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偽りの家族・本当の家族



 僕の目の前にたくさんの人がいる。主にその人の群れを構成するのは子供で、中心には男が一人。そしてそれを穏やかに見つめる女が一人。僕は傍観しているような気分でありながら、群れを構成する一人だ。

 眼の前の光景には家族団欒という名前を付けられた。男がお父様、女がお母様、僕を含めたその他が子供。群れと呼べるほどの人数があるだけあって、皆と等しく仲が良い訳では無い。僕がよく話すのは一人の弟と一人の姉。しかし僕ら全員に血の繋がりなどなく、お父様とお母様も結婚なんてしていない。

 一つの世界を構成してしまいそうなほど大きなこの部屋の外には、僕の本当のお父様やお母様に妹がいる。僕ら全員、今眼の前の家族がデタラメだと知っている。それでも得体のしれぬ男を父と呼び女を母と呼ぶのは、この世界に囚われているからだろう。この世界いちばんの毒に侵されているのだ。その毒の名前は『幸せ』という。理由が分からない程に『幸せ』以外を感じることができないのだ。この世界の家族になってしまった僕らは等しく『幸せ』の中毒者。どうして『幸せ』なのかさえ理解らないくせに安心と一緒に噛みしめる。

 僕はどうしてここにいるのか?

「どうしたの兄さん?」声にどこにも合わなかった焦点を合わせようとすると、よく話す弟がいた。心のなかで済ますはずだった声が漏れてしまったのだろう。

「なあ、ニック。どうしてお前はここに来た?」そんなこと全く僕は気にしないはずだ。なのに今は治りかけの傷のように気になって仕方ない。どうして僕らがここにいるのかという不安が初めて声になって世界に存在した。

「本当にどうしちゃったのさ兄さん。そんなこと理解らないほうがいいに決まってるさ。俺たちは生きてると気づいた途端に不幸になってしまう」おどけるように兄さんと呼んだ後によく話す弟のニックの声は急激に真面目くさった。真面目どころではない、この世界において最も冷たい目だ。僕は頷く。ニックの言うことは間違っていない。僕らはまだ、生きていると自覚していない。だから『幸せ』。その事実は本能のようなものが夜毎に訴えてくる。いや、あれは夜と呼んでいいのだろうか? いけない。急激に不安が生まれた。脳が僕の輪郭を知ろうとしている。

 僕が思考に沈み込んでいてもニックの話は続いていたようだ。

「でもさ、俺にとってはどうでもいいことだが。兄さんはそのことを話したいんだろ? 聞いてやるよ」さっきの冷たい目が幻であったかのように、暖かくニックは目を細めた。まるでこの世界のお母様のようだ。あの人はそれ以外の表情が許されていないだけのような気もするが。僕はニックの言葉で己自身に納得した。僕はニックから答えを知りたかった。でも、それだけではない。僕の経緯を誰かに説明して、生命の自覚をしたいという、反世界的な欲望を抱いていた。

「ありがとう、ニック」僕は変化に乏しいがために使いにくくなった表情筋で笑った。これは僕にとっては最大の笑顔だったが、他人からすると愛想がないだろう。

「いつも通りに呼んでくれよ」とニックが白い歯を覗かせて笑うので僕は答えた「よく話す弟」。名前を呼ばれるよりもニックはそう呼んだほうが喜ぶ。その理由はきっとよく話す弟のニックしか知らない。僕はどうしてか分からないが、彼は子供だと言わんばかりの笑顔で笑う。お手本のような無邪気さに僕は苦笑したかった。

 よく話す弟のニックは笑い終わると目をまあるく開いて僕を見た。その目は僕が話し出すのを持ってくれている。僕は息を吸って、吐いて、口を開いた。

「僕は、家族でお祭りに来たんだ……

 そう、僕は本当の家族とお祭りに来ていた。もちろんこの世界の家族だってもう一つの本当ではあるけど、初めの家族ではないから。本当の家族と名付けよう。僕にはお父様とお母様と妹がいて、祭りの人混みではぐれてしまった。

 一人になった僕の眼の前には教室のものにそっくりな扉があった。僕の学校のような木製の扉ではなく、アニメや漫画で見るような磁石のくっつくツルツルとした扉だ。僕はその中身が教室ではないと気づいた。開けようかどうか悩む僕に、情景が脳に直接流れ込んできた。扉の中身、教室から広がる真っ白な世界。その奥には弦楽器が並べられていて、その中に僕の大切なものがあった。小さなバイオリン、弓はなく、シールと僕の名前が裏面に張り付いている。

 僕はその宝物を取りにいきたくて仕方なかった。思わず扉を開く、光に飲み込まれる最中に僕を止める声がした。その声の正体はミツキという僕の幼馴染。光に目がやられ、声は出せなかったが、彼女にはこちらに来て欲しくなかった。幸い彼女はこちらには来ていない。

 扉の中は脳に流れ込んできた情景の通り、入口の方は教室なのに奥まっていくほど解けて真っ白になっていく。階段がいくつも壁につたっている。ある一つの階段に目が止まった。そこに僕の宝物がある気がした。でも僕はそう思っても動けなかった。知らない『幸せ』が当たり前のように僕にまとわりついていたから。

 眼の前には子供の群れ、僕はそれを兄弟だと認識し、中心の男を父、傍らで微笑む女を母と呼んだ。聖書のような美しい風景に飲み込まれていった。疑問なんてなくなっていた。

 自分の目標さえ忘れて。

 初めて僕に話しかけてくれたのはよく話す姉だ。カルミアという名前だと教えてくれた。よく話す姉は言った「お父様やみんなに本当の名前を知られてはいけないよ。その名前で呼ばれたら本当にこちらの人間になってしまうから」僕は頷いた。優しい姉さんの笑顔に、どうしてか逆らうことができなかったから。

 僕はお父様に「■■■■」と名乗った。

 それから僕はこの世界に馴染んでいった。

 ………当たり前として『幸せ』だった」

 僕の長すぎる話をよく話す弟のニックは静かに聞いてくれた。ニックは「そうなんだ」と言った。「僕はありがとう」と言った。

 会話は終わった。何も言わずにニックは歩き出した。僕は遠ざかるニックの背中を眺めながら、それは彼なりの優しさなのだと喜びが自分に沁みるのを感じた。よく話す弟のニックもよく話す姉のカルミア姉さんも、お父様に名乗ってしまったのだろうか? そしたらどうなってしまうと言うのだろう?

 僕に分かるのはニックやカルミア姉さんと僕の間にあってないような隔てるものがあるということ。それがただの壁なのか、それとも扉があるかのようなことはさておき。

 ニックに話したことによって、大体は思い出せたと言って良いだろう。今日という日は幸か不幸か、僕とこの世界にとって大きな変わり目であったことに変わりはない。今日、本能のようなものが夜毎に訴えてくることが変わった。その内容は、お父様の命日が近いというものだった。

 夜毎の警告はお父様の死をカウントダウンするものに変わり、子供たちはそれを脳に止めて、いつもを過ごす。昨日とは少し違うことが起こる昨日を今日と呼んでいる。

 この世界に何が起ころうとも、僕たちは『幸せ』でいることしかできない。自分が生きている事実から目を逸らすことしかできない。それはこの世界に自己が始まってからの鉄の掟だ。僕らは意識的に息を吸わない、しかしそれに理由付けはできなかった。

 朝が来て夜が来る。そんな単調な日々を、今日として認識したのは、最後の日だとみんな気づいたからだ。

 目の前にあるのは人の群れ、お父様を中心として子どもたちが集まる、穏やかで笑顔溢れる神聖な図。

 最後だと気づく子どもたちは口々にお父様に感謝を述べた。それを眺める僕は見つけた。扉が誰かに開かれようとしていることを。僕はどうしても今だけは邪魔されたくなかった。必死に扉を押さえ込む。友人だちと教室の扉でふざけていたときとは全く違う緊張感がある。ガタガタと扉は嫌な音を鳴らす。僕は扉と手がくっついてしまうような妄想をした。そうだったらいいのにと思った。そこまでに僕はまだ、『幸せ』に囚われている。

 お母様が来て僕と一緒に扉を押さえてくれた。

 みんなは未だに飛び跳ねながら感謝を伝える。

 ニックが一人、階段へと走っていった。

 僕は必死だった。それだけに初めて兄弟たちが憎たらしくなった。そんな呑気にしていい状況ではないのに。

 僕の必死の抵抗も虚しく、前の扉から奴らは入ってきた。

 銀色に光るノコギリの刃だけを持って何人も入ってくるその人たちは全員同じ服を着ている。その制服が表す人物は警察と呼ばれる人種だった。しかし僕が知っている警察ほどまともな奴らじゃないようだ。確かに奴らは人間だ。なのに思い出すのはデッサンに使うような木の人形だ。関節の不気味な曲がりぐわいや、おぼつかない足取りで素早く動く様子は人だとは思えない。

 僕の膝は恐怖を訴えている。心臓は恐怖に掴まれて痛みを頭にうるさいくらい叫び続ける。脳は冷静を装っているがいつも通りの働きを期待することはできないようだ。

 怖い。僕をこんなに怯えさせているのは【死】だ。いや、数秒後に死ぬと脳が警告する。そんなわけないと思いたいが、それを体が信じ切っている。喉が締め付けられるような感覚に襲われた。思わず肩で息をする。

 僕はきっと理解した。生きていると。

 生きているから僕は死ぬと思ったんだ。

 目の前に一人の警察が迫っている。しかし、それは僕には目もくれずに家族のほうへ突っ込んでいく。

 どうしてどうしてどうしてどうして! よかったよかったよかったよかった! いや! なんでなんでなんでなんで! ……僕は安心した?

 それは死ななかったからだ。普通は死なないことに安心を覚えていいだろう。でも普通じゃない。家族が殺されそうなのに。

 助けなくちゃ。家族を助けたい僕の覚悟に問いかけが一斉攻撃する。その声の全てが僕の声で僕の想い。DNAに刻まれた生存本能。それから解放されるような心地を徐々に感じていった。意識が身体に浮かぶような感覚だ。それでも足を家族のほうへと向けて、走るときに地面を蹴っているんだと自覚した。こんなに強く地面を蹴ったら、拳を握りしめたら、痛みを感じて当然なのに分からない。

 もう何人かの家族は殺されてしまったようだ。倒れて真っ赤な血で白い世界を埋める人間の殻に、ニックとカルミア姉さんのものはない。

「兄さんッ!」よく話す弟のニックの声が必死さで詰まる脳へと耳を貫いた。僕は足を止める。よく話す弟の手に握られているのは……そこまで考えて僕は驚きに脳を奪われる。

「これ、兄さんの宝物なんだろ………兄さ、んはこれを持って逃げるんだ。きっと、俺らは……逃げられないから」息も絶え絶えよく話す弟のニックはそう言って小さなバイオリンを、僕の宝物を僕に渡した。いつも弾んでいるニックの声が震えている。最後の一言はもう泣きそうだった。それなのに、どうして僕に……。

「ありがとう……ニック」感謝すると同時に恐怖とは別の痛みが脳と心臓に加わった。涙が久しぶりに目を潤した。視界を歪ませちゃいけない。正しくニックを見ないといけないのに。

「兄さん、泣いてないで、俺をいつも通りに呼んで、行ってくれ。兄さんは素敵な名前、大切にしろよ……」涙を流す僕に同じく涙を流すニックは無理矢理笑った。僕は頷いて、上手くなれなかった笑顔を作った。

「よく話す弟、またな」僕らはこの世界でずっと一緒だった。『またね』さえ僕らは言う必要がなかった。だからその言葉を聞くのはよく話す弟のニックが最初だった。

「俺の兄さん、サヨナラ」ニックのその4文字が僕を走らせた。外に、外に出ないと。僕はニックから受け取った宝物を服の中に隠した。


   ✳ ✳ ✳



 兄さんがまだ家族になったばかりの頃。慣れないようで「よく話す弟」と俺のことを呼んでいた。わざわざ弟と呼ばなくても名前で呼んでくれたらいいのに、なんておかしくて笑っていた。俺は大体の兄弟と仲がいいから。兄さんも最初はただのたくさんいる兄弟の一人で、兄さんと呼ぶ人はたくさんいた。

 兄さんの話は面白いし、何も言わずに遊んでくれる。

 俺はそんな兄さんが好きになっていった。

 兄さんは俺をニックと呼ぶようになったが、俺は優しい兄さんの弟と呼ばれるほうが嬉しかった。

 兄さんもそのことは分かってくれるらしい。

 いつも通りに呼んでほしいといえば「よく話す弟」と俺のことを呼んでくれた。

 俺は毎日『幸せ』で、兄さんとほとんど一緒にいた。

 兄さんは俺にとって特別な兄になった。

 今の家族が偽りだということはみんな理解している、でも俺はきっと昔から兄さんのような兄が欲しいと思っていた気がするし、偽りでも兄さんの存在は『幸せ』を支えている一因だから。いなくならないでほしかった。


 ある日兄さんがここにいた理由について話してくれた。

 そんなこと気にするなんて兄さんは変わっている。

 俺は兄さんの宝物について深い興味を持った。

 兄さんの名前にも。

 カルミア姉さんの言葉は名前をお父様に呼ばれた俺からすると理解に難しくないし、カルミア姉さんは最初の子供だ。信憑性がある。

 きっと俺でも兄さんの名前を呼べば兄さんを完全にこちらの世界に引き込められる。でも、それはいいことなんだろうか。

 俺は暇になるたびに階段を登って兄さんの宝物を探した。小さいと思う弦楽器の裏面をただひたすらに確認した。

 そして見つけた。どんなシールかと思ったら何かの割引のシールで、書かれた名前は………。

 俺は名前からそっと目をそらした。兄さんの名前は決して呼んではいけないと思った。

 そんなことしなくても兄さんとはずっと一緒にいられるだろうと。

 でもお父様の死、最後へのカウントダウンが始まってしまった。数字が小さくなるたびに俺は感じる恐怖が大きくなっていった。


 どんなに恐れても最後の日は来てしまうもので、刃物を持った奴らがこの世界に入り込んで来た。

 俺はとっさに兄さんの宝物を取りに行った。だって、兄さんはそのためにここに来たんだから、帰りづらいと思って。

 逃げ出せるのは兄さんだけだって、なんとなく気づいたんだ。最後まで兄さんの名前は呼べなかった。

 そのくせに、ずっと言うと思っていなかった言葉を告げた。

 サヨナラは悲しい言葉じゃないなんて歌詞の歌がどこかにあったが、普通に悲しくて寂しくて、痛いんだけど。

 いいか。

 俺の兄さんってちゃんと呼べたから。



   ✳ ✳ ✳

 

 さっきまで開かないように押さえ込んでいた扉を開けて外に出る。外では来たときと同じく祭りが行われている。彩り豊かな世界に目が痛くなる。もっと、もっとあの世界から遠ざからないといけない。僕はまだ走った。視界に本当の両親が映ったのにも気づかずに。

 祭りの中心から離れた人通りの少ない屋台に本当の妹と幼馴染のミツキがいた。よかった。無事だったんだ。でも近づいてはいけない。僕のせいで妹たちが巻き込まれてはだめだ。引き込まれそうになった足取りを正す。後ろから迫る異常な足音に振り返ると、その正体はカルミア姉さんだった。

「カルミア姉さん!」僕は思わず叫ぶ。僕が見ている人物は確かにカルミア姉さんだが、どうも様子がおかしい。この気配はあの警察官から感じたものに似ている。

「■■■■、私の弟。残念だけど、貴方はあの世界のものじゃなかったから、殺さないといけないの」悲しいと言わんばかりの表情で冷淡に言葉を放った。僕はこんなカルミア姉さんを知らなかった。長くてボリュームのある髪が風に踊る。身体のラインがわかりやすい半袖半ズボンに裸足で。その手には刃物としか分からない何かが握られている。

 不自然に凪いでしまう心に僕は言う、殺されてしまうと。

 咄嗟に刃物を蹴り落とした。まさか上手くいくとは思わなかったが金属が地面とぶつかる音がした。僕はカルミア姉さんを抑え込んだ。そしてなんとか走る。向こうには線路と川がある。カルミア姉さんは殺せないだろうが抑え込んだまま電車に轢かれるか川に落ちるかして僕ごと死んでもらおう。電車は来ないようだし川に落ちよう。抑え込んでいれば二人共息ができなくて死んでしまうはずだから。川までは結構な高さがあった。それが分かったときに僕の脳はDNAに則って行動した。

 僕はカルミア姉さんを突き落とした。川のそばのコンクリートの上に姉さんは落ちた。その瞬間に世界はモノクロになった。固くて重い音がして、姉さんの頭から血が流れている。

 あんなに血が出ていたら生きていないだろう。

 僕は、僕は今、姉さんを殺した。

 その事実を、しばらくして脳が、理解した。

 僕はモノクロから色鮮やかな世界に帰された。

 僕が眺めているのは真っ赤な色。匂うはずもない錆臭い香り。それのもとは僕の姉だったもの。

 途中までは確かに一緒に死ぬつもりだったのに僕はカルミア姉さんを殺した。真っ先な思考は僕も死ぬはずだったのに。電車の乗客のことすら考えていないほどだったのに。この手で姉さんの背中を押したんだ。肩甲骨の硬さ、それを覆う柔らかさ、風に舞う髪。全てを手が覚えている。

 偽りだといえ姉さんは、僕の姉だったのに。

 そういえばニックはどうなったんだ? 僕のよく話す弟はどうなっているんだろう? 思い浮かぶのは、警察のようなものに殺された何人かの兄弟たち。そして僕は気づいた。

 愚かだった。突然だといえ僕は、家族みんなを見捨てて、しかもカルミア姉さんを殺したんだ。殺す理由もないのに。

 生きたいだけの僕が、みんな殺した。

 でも、待てよ、こんなのが本当なわけない。

 僕が生きていたのは現実であって、こんなファンタジーじゃないだろう。これは夢だ。そうでしか説明できない部分が多すぎる。夢だと思うと腑に落ちた。

 服の中から宝物を取り出す。その裏にはパンに貼ってあった割引のシールと、僕の名前がある。そこに書かれた名前は『シュール』。これは僕のもので間違いない。

 ただこのバイオリンは既にあの日捨ててしまったものだ。

 そうだ、そもそもこのバイオリンがあるわけなかった。

 僕は笑う。感情の乾ききった声を漏らす。夢だと分かったのにニックやカルミア姉さんのことで胸は痛むままだ。

 夢の中で悶々と悩むうちに僕の目は覚めた。


 現実世界の空気は冷たくて落ち着いた。

 起きてみればお父様もお母様も妹もいて、学校に行けばミツキもちゃんといた。

 この世界では何も無かったから当たり前に時が過ぎていて、静かでゆったりとした時間に、僕は泣きたくなってしまった。

 夢で行った祭りの場所は無くて、全部全部空想だって、分かってたはずなのになってため息をつく。

 夢のことばかり考えていた僕は気づかなかった。

 ミツキが鋭い目で僕を見ていたことに。


 僕の後悔を知ってか知らずか、僕はまた同じ夢を見た。

 家族と祭りに来ている夢。

 眼の前の教室のような扉の向こうには何があるんだろう?

 再び扉へと手をかけようとする僕に声が降りかかった。

「やめなさい!シュール」

 その声の持ち主は幼馴染のミツキだった。 

 

 

 

 

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