第2話『見かけとか見た目の話』
☆★☆ 停学初日 ☆★☆
退屈である。
暇だからオレは停学中にやらなければならない課題を出来るところまでやる事にした。
イケル! イケるぞ!
答えが合っているかどうかは別として、オレはノリノリで学習の方の課題をこなしていく。
だが、午後に反省文の課題に着手したところで一気にテンションが下がる。
だってオレ、全然反省していない。
反省する必要と言うか、意味が全く分からない。
反省文の書き出しから躓く。
『ピンポーン♪』
チャイムが鳴った。
無視する。
チャイムが鳴って出ても、今まで宗教の勧誘の人以外が来た事は無いからな。
『ピンポーン♪』
2回目。だいたい2回で宗教の人は諦めてくれる。経験上は。
『ピンポピンポーン♪』
お、連打したな? オレも良くやる。ってそんなこと考えてる場合じゃないか、しつこいから出てみよう。だいたいはオレの顔を見てビビッて帰ってくれるはずだから、さほど面倒な事でもない。
「おう。誰だ?」
威圧的な声を出しながらガチャリとドアを開けるとそこには、立花亜優がいた。
「え~と…… お見舞いか?」
冗談のつもりでオレは言ったのだが、立花は真に受けたようだ。
「うん。私のせいで真田くんが停学になっちゃったから…… ごめんなさい」
あー。ちょっとだけ罪悪感。今のオレ、デリカシー足りなかったかも。
「今のは冗談だ。別に謝らなくてもいい。でも、態々謝りに来てくれてありがとな。じゃあ」
そう言ってオレは、ドアを閉める。
「ちょっと! 何で閉めるの?」
仕方なくドアを開ける。
「あ? だって用件は済んだだろ?」
「済んでないわよ。少しお話してよ」
お話と言っても……
「って言われてもオレ、口下手だし、話す事とか無いぜ?」
「これ」
立花は持っていた紙袋をオレに差し出し、強引に玄関の中に入ってきた。また閉められるとでも思ったんだろうか?
「なんだ?」
「差し入れ。お総菜屋さんの焼きそばとチキン南蛮」
「おー! そう言えば昼飯まだ食ってなかったな」
「ちょっと中に入れてよ」
「いや、駄目じゃね? 独り暮らしの男の部屋に、立花みたいな人気者が上がり込むなんて悪い噂が立つぞ?」
「……別にいい」
そうか、じゃあ上がれよ。なんて言えるか! こっちは強面の悪人顔でみんなから避けられてる嫌われ者だぞ!
「……」
オレは何も言えなくなり、沈黙してしまった。
玄関で、お互い立ち尽くしたまま数秒。
だが、立花が動いた。靴を脱いでオレの脇をすり抜けて勝手に入ってきたのだ。
意外と素早い?
「おい!」
「おじゃましまーす」
はー…… まあしょうがないか。
「凄く狭い部屋なのに、何にもない感じで広く感じるのね」
「ジロジロ見るな!」
とは言ったものの、ここは1Kのアパート。K以外には、机とベッドと洗濯機、冷蔵庫くらいしか大きなものは無い。
机の上にはまだ白紙の反省文用の原稿用紙と12冊の本。
ベッドの上には4㎏の鉄アレイが2個。
そのくらいしか物がない。
「掃除はちゃんとしているみたいね」
フローリングの床とクイックルワイパーを見て呟く。
「おい、お前、何しに来た? 帰れ。今すぐに帰れ」
「ご飯はどこで食べてるの?」
コイツ、オレの話を聞いちゃいねえ。
「机でだ」
オレは立花がこんな性格だったのかと驚いた。
同時に、今までクラスメイトと全く会話ができていない自分の嫌われっぷりにも気付いたが。
「じゃあ、今日は床に座って食べようよ」
そう言って立花はクイックルワイパーを掴み、部屋の中央部分のフローリングを拭き始めた。
「やっぱり綺麗に掃除してるのね」
コミュ力の差なのか、オレは立花の話について行けない。
「お前もここで食うのか?」
「だって今、ちょうどお昼でしょ? 一緒に食べようと思って買ってきたの」
そう言えば、この焼きそばもチキン南蛮もボリュームが凄い。一人では食べきれなさそうだ。
それにオレはフィットネスとは言えボクシングジムに通っている。
もしかしたらプロに誘われる可能性をチラッとは考えて、普段から節制しているから、二人で分け合って食べるほうが丁度いい量かもしれない。
「お前って、見かけによらず強引なんだな……」
ぼそっと呟いたオレに、立花が食いついた。
「それ! そう言う話もしたかったの!」
紙袋を綺麗に裂いて広げながら、立花が興奮した様子で大きな声を出す。
「真田くんも、見かけによらず優しいよね?」
「あ? どういう話だ?」
何を言いたいのか良く分かっていないオレは少し混乱した。
「見かけとか見た目の話」
「ああ、なるほど?」
「真田くんってさ、見た目怖いじゃない? それでみんなが結構内面まで決めつけてさ、真田くんって怖い人~みたいな? イメージを勝手に作って、話かけようとしないじゃない?」
「まあ、そうだな」
「でも、一昨日真田くんは私を助けてくれた。勇気があって、結構優しい人なんじゃないかなって、見た目だけで判断しちゃいけないんじゃないかなって、私に考えさせてくれたの」
「んー。でもオレ、そんなに優しい人間じゃないぜ?」
「それでも私を助けてくれた」
「まあ、面白そうだったからな」
「真田くんは面白い事が好きなのね?」
「誰だって面白い事は好きだろ?」
「でも、嫌な感じの大学生が3人もいて、そこに割って入って助けてくれるなんてさ? 普通の人では無理。というか、真田くん以外にそんなことできそうな人、想像もつかないよ?」
「そうか?」
「そうよ。だってあの時…… 私、怖くて、大学生にヤラレちゃうんだって、人生諦めそうになってたんだから……」
「……」
「そんな私を颯爽と助けてくれた真田くんは、別に私に恩を着せる風でも無かったし、下心も全然なさそうに見えたし、なんか今まで真田くんを見た目で判断してた自分が恥ずかしくなったって言うか……」
「まあ、下心は無い。それだけは言っておく」
「……私って、その、聞きにくいんだけど…… 可愛い?」
「……言いにくいんだけど…… まあ、凄く可愛い」
「あ、ありがとう……でもね? 見た目に騙されちゃだめだよ。真田くんが見た目は怖いのに、実は優しいみたいに、私だって見た目は可愛いのに、実は性格は結構悪いの」
「まあ、ここに勝手に上がり込んで、勝手にクイックルワイパーするくらいだから何となくわかってきたけどよ」
「えへへ……わかってくれたみたいで嬉しい」
「なんで性格悪いってわかられて嬉しいんだよ?」
「だってさ、高校入ってからの1年半で、私もう27人から告白されてるんだけど」
「ん? 人数、数えてんのか?」
「人数だけじゃないよ? 誰がいつ告白したのかもノートに書いてる。もちろん、告白された言葉も記録してる」
「マメなんだな」
「違うよ…… 私、怒ってるの。実は」
「あ? 怒ってる?」
「そう。私の内面とか? 性格とか? そう言う事を何にも知らないくせに顔だけ見て付き合いたいとか彼女になって欲しいとかって、結局それって性欲だよね?」
「……そうかもな」
「さっき、真田くん私に『じゃあな』とか『帰れ、今すぐ帰れ』って言ってくれた時…… えへへ、嬉しかった」
「はあ?」
「私の事、外見に騙されてないし、外見で好きになってないってわかった。だから、嬉しかったの」
「まあ、オレもオレを外見だけで判断するなよ、って思ったことは何度もあるけど…… ってそうか、そうかもな。オレも外見だけで判断しない奴がいたら、嬉しいかもな」
「それ私! 私今、真田くんを外見だけで判断してないよ?」
「そ、そうか…… それは、うれ、嬉しいな」
「なんで吃音るのよ?」
「えーと、わからん」
「ねえ」
「な、なんだ?」
「そろそろご飯食べよ?」
「あ、ああ。そうだな」
オレは皿を2枚と割り箸と、オレのコップと紙コップ一個、そして冷蔵庫からウーロン茶を出して、立花が裂いて敷いた紙袋の上に並べた。
「そう言えば今まだ午後の1時じゃねぇか? 学校はどうした? まだ授業中じゃないのか?」
「早退した」
「あ? なんで?」
「だってさ、私が放課後に真田くんのアパートに行こうとするよ? そしたら絶対誰かが後を付けてきて面倒な事を言い出しそうだからさ」
「あ~ そういう奴いそうだよな」
「真田くんが外見で損をすることが多いみたいに、私も外見で損をすることが結構多いの」
「お前が俺と話をしたいって言った理由が、何となくわかった」
「そう? えへへ…… やっぱ嬉しいな~」
「ああ。お前が嬉しいって言う理由もわかった」
「真田くんも、嬉しいと思ってくれた?」
「……正直に言うと、嬉しい。かなり」
「やったね~。私、真田くんと解かり合えた~」
この状況に、正直オレは照れた。
「チキン南蛮…… うめえな」
「うん! 凄く美味しい~」
だが、何と言うべきか、あるいは魂が触れ合ったとでも言うべきなのか……
オレは、立花の事をもう他人とは思えなくなってしまっていた。
☆★☆ 立花亜優視点 ☆★☆
真田くん。外見以外の所で私の事好きになってくれないかな~
そうだ、料理の勉強でもしてみよっ。
胃袋を掴むと男子って惚れやすいって聞いた事ある!
よ~し。帰ったら今日は料理の本でも読むぞ~