第3話『ボディーガード』
シェアした昼食を食べ終え、皿とコップを洗っている間に、立花はオレの部屋の私物を勝手に物色していた。
なるほど、性格が悪いって言うのはこう言う事も言っているのか。
などと思いながらも、オレは立花の好きにさせていた。
見られてまずい物や恥ずかしい物なんかをオレはここに置いてなどいない。そもそもこのアパートは学校に通うために祖父から借りている単なる寝床だ。大事なものは祖父の家にあるオレの部屋にちゃんと隠している。
「ねえ、この本って随分古いみたいだけど、こういうの好きなの?」
立花が興味を示した本は『死ぬことと見つけたり』というタイトルの時代・歴史小説だ。
「まあな。その本は何度読み返しても面白い。その本のおかげで、この間のお前は助けられんだたと言ってもいいくらい、今のオレを形作っているんだ」
「へえ~」
「読んでみたいんなら貸すぞ?」
「え? いいの?」
「まあ、ほぼほぼ暗記するくらい読み込んでいるしな。それに、お前にも面白いと思えるかどうか興味がある」
「じゃあ~貸してっ!」
「ああ、いいぜ」
通学カバンに2冊の本を仕舞い込み、立花はオレのベッドに腰を掛けた。
「おい。あまりオレのベッドに触れて欲しくないな」
潔癖症と言う訳では無いが、立花にはオレのベッドに触れて欲しくない。
羞恥心。オレはこの時の感情をそう理解した。
オレの体臭や汗の臭いとか結構気になる。
だが、立花は全く気にした様子もなく立ち上がる気配もない。
「だってこの部屋、椅子も座布団も無いし、床はフローリング。絨毯すら敷いてないんだもん。ここしか座る場所が無いじゃない?」
「確かにそうなんだが……」
「なに? 意識しちゃってるの?」
悪戯っぽい表情でオレを見つめてくる立花。
女子に免疫のないオレはきっと顔が赤くなっている事だろう。体中の血液が顔に集まっている感覚と言うのは生まれて初めての経験だ。
「すまん。ちょっと……いや、かなり、意識してしまったようだ……」
先ほど『下心は無い』などと言っておきながら、今、完全に意識してしまっている自分の手のひら返しに、舌打ちをしたくなる。
「ふーん……」
オレは今、立花が何を考えているのかさっぱりわからないが、逆に立花にはオレの考えが筒抜けになっているのではないだろうか?
などと言う非現実的な思考に囚われた。
女子に対する免疫の無さ、ここに極まれりって奴だ。対する立花は何度も、まあ立花の言葉を借りれば今までに27人もの告白を切り捨ててきたわけだから、男子に対する免疫と言うか熟練度は高いだろう。
「なあ、恥ずかしい話だが敢えて言うぞ。オレは今まで、同年代の女子とまともに会話した事なんて一度もない。だから、こんなにたくさんオレと会話をしてくれた同年代の女子と言うのは、実はお前が初めてなんだ。緊張もしてるし、恥ずかしさもある。だからその…… 揶揄うんだったらもう少し手加減してくれないか?」
オレは下を向いている自分の顔を上げようとしたが、何らかの精神作用が働いて、上手く顔を上げることが出来ない。
せめて視線だけでも立花に向けようと思ったがそれさえも出来ず、かっこ悪いと思いながらも下を向いて目を逸らす現状を変えることが出来なかった。
こんな事、生まれて初めての経験だ。
「揶揄っているつもりは無いんだけどね~。でも分かった。じゃあ、机の方の椅子を借りるね」
案外素直に引き下がって机の椅子に移動してくれた立花に、正直ほっとした。
「で、真田くんにはお願いと言うか提案があるんだけど、聞いてくれる?」
今度はオレがベッドに座って立花と向かい合う。
なんとか顔を上げられるようになり、立花に視線を向けることが出来た。
「なんだ?」
「あのね、停学が明けたら、私のボディーガード……してくれない?」
「良く分からんが、どういうことだ?」
「学校ではなるべくいつも一緒にいて、私が誰かに告白される時とかでも、一緒に付いてきて欲しいの。もちろん帰り道も一緒に帰って、他の男子が近づかないように牽制して欲しいって言うか……」
「それって、オレがかなり恨まれそうだな」
「あ~。そうゆうの嫌だよね。やっぱいいや。今の無しで」
「待て、嫌だとは言っていない。ただ、もう少し詳しい理由を聞きたい」
立花は首をかしげて少し真剣な表情で考え込む。
その仕草が可愛くてまたオレの心が立花を意識する。
「え~と。ちょっと言いにくいんだけど…… 最近、告白してくる男子がさ、だんだん乱暴なのが増えてきたって言うか紳士的じゃないのが増えたって言うか…… 私はきっぱりと断ってるのに腕を掴まれたりとか、あとは…… その、体を触ろうとしてきたりとか…… なんかもう、怖くなってきたんだよね」
「なるほど。さらにこの間の大学生か……」
「うん。話が通じない男子って嫌い! 強引で乱暴な男子はもっと嫌い!」
「う~ん…… ただ、そうすると、今度はお前とオレが付き合ってるとかって誤解されないか?」
「真田くんは、私に乱暴な事する?」
「いや、絶対にしないと誓える」
「だったら、付き合ってると思われても別にいい。誤解されてた方が都合もよさそうだし」
「ただ、オレにメリットが無いな。特に、揶揄われたり問い詰められた時とかに上手く躱せず返答に困って、パニックを起こしそうだしリスクが高い。ホントに口下手なんだからな?」
「じゃあ、いっそのこと付き合っちゃう?」
「なんでそうなる」
「少なくとも、返答には困らなくない? 正直に言えばいいだけなんだから」
「そうなるとお前が困る事になるだろ?」
「え? なんで?」
「オレみたいな嫌われ者なんかと好きでもないのに付き合うなんてよ、悪意と好奇心のいい的だぜ。ハイリスク過ぎだろ?」
「でも…… 好きでもない人に身体とか触られたくないしな…… 乱暴なことされるのも怖いし……」
くそっ、そうだよな。立花が知らない男に乱暴される場面を想像してしまい、オレは
「ん~~~~~ わかった。じゃあ付き合うのは無しで、しょうがねえからボディーガードだけなら引き受けてやる」
「いいの?」
「ああ。オレに二言はねえさ」
損得勘定はとりあえずやめだ。せっかく見た目だけで判断しない良い関係の友人になれたんだ。それに、今まで女子との交流が全くなかったオレにとって、立花は本当に貴重な存在だ。
さっきオレが言った『下心は無い』は誤りで『乱暴な事はしない事を誓う』に訂正させてもらおう。
「ただ、さっきの話で、訂正したい部分が出来た」
「なに?」
「下心が無いと言った件だ」
「もしかして、下心出来ちゃった?」
うわ~ メチャメチャ恥ずかしいな。こんな話……だが、オレも男だ! ハッキリ言うぞ。
「そ、そうだ! 今までオレは女子とは無縁の存在だった。それ故にオレにこんな恥ずかしい感情があることをオレは知らなかった。そしてオレはその感情が下心であることを認めた!」
「な、なんか…… 凄い迫力で凄い事を言うのね?」
立花が椅子の位置を下げてオレとの距離を引いた。
「ただ、お前に対して乱暴な事は絶対にしない。指一本触れない事も誓う!」
「ちょ、真田くん? そこまで大袈裟に考えなくていいよ? 指くらい触れてよ。逃げる時とか? もしかしたら手を繋ぐ場面なんかあるかもだし」
「いや、生まれて初めてこんなオレに出来た友人で、しかも女子なんだ! オレはお前を絶対に悲しませたり怖がらせたりなんかしないと言う事をここに約束する!」
この時のオレは、舞い上がっていたのだろう。
踊っていたのだろう、心が。
そして沸いておかしくなってしまっていたのだろう、頭が。
人生初の女子の友人が出来たと言う事実に。
この日から一週間。
停学が明けるその日までオレは、毎晩さっきのセリフを思い出しては恥ずかしさで身悶えてしまい、なかなか寝付く事が出来なくなるのだった。
☆★☆ 立花亜優視点 ☆★☆
真田くんに『私に乱暴な事する?』って会話の流れから言って不自然なタイミングで聞いちゃったけど、変に思われなかったかな?
『じゃあ、いっそのこと付き合っちゃう?』って言うのもちょっと変な感じで不自然だった気がする。
でもね?『下心を持ってしまった』なんて、女の子に直接言っちゃったらダメじゃん?
ドキッとしちゃったじゃない。
それに、ボディーガードを頼んだ時に出した条件。変だと思わなかったのかな?
あれって、私といつでもずっと一緒にいるって約束なんだよ?
まぁ、分かってなさそうな表情してましたけどね~
帰ったら借りた本を読むか料理の練習するか……どうしよう?
両方とも出来るかな?
いや、出来る出来ないじゃなくって、やるんだ!
お姉ちゃんに頼んで今日は一緒に料理させてもらおうっと。




