男子高校生、陰陽師の式神になる語
私は未来を見た。
禍々しく濁った空が、赤い炎を照り返す。辺りは瘴気に満ち、草木は黒く染まりつつある。
見たことない服装の少年が立っている。憎しみに満ちた目で笑い、何かを叫んでいる。
早く彼を倒さないと都が危ない。やらなきゃいけない。そんな焦りがある。
でも。私は、彼を倒したくない。
だって彼は、私の■■だ。
誰かが私に強い言葉を投げかける。目の前の彼を倒せと叫んでいる。
嫌だ。やりたくない。だってそうしたら。私の力では、彼は。
けど、私はその声に応えたらしい。
震える手で札を構え、彼に向けた。
少年の表情が楽しげに歪む。挑発するような、嘲笑うような。そんな顔で笑う。
そして――。
いや。飲み込まれてはいけない。
私はまだ彼の事を知らないし、どんなに悲惨な未来であっても、きっと変えられる。
だから。強制的にその景色から目を逸らした。
□ ■ □
学校帰りに、雷に打たれたのは覚えてる。
痛みも何も分からないくらい、ものすごい音と衝撃が身体を貫いて。
目を覚ますと、イケメン陰陽師が覗き込んでいた。
烏帽子に狩衣。サラサラの髪。切れ長な深緑の目。中性的だけど女性的ではない顔立ち。そんな顔が、眉をハの字にして心配そうに俺を覗き込んでいる。
この人が本当に陰陽師かは分からないけど、「イケメン陰陽師」以上の表現が手持ちにない。それにしても顔が良い。俺は男だけど認めざるを得ない。
そんなことを思いながら瞬きをすると、彼の表情がほっと緩んだ。
「知ってます? 陰キャにイケメンを突然ぶつけると死ぬんですよ?」
「えっ!?」
俺の適当な第一声で、彼は盛大に驚き、身を引いた。
オロオロと周りを見て。俺を見て。
「その。死んで、しまいそうなのかい?」
すごく心配そうな声で確認してきた。声も良い。人の良さがすごく出てる。悪い奴に騙されないか心配だ。身体を起こして、手を振る。
「いや、冗談です。生きてますよ。ほら」
彼は俺の一言で、盛大な安堵のため息をついて。
「いやいやいや、安心してる場合じゃない」
と首を横に振った。それから恐る恐るといった様子で俺を見た。イケメンの困り顔上目遣いとかなかなか得られないものだけど、残念ながら俺には効かない。
「ねえ君」
「はい」
「自我が、あるの?」
「え。そりゃあありますが自我くらい」
「……」
彼は俺の答えに絶句した。分かりやすいくらい言葉を失っている。俺に自我があることで何か困ることがあるんだろうか。さすがにそれくらいは許して欲しいんだけど。
しばらく言葉を失った後、何かに気付いた彼はすごい勢いで俺に詰め寄り、肩を掴んできた。深緑の目が俺の目を覗き込む。あまりにまっすぐで、吸い込まれそうな視線。それは俺の目ではなくその奥を見ているようで。まるで、頭の奥を読まれてるような気分になる。
そして数秒もしないうちに、彼は理解できない物を見たような顔をして。
「君は、一体……?」
理解できない存在にするような質問をしてきた。
「いや、普通の高校生捕まえて何言ってんですか」
「こうこうせ……?」
なるほど。
勘のいい俺は気付いた。
これは異世界か時代劇だ。そう言う設定だ。なんのドッキリか知らないけど、付き合ってやろう。
「簡単に言うと学生です。あなたの格好からするに……ざっと1000年くらい未来の」
「せ」
せんねん、と口の動きだけで繰り返す。うん、と頷く。
彼はしばらくぶつぶつと考え込んで。俺を見て。
ぶっ倒れた。
□ ■ □
「は」
「お。復帰が早い」
時間にして数分。目を覚ました彼は、俺を見るや否や、盛大に頭を下げた。
「申し訳ない! その、こんなことになるとは思って、なくて!」
「待って待って。話が早すぎる」
「うう……」
なんとか宥めて顔を上げさせる。今にも申し訳なさが限界超えて泣きそうな顔をしている。
「イケメンが簡単に泣くな。これが乙女ゲーだったら一瞬で好感度MAXですよ」
「おと……?」
あ、これは分かってない。いいや、説明するのも面倒だし。
「適当言ってるんで気にしないでください。で。まずはあなたの話を聞こうと思うんですが」
「うん……」
彼が倒れてる間、俺だって何も考えてなかったわけじゃない。
見える限りを見て、状況の確認に努めた。
まだ不確定なことは多いけど、今言えることは。
この部屋、セットにしてはだいぶ手が込んでる。
部屋だけじゃない。下手するとこの家丸ごと作ってある。
そんな家に居たのは彼一人。スタッフとかなんとか、そんな気配は全然ない。下手すると本物。そんな気すらしてくる。
もしこれが盛大なドッキリだったとして、下校途中の男子高校生を連れてきても撮れ高とかない。そういうのは芸人さんでやるべきだ。
そこで浮上してくるのが第二の可能性、異世界転生。いや、転移の方か。
となると、俺は雷に打たれて死んだことになる。実感はないけど、見つけた鏡に映った俺の姿は、見たことないものだった。
眼鏡がない。目が赤い。髪は長く、白に黄色が混ざっている。実に平安時代という服装で分かりにくいけど、体格も少ししっかりしてる気がする。特殊メイクとかでもなさそうだった。
これは、俺の常識じゃちょっと説明ができない。
だから、この状況をよく分かってそうな彼から話を聞くのが手っ取り早い。そう判断した。
彼は少し待って、と部屋を出て。
しばらくして湯呑みと急須みたいな物を持って戻ってきた。
「白湯でいいかな?」
「ああ、はい」
どうぞと注がれたそれを受け取ると、彼は話を始めた。
「まずは、私の名前からかな」
彼は座り直してすっと背筋を伸ばす。
「私は、安倍保名の子、はるあきらという」
「あべの、はるあきら?」
繰り返すと、うん、と彼は頷いた。
ちょっと嬉しそうなその顔をじっと見る。
サラサラの髪。
つり目がちな、深緑の目。
人の良さでふわふわしてるけど、色白で整った顔。
陰陽師。安倍。はるあきら。晴、明。
「安倍、の……晴明……?」
「せいめい?」
「違うんです? 晴れるに明るいって書いて晴明」
彼は少し不思議そうにその読みを呟いて。
「そう呼ばれたことはないけど、その読みはいいね。清々しく晴れ渡るような心地になる」
人の良さそうなイケメン陰陽師こと、安倍晴明は。
嬉しそうな顔をして、その名前を肯定した。
この状況で出てくる陰陽師、安倍晴明。
いやマジか。色々と出来すぎでは? 実は走馬灯代わりに妄想を見てるのでは?
疑問は色々浮かぶけど、一旦全部追い遣る。
ほら、目の前の彼は会話ができるんだ。話を聞かない事には何も判断できない。
「それで、ええと、晴明さんは、どうしてこんな状況に?」
「ああ、それは」
彼は言葉を詰まらせ、白湯を一口喉に流す。
それから少し躊躇って、観念したように息をついた。
「私は生来から妖力が強くてね。色んなものを見てしまうんだ。それに」
と、晴明さんは紙を一枚取り出し、皿の上に置く。
指を鳴らすと、紙は俺の背丈ほどの火柱を上げて炭になった。
「うおぉ!?」
「灯火程度の火すら扱えない。気を抜くと余計なものまで燃やしたり壊したりする」
「今の。灯火のつもりだったんです?」
「うん」
「強すぎでしょ」
「そうなんだよ……年々酷くなる一方でさ。あんまり、人前で使いたくなくて」
頷く表情は悲しげで、真剣に悩んでるようだった。
「だから、思ったんだ」
「何をです?」
「この原因は、私が持つ妖力の量にあるのかもしれないと」
「ほう」
「だから、人形を作って、それに常時力を注いで操ったりしたら、少しは抑制になるんじゃないかなって」
「なるほど。要は式神を作ろうとしました?」
「そう、そんな感じ、かな。そこら辺の精でも何でも良いから核にして、妖力を注ぎ込むことで、私の指示で動くようなのを造りたくて」
「ふむふむ。それで?」
「反魂と召喚を、こう。組み合わせて簡略化したら、理論上はいけるかなって……思ったんだけど。そこで思わぬ落雷があって」
「なるほどなるほど……。いや、いけるかな、で使う術じゃないですよね?」
「申し訳ない……」
しょんぼりと肩を落とす彼の表情はマジだ。なんなら涙目だ。
年上が泣くな。困る。やらかしてるのはお前だぞ。
「大体、理論上はいけるって確信持ててるあたり怖いんですよ」
「うまく行く確率もそんなに高くなかったんだ。だから、小さな精を生み出す程度のつもりで」
「さっき自分で灯火を火柱にしたくせに、小さな精霊で済む訳ないでしょう……」
「それは、そう……」
「まったく」
とはいえ、これ以上彼を詰めても仕方ない。やれやれと息を吐いて話をまとめる。
「まあ、起こってしまったことは仕方ないです。状況は大体分かりました」
まとめると。
彼は式神を作ろうとしたが、落雷で手元が狂い、時を超えた先にアクセスして俺を召喚。
召喚された俺は、その依代にしようとした人形に入ってしまった。
晴明さんからすると、自我など無いはずの人形が、勝手に喋るわビビらせるわ、挙げ句の果てに1000年後の人間だと言いだした。うん。それは怖いかもしれない。
なにやってんだこの人と思うけど、「安倍晴明がやった」と言えば、なんとなく「できるかもなあ」という気持ちにはなる。だって稀代の陰陽師だ。できる気がする。
となると、やっぱりこれは異世界転移ということでいいだろう。
数多のラノベを読んできたとはいえ、いざこの状況に放り込まれると、なんだかしみじみとしたものを感じる。召喚した側の方が狼狽えてて、それどころじゃなかったというのもあるけど。まあ、冷静に物事を考えられたのはよしとしよう。
元の世界で俺はどうなったのか、そもそも戻れるのか、という疑問は残るけど。この晴明さんの傍に居れば、分かる日が来るかもしれない。それまで式神として頑張るのは十分にアリだ。
「それじゃあ、俺についての話もしておきましょう」
「うん」
こくんと頷いた彼は袖で涙を拭って居住まいを正す。二、三度瞬きをすると、眼差しがスッと冴えた。さっきまでの頼りなさはどこへやらだ。でも、その姿勢が話を真面目に聞いてくれるんだという安心感も生む。
「どこまで信じてもらえるかは分からないですけど、一応嘘はつかないつもりです」
「うん」
「さっき言った通り、時代が違います。ので、俺の常識がここじゃ通じないこともあるかと」
分からないことがあったら聞いてください、と付け足すと、彼は素直に頷いた。