣様からの献上品らしいぞ」
「素材、純銀らしいから盗むなよ」
「お前の椅子、文化財扱いされてるからな」
「俺の椅子なのにっ!?俺の意思はっ!?人権どこ!!?」
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その時、春のスマホが振動する。画面には特製アプリが通知を表示していた。
【結衣様システム】
『本日の兄の昼食:有機野菜弁当(2万3千円)』
※食べ残し厳禁
※付属スプーン:純金製(18K)
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「また純金!? なんで俺だけ昼飯で金相場に左右されるんだよ!」
「もはや食事じゃなくて資産運用だな」
「いいな〜。俺なんて今日もパン耳だぞ」
「いや、そういう問題じゃねえよ!」
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そこへ、クラスの女子がそっと近づいてくる。
「ねえ、春くん……」
「ちょっと相談があるんだけど……」
春(きた……ついに俺にも、スクールラブというやつが……!?)
「妹さんに、うちの母が開業した美容クリニックに投資してもらえないかな?」
「あと、姉の結婚式のファイナンスプランニング、お願いできるかな?」
「……俺は妹のなんなんだよッ!?財閥の営業窓口かよッ!!」
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教室の空気がぬるっとしている中、また別の男子が話しかけてくる。
「なあ春、お前んとこの冷蔵庫ってやっぱ“時価表示”されてんの?」
「兄弟ゲンカとかしたら、やっぱり裁判とかになるの?」
「てかお前、妹のメイドに名前呼ばれてる時の顔、なんか尊いよな……」
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クラスメイトたちの声
•「妹って確か、国会議員数人とLINEしてるんだっけ……?」
•「妹の笑顔ひとつで株価動くってマジ?」
•「兄が凡人っていう設定、もはや救いだよな」
•「妹が神で、兄が神の肋骨だよな、比喩的に」
⸻もうクラスメイトの声が痛い…
「ピンポンパンポーン♪
1年A組 城ヶ崎春くん、“妹による兄確保ヘリ”が到着しました。至急、校庭までお越しください」
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春は天を仰ぐ。
「……まだ1時間目も始まってねぇんだが!?」
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教室の窓からは、すでに結衣専用のロゴマーク入り最新鋭ヘリがホバリングしている。
風圧でカーテンがなびき、女子の髪が乱れるなか──春は静かに、荷物をまとめた。
「俺の人生、どこ向かってんだ……」
(春、内心)
「頼むから……明日こそは、普通に過ごさせてくれ……」
(この祈りが、あの“転校事件”につながるとも知らずに)