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式神、その後の話を聞く語

 目が覚めると、イケメン陰陽師が覗き込んで――と言うことはなく。

 普通に誰もいない部屋に一人だった。

 起き上がってぼんやりと外を見る。

 夜はすっかり更けているらしく、御簾の向こうの空には星が瞬いていた。


「……腕がある」


 ああ、依代に戻されたからか。とぼんやり理解する。

 動かしてみる。少し重たいけど動く。ちょっとだるいな、程度なので寝たら治りそうだ。

 心臓の鼓動は感じないけど、呼吸はできてる。

 なんか安心して息をつくと、とたとたと静かな足音が近付いてきた。


「あ、目を覚ましたね」


 御簾からひょこりと覗いたのは、晴明さんだった。

 よかった、と嬉しそうに寄ってきた彼は、手にしていた器をふたつ並べ、水を注ぐ。


「食事はできそうかい? できそうなら食べて」


 そう言いながら、後ろから紙人形が運んできた果物やお菓子も並べる。

 言われてみればお腹は空いてる気がする。いただきます、とありがたく果物をつまむ。

 味覚は変わらないらしい。じんわりとした甘さが舌に染みる。


「俺、どれくらい寝てたんですか?」

「一日半くらいかな。調子はどう?」


 補強はしてみたけど、と心配そうに伺う晴明さんに、軽く腕を回して見せる。


「大丈夫そうです。明日もう少し確認します」

「うん。私も付き合うよ」


 晴明さんの表情がへらりと崩れる。あの時の威圧感溢れる顔が嘘みたいだ。


「ところで、あの鬼は」

「ああ」


 晴明さんの視線がつい、と逸らされた。


「ええと、退治はできたよ?」

「……そうですね?」


 最後に見たのは、焼け焦げて抉れた地面だった。中に何も残ってなかった。

 つまり、巨大化した鬼はあの雷一発で消し炭と化した。やっぱり死亡フラグだったらしい。

 なんなら地面も抉れてた。あれ、家の人怒らなかったのか、なんて、余計な心配もよぎる。


「でも、あれはオーバーキルだったと思いますよ」

「おーばー……?」

「やり過ぎってことです。なんですか、あのほっそい雷一本で結界内消し炭って」

「う。いや、あれは……今回だいぶ抑えられた方で」

「なるほど。結界の外は全然影響なかったから良かったものの……ってか、あの結界もどんだけ強いんですか」

「いや。それは……いいことなのでは?」


 深緑の視線が僅かに上がった。首を傾げた拍子に、髪が肩で緩くたわむ。

 この無自覚イケメンが。俺はその手には乗らないぞ。と何かに抗ってみるが、実際のところ、彼の言うことは正しいんで頷くしかない。


「まあ、結果としてはそうですね。素直にすごいと思います」


 そう、結果としては十全だ。

 そうじゃなかったのは俺の方。


「元はと言えば、俺が危なかったからですしね。すみません」


 頭を下げると、一瞬晴明さんはきょとんとして、ふるふると首を横に振った。


「いやいや。あれは予想外の事態だった。私が収めるべきだと判断したのも私だよ」

「でも、正直嫌だったでしょう?」

「……」


 言葉を探すように視線が揺らぎ、瞳に睫毛の影が落ちた。袖の中で両の手をぎゅっと握って。


「……まあ、多少ね」


 こくり。と小さく頷いた。


「でも、なんとかなって良かったとは思ってるよ」


 表情は不安げなままなのに、その声は心からほっとしたようだった。


「そうですね。俺も、晴明さんの式神として胸を張れるように頑張らないと」

「式神として」

「そうですよ。今回の戦いで俺の課題も見えましたし」


 この世界で、立ち位置で、生きていくための課題。

 術の使い方、力の制御、そして何より――躊躇いを捨てること。

 最後の課題は、あの時あっさり捨てることができたんだけど。それはそれでちょっと怖い。


 自分は現代の常識で生きてきた。それが、違う世界に来たからと言って、速攻で塗り替えられるのは、自分を乗っ取られるような感覚に近い。かつて読んできた本の主人公達はどう乗り越えたんだろう……っと、そんな話は置いといて。


 自分が式神になってしまった実感が湧いてくると、俺もあの鬼と似たような存在なのではという疑問もついてくる。

 実際、俺の肉体はもうない。俺の魂と、晴明さんの作った人形と、その妖力で生きている。ということは――?


「つぐみくん?」

「ああ、すみません。ちょっと考え事を。……あの、変なこと聞きますが」

「うん」

「俺って。まだ人ですかね?」

「もちろん」

「――」


 思わず晴明さんの顔を見た。穏やかな表情で、俺を真っ直ぐに見ている。

 彼の答えに躊躇いはなかった。俺は人だと、当たり前のように肯定した。


「即答、ですね」

「どこまで残っていれば人と呼べるのか、というのは難しいけど。君の内面は人のそれだ」


 それにね、と晴明さんは盃に口を付ける。


「私も昔悩んだことがある。半分人ではない君を否定すると、私も人ではなくなってしまう」

「――あ」


 言葉を飲んだ俺を見て、晴明さんは微笑んだ。


「やっぱり君なら知ってるよね。私の母のこと」


 伝承では、安倍晴明の母親は狐だという。幼い頃その姿を見破ってしまったという話だった。


「はい。あの。本当に狐、なんですか?」


 うん、と晴明さんは頷いた。それ以上語らなかったけど、彼の表情が一瞬陰った。

 でも、ほんの一瞬だ。瞬きをする間に、彼は小さく息を吐いてその陰りを追い出した。


「だから、君がそう在りたいと願う限り、私は肯定し続けるよ」

「……」


 その言葉は、胸にぎゅっと痛みを与えた気がした。

 腕を噛まれても失っても、痛くなかったのに。

 でも、その感覚がなんだか嬉しい。それが人である実感。そんな気がした。


「ありがとう、ございます」


 すみませんと続けると、気にしないでと言われた。


「それにしても。君が悩むことがあるだろうって保憲さまは言ってたけど」


 ホントだねえ、と彼はひとりで何か納得したように頷いていた。


「保憲さんが? ……って、そうだ」


 その名前を聞いて思い出した。

 依頼の判定はどうなったのだろう?


「ところで、俺のテスト……ええと、確認しろって言われた件はどうなったんです?」

「ああ、報告したよ。「分かった」って言ってた」

「一言ですか!?」


 思わず声を上げると、晴明さんはクスクスと笑いながら頷いた。


「保憲さまにしては、良い反応だよ」

「ええ……他だとどうなんですか」

「ん、って頷いて終わりとか」

「うわあ」


 晴明さんはやんわりと目を細めて俺を見た。なんか嬉しそうだ。


「君のこと、ちゃんと認めてくれたってことだよ」

「……ホントですかあ?」

「本当だよ。興味ないことには反応しない人だから」

「そういえば口数が少ないって言ってましたね」


 思い返してみれば、俺のことも最初はスルーしかけたもんな。

 受け答えも最低限だったけど、様子は見に来た。きっとそれが、晴明さんの事を気にかけている証なのだろう。

 そして俺も、その隣人として認められた。なんか嬉しい。

 などと考えていると視線を感じた。晴明さんがなんかニコニコして俺を見てる。


「なんですか?」

「ああいや、つぐみくん、嬉しそうだなって」

「えっ」


 思わず口元を手で覆った。頬が緩んでたのだろうか。なんか恥ずかしくなって視線を逸らす。

 晴明さんは機嫌よさげに「別に、にやけてた訳じゃないよ」と教えてくれた。


「ええ。じゃあ何ですか」

「空気かな。君も反応が分かりやすいってことさ」

「む。気をつけます」

「別にそのままで良いよ。私もその方が嬉しい」


 そう言いながら、白湯に口を付ける晴明さんも空気がふわふわしている。

 そうですね、とだけ答えて、ぽりぽりとお菓子をかじり。


「そうだ」


 思い出した疑問を投げた。


「ところであの時、どうして「せいめい」って名乗ったんですか?」

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