表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

僕の家族



 ツインテールに幼い表情。現代っ子な幼馴染、ミツキ。

 ミツキは本当によく叫ぶ。単純なようで大きな隠し事ができる不思議な女の子だ。

「やめなさい! シュール」また僕にミツキは注意している。普段から釣り気味の目をさらに釣り上げて僕を指差す。

「アンタは逃げられたんだから! もう、行ったら危ないって分かってるでしょう?」ただ見つめるだけで何も言わない僕に腹を立てたようで言葉を続ける。そんなミツキに僕は首を傾げた。どうしてミツキが知っているんだろう、と。ミツキの言うことは重々承知である。しかし、僕は夢だけど、夢の現実を知りたかった。

「ごめん。いかなくちゃ。家族を助けないと…」そう言う僕にミツキは言葉を重ねる。「どの口が言ってるの? !アンタは催眠にかかっていただけよ。夢だって気づけたでしょう? それにアンタ、姉さんと呼ぶ相手を殺したじゃない」

 モノクロの景色がフラッシュバックする。思い出せば心が絶叫する。それでも僕は向き合いたい。

「だからだよ。今度こそ……助けなきゃ」拳を強く握りしめれば僕には痛みがする。あのときとは同じになりたくない。

 僕は扉に手をかけた。

「シュール! 現実はどうすんのよ、本当の家族は!? これはただの夢じゃない! 恐らくこれが原因で植物状態になってしまった子供が何人いるとッ! って! シュールま…」ミツキはまだ叫んでいたが、僕は扉を開いた。光に包まれてミツキの声は消えてった。

 大丈夫。僕はもう間違えない。

 シュールが見えなくなり、「クソッ」とミツキは吐き捨てた。扉の向こうに行ってしまえばミツキは何も干渉できないのだ。ミツキは扉を見張りながら、夢の中の祭りを楽しむことにした。ミツキはため息を吐く、この祭りは一体何回目だろうと。



僕はまた、あの世界に帰って来ていた。時間はお父様が死ぬ前。それは違う、お父様が死んだとは限らないのだから。ハッキリとわかるのは、カルミア姉さんが死んだと言う事だけだ。いや、これも違う。僕がカルミア姉さんを殺したのか。気を抜けばそのことばかり考えてしまう。そう、僕が把握するべきなのは時間についてだ。

 僕は来たばかりだがこの世界でしばらく過ごしたかのような記憶が既にある。これは前と同じ。つまりここまでの行動は変えようがないのである。僕は既によく話す弟のニックと仲がいいし、カルミア姉さんともよく話している。そしてお父様には■■■■と名乗ったのだ。

 それからこの前僕が起こしたのは主に三つの出来事だ。ニックにお祭りと本当の家族、ここに来た理由について話したこと。刃だけの鋸を持った警察のような奴らに追われてこの世界から逃げた事。カルミア姉さんを殺したこと。この行動を変えれば、どうにかできるのだろうか? ゲームの様に何度もコンティニュー出来ればいいのだが、それは出来ないと本能が訴えてくる。これからは『バカなことをせずに夢から覚めてしまえ』と本能が夜ごとに訴えてくるのだろうか。

 僕はこの世界で一日分ほど悩んだが、結局答えは出なかった。今は背中によく話す弟のニックのぬくもりを感じながら、眠りにつくところだ。無数に聞こえる呼吸の音からどれが自分のものだろうと考える。息を止めてみればわかるだろうと思ってそうしてみたが、よくわからなかった。その辺り夢なだけあって作りが曖昧なんだろう。そう思って寝息に消えてしまうくらい小さく自嘲的に笑った。夢だと解っているのにこんなに必死だなんて、誰に話しても笑われてしまうだろう。滑稽だ。そんなことは理解している。しかし、僕の考えとは相反して本能は『この世界を理解しろ』と語りかけてくる。天啓とはこんなことかもしれないと僕は眠った。

 この世界で目が覚めた。僕はひとまずここが現実ではないことに安心する。一日たった僕は昨日よりずっと落ち着いていた。どうにかしようという思いばかりが先走って思考に埋め尽くされることがなくなった。とりあえず現状維持で構わないとすら考えた。しかし僕には思いついたことを試してみようという気持ちが沸いていた。思いついたことというのは僕のかつての宝物であった小さなバイオリンを探すことだ。何もしないよりかはタスクをこなしているのは有意義に感じさせてくれるだろう。それに僕のモノとはわからないだろうがあれには名前が書いてある。見つけてどうにかして置いた方が良いと思ったのだ。

 僕は壁に伝ういくつかの階段の中から、これだと思うものを上った。木で出来た螺旋階段のようだが、まったく足音がしなかった。段数を重ねるにつれて足が重たくなっていく。前を向いていた視線も今はすっかり足元を見つめていた。ドクドクと心臓が鳴っている。上り終わってバッと顔を上げると遠くに人影が揺れていた。予想だにしなかった展開に内臓がヒュッと冷えた。しばらく動かずに人影を見つめていたが、誰かよくわからない。どうやら雑多に置かれた弦楽器をあさっているようだ。深く吸ったり浅く吐いたりでたらめだった呼吸が整いだしたころ、僕はそれが誰か理解した。

 



 いつだろうか。突然ありもしない記憶に気付いたのは。その記憶は現実離れしている。自分でも夢か何かだと笑い飛ばそうとした。でもこの世界自体現実離れしているからそうとも言いきれない。俺は悩んだ末に記憶のとある事柄を試そうとした。

 俺は今記憶の実証のために探すものをしている。どこかワクワクとした気分で無数の弦楽器をあさっていると後ろから声がした。これは記憶にないことだ。しばらくしてもう一度声がする。俺はようやく振り返った。

「ニック」と兄さんが俺を呼んだのだ。兄さんはこちらに近づいて質問してきた。「何をしているのか」と。答えに窮した俺は質問を兄さんに返した。兄さんは少し考えた様子を見せてから答えた。「探し物をしてるんだ。裏面にシールを張られた小さなバイオリンを」それを聞いて俺は思わず笑った。傑作だ。

 それは俺が探しているものだった。

突然俺が笑い出したものだから、兄さんは怪訝そうな表情でこちらを見た。その眉間の間に軽くしわを寄せた顔は昔兄さんがよく作っていた。それも可笑しくて俺がさらに笑うと兄さんはとうとう呆れたように笑った。

 こうこうと差し込む光の中にたたずむ兄さんの全身図は運命開花の音がした。運命のを音はベートーベンから聞いたものとは違って、ひどく穏やかに流れだしたのだ。



 僕が何をしていたのか訊ねると、言う当てがないのかニックは問い返してきた。僕は黙り込んでしまいそうだったがクリアな脳がスムーズに答えた。「探し物をしてるんだ。裏面にシールを張られた小さなバイオリンを」そう言うとニックは笑い出した。訳が分からなくて眉間にしわが寄るのを感じた。僕の悪い癖だ。するとニックはさらに笑い出した。僕もつられて笑ってしまう。そう、いつもニックは僕を笑わせてくれた。

 笑い終わったらしいニックが軽く丸めていた背をしゃんと伸ばした。

「俺も、それを探してたんだ」僕は思わず目を見張った。その一言を皮切りにニックは自身が持っていた記憶について話し出した。その記憶は僕がこの前経験したものだった。

「実は僕も……」僕はニックにこの前のことを話した。カルミア姉さんのことも、夢だってことも包み隠さず。ニックはそれを真剣に聞いてくれた。僕とニックの間に沈黙が広がる。静けさが二人ばかりなのをものがったていた。ニックの口元が動いた気がしてつばを飲み込んだ。僕とニックとの微妙な位置は物理的だけな距離ではない気がして緊張した。

「そっか……夢、かあ。可怪しいと思ってたんだ。だってこの世界、そういえば匂いがしなかったから」ニックは手を鼻に寄せてから頭をかきむしった。僕はニックの言い方に疑問を抱いた。僕はこれまでここは夢の中で、ニックは夢の中の登場人物に過ぎないと思っていたからだ。しかしニックの言い方だとまるで………

「匂い?」脳内に浮かんだ希望じみた仮説を確かめようとした。

「おん。俺、夢ん中では匂いしないの。だからこれも夢なんだなぁ。でも長すぎないか?」こんなに長い夢初めてだ、とニックは驚く。『おん』というのは恐らく『うん』なのだろうが、なまった返事に他人だったらイライラしただろうと確信する。ニックらしいから許せるのだろう。

 それよりも、やっぱりニックもここが夢だと納得していて、理解している。僕には匂いがするけど「確かに、モノクロになる演出なんて現実ではなかったし、今も一部色が欠けているか」。視覚に問題があるようだ。

 つまりニックと僕は同じ夢を見ているという可能性がある。家族みんな現実に存在するという可能性だ。「もしかしたらみんな現実に生きているのかもしれない」

「そうだな。俺と兄さんだけだから確信はできないけど。ふたりとも世界に欠けているところがあるみたいだし、一つずつ指摘してけば他の兄弟も夢だと気づくかもしれない」ニックにしては名案だ。五感を指摘していけば違和感に気づくだろう。

「気になるのは俺と兄さんの記憶で可怪しいところがあるんだ。兄さんは夢から一度目覚めたらしいが俺は夢から覚めていない。それに俺が戻ったのは鋸を持ったやつに殺されたときだ」戻ったときというのはこの時間にだろう。「それに、カルミア姉さんは鋸を持ったやつに殺されたよ」

「は?」思わず間抜けな声が漏れた。

「信じられないだろ? カルミア姉さんが死ぬなんて……って死んどいてなんだし、兄さんは……」その後に続く言葉はわかってるつもりだった。「どんな様子か、聞きたいかい?」ワンクッション置いてくれたのは僕を気遣ってくれてのことだろう。

「聞かせてくれ、信じられないんだ」思わず頭を抑えながら言った。脳がバラバラになったようだ。あるところは痛み、あるところは冷え、またあるところは熱くなった。脳の新しい混乱をまた細かに理解した気分だ。解像度は低いが。

「鋸とは思えない切れ味で胴体を真っ二つにされていたよ。断面はグチャグチャで、内臓がぶち巻かれて、でもカルミア姉さんは動いた。上だけの身体で這って、断面を触って確かめて、笑いながらメモを残したんだ。そのメモは読めなかったけど」ニックは痛そうな顔で語った。

「笑った? どうしてだ?」疑問と共にカルミア姉さんの笑顔が走馬灯のように流れだした。どんな時も姉さんの笑顔は穏やかで温かくて優しかった。でもニックの証言で僕が想像したのは、何かを嘲笑するような冷たく熱い笑みだ。そう考えた時に記憶の中のカルミア姉さんの顔が黒塗りになって行く。「ああああああああ……!」水風船に穴が開いてしまったように思わず声が溢れる。「兄さん」と叫ぶニックの声も駆け寄って来る足音もどこか遠い。耳に水が詰まったようだ。外のことなんて気にも留めずに頭の中の僕は追憶する。カルミア姉さんはどんな顔をしていただろうと。



 僕が殺したはずのカルミア姉さんは別の所で殺されていた。では僕が殺した人物は誰か。そもそもどうして警察もどきがやって来たのか。

 一晩が立った今も僕は思考していた。昨日の僕はあまりの情報量におかしくなってしまったのだろう。今は昨日の衝撃的なニュースが当然の様に脳に置かれている。ただし今は段ボール箱に入れられてポツンと玄関に置かれているに過ぎない。情報に置き配制度なんてないからそれっぽくしているだけだ。僕は全くそれを開封する気にはなれなかった。

 ほぼ思考停止と変わらないかもしれないが、僕の脳はこう告げるのだ。カルミア姉さんに合えばわかる。と。

「兄さん? また考え込んでんの?」ニックが寝っ転がったままの僕を揺さぶる。さっきまで寝たふりをしながら考えていたのに気づかれていたようだ。上半身を起こして僕は口を開いた。「よく話す弟のニック、カルミア姉さんを探しに行ふぉう」寝起きだからかあくびが混ざってしまった。「カルミア姉さんを?」ニックは首をかしげる。僕が説明しようとするとニックはため息を小さくこぼした。「あのな、兄さん。今子供たちがみんな集められてるんだ。とりあえずそっちに行こう。兄さんにだってそれを忘れる時間は必要なわけだし」ニックは僕に返事もさせずに手を引っ張るのだった。僕は気持ち的に引きずられながら子供たちの群れに飲まれて行った。

 群れの真ん中はぽっかり空いており。その中心には小さな女の子とそれを挟むようにお父様とお母様がいた。子供たちはわあわあとあの子を指さしながら騒いでいる。

「兄さんあの子……」小さい声でニックが僕に言う。内緒話みたいでこそばゆかった。ニックはおそらくカルミア姉さんに似ていると言いたかったのだろう。確かにあの子はカルミア姉さんと髪の色も目の色も同じだし、顔なんてコピペの域だ。しかしカルミア姉さんは十七歳だが、あの子は七歳くらいに見える。

 ふとカルミア姉さんはどこだろうと思って辺りを探した。どこにもカルミア姉さんの姿はない。内心焦る僕を後目にお父様はあの子を紹介しだした。「この子はカルマ、今日からみんなの家族になる子だ」火花が散る音に似た歓迎の拍手が世界を包んだ。あの子……カルマからは嫌な予感がする。未だ鳴りやまない拍手は火からは逃れられないと言った。



 家族はみんな各々動き出した。ぼーっと突っ立って動かないのは僕だけだ。視界で何かが揺れている。それは前髪に当っている。僕はそれを掴んだ。力んだためか意識がはっきりした。僕が掴んでいたのはニックの手だった。手を掴まれたことなど気にせずにニックは言う「兄さん、客が来てるぞ」「客?」不思議に思いつつもニックの視線の先を見る。そこにいたのは、カルマだった。

「客なんて言わないで。わたしたち家族なんでしょう?」そう言うカルマの瞳はあまり友好的なものではなかった。まあ、貴方たちからしたらまだ家族じゃないんでしょうね。とカルマは付け加える。カルマの態度に僕は苦笑した。それ以外の反応が思いつかなかった。

「はあ……」なんてカルマは大きくため息をした。不機嫌な様子を隠してくれる気はないらしい。「■■■■、わたし聞きたいことがあるの」なんだろうと僕は膝を屈めて目線を合わせた。カルマが口を開こうとすると、ニックが突然問いかけた。「なんで兄さんの名前を知っているんだ?」と。カルマは話を遮られたせいか顔をゆがめて鼻を鳴らした。「それくらい自分で考えなさいよ。……ったく、もう………■■■■、あなたにとって家族って何?」

「?…家族は家族だよ」僕の答えに更にカルマは顔をゆがめた。理解できないとカルマの瞳が言っている。「君も家族なんだろう? 新しい妹のカルマ」

「なによ、その呼び方。手紙でも英語でもないのに…きっとあなたは親愛なるも乱用しているわ。それに■■■■は………」ブツブツと言いながらカルマは去ってしまった。

 一体カルマは何がしたかったんだろうか。

 首をかしげてニックと顔を見合わせた。

 


 僕とニックは階段を上った先の弦楽器だらけの部屋に来ている。めったに人がこないので、隠し事をするにはちょうどいいのだ。

「カルミア姉さんとカルマは本当に似ているよね」僕の唐突な一言にニックは頷き、そして言った。「俺気付いたんだけどさ。カルミアはK・A・L・М・I・Aだろ?カルマはK・A・L・М・A。ほら、愛がないんだ」

「カルミア姉さんから愛を取ったらカルマになるってこと? ならカルミア姉さんの大部分は愛で出来てたってことになるよ」少しふざける僕にニックは笑って言った「半分は優しさで出来てるってよく言うだろう?」

 ニックの言葉に僕は笑うが、カルミア姉さんは優しさから生まれてきたような人だったと納得もしてしまうのだ。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ