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第19話『カランコエ』と『ミニひまわり』

 今日もジムに行く気などもはや無くなってしまった。

 これで4日連続。

 未だかつて無かった事だ。


 何故なら最近、オレの心は亜優一色で埋まってしまっている。

 他に割くリソースなどこれっぽっちも無い。 

 だからオレは今日、これから今すぐに亜優に告白しに行く。

 もはやこれは決定事項だ。


 あの本の主人公に言ってやりたい。


 『例え好きな人が、あと1年しか生きられない人だったとしても、好きになってしまったのならば、後悔の無いように全力でぶつかってみたらどうだ?』と。


 未来の事など、誰にもわからない。


 1年などとは言わず、もしかしたら明日死ぬかもしれない。

 逆に奇跡が起こってもう数年寿命が延びるかもしれない。


 人の生など、先の分からない事ばかりなのではないか?


 確かに低い可能性ではあるが、もしかしたら明日、事故で死ぬ事になるかもしれない。

 凶悪な事件に巻き込まれるかもしれない。

 急に核戦争が起こるかもしれない。

 他にも、大地震・落雷・大火事・大津波など。


 平均寿命まで生きる保証なんてどこにもない。

 明日を生き延びる保証だって本当は無い。

 

 だからこそ


 オレは人生を惰性で生きてくなんて真っ平御免だ。


 例え明日死ぬんだとしても、今日を懸命に生き抜く。

 例え今日死ぬんだとしても、今を懸命に生きる。


 そう思った。


 未来の保証など、どこを探しても無いと言う事に、オレは気付いてしまった。


 ならば、オレが亜優に気持ちを伝えるべき時は何時だ? 今だろう? 今伝える事にこそオレが生きる意味があるんじゃないのか?


 オレがオレらしく生きると言う事は


『明日の満足な死を受け入れる為に、今日を全力で生き抜かなければならない』


『1年後の満足なる死を受け入れる為に、今日からの1年間を全力で生き抜かなければならない』


『充実した生涯を送る為に、死んでも後悔しないように毎日を生き続けなければならない』


 気付きにくかったと言うだけで、別に特別な事なんかじゃ無かった。


 ハッピーエンドでもない物語にすらあった。


 後悔なく生きると言う事はまさに







『死ぬことと見つけたり』







 我ながら、突拍子もない考え方だとは思う。


 誰もがたどり着く結論では無いのかもしれない。


 けれどもオレは、それでいい。それがいい。


 例え今日、亜優にフラれたとしてもオレの人生の中での、ちょっとだけ黒い思い出になって、それでも死ぬまで生きていくと言うだけの事だ。


 亜優に告白しなかった事をずっと後悔しながら生きていく人生なんてくそくらえだ!


 例え玉砕したとしても、オレは『満足なる討ち死に』を受け入れて見せる。


 そして、それでも『オレはオレだ』と胸を張って、死ぬまで笑って生き抜いてやる。そう言う自信も覚悟もある。






 それによ?


 チャンスは、別に一度っきりって訳じゃ()ぇだろ?


 なあおい、今まで亜優に告白してきた『ヘタレ』共よ。


 オレは、亜優を得る為ならば、何度でも立ち上がってみせるし、何度でも挑んでみせるぞ。


 だからオレは行く。


 『28番目』


 これを亜優にとっての最後の数字にして見せる。


 

☆★☆ ☆★☆



 髪はオールバック。

 珍しく鏡を見ながらいつもより少しオシャレに、前髪を一筋垂らす。


 私服はトレーニングウェアくらいしかまともなものは無いが、中でも夏らしい白系の薄い色を選ぶ。

 今日は『紫や赤が黒と混じり合ったヤツ』は無しだ。


 もちろん『髑髏』も『花柄』も選外。


 ボディーガードとしての誇りを示すためのバンテージは今日は白布にする。

 グローブ型は着脱が簡単でおしゃれだが、布のバンテージは伊達では無い。


 さて、準備は整った。


 スマホを持って少し悩んだが、亜優には事前連絡はしない。

 オレは祖父の孫だ。


 突然で唐突に。


 祖父の模倣と思われるかもしれないが、これはオレの選択であり決断でもある。


 オレがオレらしく亜優に告白するならば、これしかないと思える程の最善手だ。

 まぁ自信はないが。


☆★☆ ☆★☆

 

 家を出て数分。いつもよく見る花屋の前を通りかかった。


 当然ながら今までに一度も入った事など無いし、興味を持った事すら無かった。


 それなのに突然、オレは亜優にどうしても花を贈りたいと言う衝動に駆られた。


 確実に浮くだろうし可笑しい事に違いない。


 笑われるかもしれないし揶揄われるかもしれない。


 この強面が花束を持参するなど、誰に聞いたってまるで似合わないと言うだろう。


 だが、


 それこそがオレなんじゃないか? オレだからこそ花束なんじゃないのか?


 まさに直感。そして謎の使命感。


『カランコロン♪』


 花屋のドアをくぐると、来客を知らせる木製のベルが音を立てた。

 この音も、何故かオレの直感を後押ししてくれるように思えた。


 落ち着いた雰囲気の店に、落ち着きをくれる音。そして花屋独特のいい匂い。


「いらっしゃいませ」


 若いお姉さんが愛想よく声をかけてくれた。

 まさに看板娘と言うにふさわしい可憐な女性で、素敵な笑顔で対応してくれる。


 今、この店にはどうやらオレ以外に客はいないようだ。


 だからオレは、看板娘を怖がらせてはいけないと思い、少し距離をあけながら、それでも迷いなくその女性に話しかけた。


「告白するのにふさわしい花束が欲しい。出来れば枯れにくくて良い花言葉なんかがあったら嬉しい」


 我ながらよく言えた。オレは自画自賛する。


『枯れにくい』そして『花言葉』そんな事、たった今閃いたセリフだ。


「え~と、絶対に枯れない『プリザーブドフラワー』と言うものがあるんですが……安くても大体3000円位からなんですよね~。ご予算の方はおいくらくらいでしょうか?」


「そのくらいなら全然大丈夫です。それよりも絶対に枯れないって?」


「ええ、お花から水分を抜いて特殊な加工をしていますから、生花なんですけれども造花に近いような感じだと思って頂ければ概ね間違いないと思います」


 なんだそれは? 凄い物なんじゃないのか?


「それで……花言葉の方と組み合わせますと、うちに今ある商品の中では一番のおすすめが『赤い薔薇12本の花束』で、次のおすすめが『ミニひまわり3本の花束』になりますね」


 お姉さんが商品の前にオレを案内し、実物を見せてくれた。


 どれも透明なプラスチックのケースに納まっている。


 色褪せたドライフラワーなどとは違い、まるで生花と遜色が無く綺麗に見える。


 これが普通なのか? これが本当に枯れないんだろうか?


「薔薇12本の方はちょっとお高くて9800円です。花言葉は「あなたを愛します」「愛情」「美」「情熱」「熱烈な恋」です。『あなたの美しさに一目惚れしました』って感じですね」


 愛してることは愛してるんだが、何かが強すぎてオレのイメージとは少し違う……これじゃない。


「ヒマワリの方はお手軽で3980円です。花言葉は本数によって変わるんですが、3本だと「愛の告白」7本だったら「秘かな愛」11本では「最愛」。99本で「永遠の愛」と「ずっと一緒にいよう」108本で「結婚しよう」って感じなんですが……うちには今、3本の花束の物しか無いんですよね」


 なんだなんだ? 覚えきれないぞ!?


「え~と、ちょっと待ってください。3本だと花言葉は何でしたっけ?」


「はい、愛の告白ですね」


 まさにこれだ。とは思うんだが、今度は言葉が少し足りない。


「できれば……『守ってあげたい』みたいな花言葉の物って無いっすか?」


 このお姉さん、花言葉にやたら詳しそうだから勢いで聞いてみた。

 やはりオレは守ると言う事には拘りを持ちたい。


「あ、あります! ありますよ。こちら、『カランコエ』。これは花束にはならなくて、鉢植えっぽい感じのプリザーブドフラワーになりますが、花言葉は「あなたを守る」「幸福を告げる」「たくさんの小さな思い出」って感じです。それにお値段も手ごろで2980円なんですよ」


 これだ! よし! 決めたぞ。


「でしたら、この『カランコエ』と『ミニひまわり』の2つを頂きたい」


 守るだけでは無くて、オレは今日、愛も告げるんだ。


「え? もしかして……両方お買い上げですか?」


「あ、まさか花言葉が悪い意味に変わったりなんかしたりするんすか?」


「いえいえ、むしろ逆ですよ。花言葉が強化されます。お買い上げありがとうございます」


 オレは支払いを済ませ、商品を受け取る。

 左手に『カランコエ』の鉢。右手に『ミニひまわり』の花束。


 窓のガラスに映る自分の姿をチラリと眺め、その似合わなさに苦笑が出た。


「枯れる事はありませんが、湿度と乾燥には弱くて、冷暖房の風や直射日光に当てすぎると色落ちします。それと年数が経ちますと壊れやすくなりますので、衝撃にも注意してくださいね?」


 こんな凶悪な見た目のオレに対してでも、誠実な対応をしてくれている事に少し感動を覚えた。


 やはり大人は見かけや見た目ではオレを判断しないようだ。


 オレなんかが花屋で花を買うなど、同年代のクラスメイトなどでは絶対に想像も出来ないだろう。


「ありがとうございます。とても楽しみになってきました」


 オレは笑った。


 面白くて笑ったんじゃない。


 嬉しさと、楽しさで笑ったんだ。


 この感覚がオレは大好きだ。


 この感覚が、亜優と交流する前には滅多に味わえなかった事をオレは知っている。


 嬉しさと楽しさは、亜優に教わった。


 亜優に教えられた。


 オレにこんな事を教えちまったんだ。亜優がオレに惚れられて告白されるって事はなぁ……お前、身から出た錆なんだぞ?


 今までずっと孤独だったオレがよ、お前にあんなに(なつ)かれてよ、惚れねぇわけが無ぇじゃねぇかよ?


 分かっててやってたんだろ? 亜優。


 だからよ、『28番目』の最後には、こう書かせてやる。















 


 


 



 『真田守流って言う強面は、言葉だけじゃなくて、花言葉でも告白してきやがった』ってな!




 『午後4時から8時。留守にする』




 昼に、ジムに行くつもりで送ったライン。


 だが、今日のオレの行き先はジムなんかじゃない!




 立花家だ! 

留守にする(ルスニスル)逆から読んでも(ルスニスル)

あ、特に意味とか無いっす。回文好きなだけ~

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