第18話『28番目の男子になる覚悟』
☆★☆ 立花亜優視点 ☆★☆
私は、もっと守流くんと一緒にいたい。でも、呼び出す口実がもう思いつかない。
何か出掛ける予定を作らないと…… でも、そんなに都合よく出掛ける用事なんて無い。
ボディーガード……
守流くんと親しくなるまでの最初の加速度は、確かに凄かったと思う。
単なる友人関係だけだったなら、こんなに早くここまで仲良くなれていなかった筈だよね。
なのに今は……『ボディーガード』だから? だからこれ以上の関係にはなれない。
今、私たちの親密さは『頭打ち』になってる。
『会いたいから』って理由で呼び出すのは、ボディーガードと言う関係性じゃ不自然だし、なんか怖い。
もし『それはボディーガードの仕事とは関係ない』みたいな事を言われて、断られたら……
私は絶対に泣く。泣く確信がある。逆に泣かない自信が無い。
それでも、守流くんともっと会いたい。もっと一緒にいたい。
学校帰りだったら……送ってもらうついでって言う理由でアパートに寄って、極々自然に晩御飯を作ってあげて一緒にいられるのに、夏休みだとなかなかそうもいかない。
守流くんって、本気でボディーガードしてくれてるよね。
ボディーガードの関係をやめたい。だなんて……
私が、自分から望んでお願いしたのに、流石にそんな事言い出せない。
私は今『ボディーガード』と言う肩書を……本気で疎ましく思っているみたい。
☆★☆ 真田守流視点 ☆★☆
墓参りから帰った事を知らせるラインを送り、すこしばかりメッセージをやり取りしてからオレは亜優から借りていた恋愛小説を読んだ。
ハッピーエンドの2冊はすでに読み終えていたから最後の一冊の『ハッピーエンドじゃないけど素敵なお話』と亜優が言っていた小説だ。
2時間ほどでさらっと読み終えた。
余命1年の少女は最後にはやはり死ぬし、主人公は多少心を惹かれていた描写ではあったが、なかなかに頑なな性質で、少女とは最後まで『特別』以上の関係にはならなかった。
どのあたりが素敵なのかはよく分からなかったが、一旦小説の事は置いておいて、オレはさっきの祖父の言葉を思い出してみる。
『もうボディーガードなんてやめて差し上げなさい』
『ボディーガードでなければ娘は守れんのか? 守ってはいかんのか?』
『競争も激しかろう』
『誰かに奪われてしもうてから後悔せんように』
オレは、ボディーガードなったからこそ、亜優とここまで親しくなることが出来た。
オレは、ボディーガードなったからこそ、亜優を守る理由を得た。
競争ってなんだ? 奪われないためのボディーガードではないのか?
亜優は、奪うような強引で乱暴な男が怖いから、だからこそオレは亜優のボディーガードをしているんだぞ。
それに……
もしオレがボディーガードをやめれば、オレは亜優と一緒にいる大義名分を失う。
もしオレがボディーガードをやめれば、オレは亜優を守る理由が無くなる。
オレは、亜優がオレをボディーガードに選んでくれた事を誇りに思っている。
だから……祖父よ、もう少しだけ考えさせてくれ。
いつかは失われる関係だと言う事は分かっている。
やっと孤独から這い上がったばかりのオレ程度では、亜優の傍でボディーガードをしている事すら幸運であり僥倖なのだ。
だから、せめて高校を卒業する頃までは……オレは亜優のボディーガードでい続けたい。
亜優の傍にいる権利を手放したくない。
オレは亜優を心の底から大切に思っているんだ。
この日、オレはジムにも行かず、ただただ亜優との事だけを考え続けていた。
☆★☆ ☆★☆
亜優からの着信が無くなった……と言うか止まった。
7日、8日、9日、そして今日、10日の昼だ。
もう3日も連絡が無い。亜優は無事なのだろうか? オレは不安になった。
心配であり、不安でもある。
心配ってなんだ? 不安ってなんだ? 意味が違うのか? それとも同じなのか? そもそもオレは何故こんなにも落ち着きが無くなっているんだ? オレはどうなってしまっているんだ? もう、何が何だか分からねえよ。
どうにも落ち着かず、オレはスマホのラインを起動した。
最終メッセージは8月6日で止まっている。
守流:『元気か? 心配だ』
気が付いたら既にこんなメッセージを亜優に送信していた。
亜優:『元気だよ? どうしたの?』
数分後に亜優から返信があり、一応安心した。とりあえず生きていたことを確認できたし元気そうだと思った。だから
守流:『ただの生存確認だ』
オレはボディーガードだからな、まあ当たり前の心配だ。
亜優:『も~、老人の独り暮らしじゃないんだからね!」
あ、どうやら呆れられたらしい。まあ、目的は達せられた。いつかまた呼び出される時の為に、今日こそはジムで身体を鍛えよう。
実はこの3日間、ジムには行っていない。借りていた小説を読んでいたと言う事もあるが、本当は亜優の事が気になって気持ちがジムに全く向かなかったんだ。
守流:『今日の4時から8時までは留守にする』
この文面で、ジムに行くと言う事は伝わるだろう。
そういえば、亜優もジムに通ってみようかなどと言っていたが……誘ってみても良いものなのだろうか?
亜優:『うん。わかった、またね』
オレから誘うのもおかしな話だ。この話はおそらく冗談と言うかリップサービスのようなものだったんだろう。
オレは、スマホの電源を切った。
そしてオレは、一度読み終えた恋愛小説のうちの一冊が急に気になり読み返し始めた。
ハッピーエンドじゃない話の方だ。
既に一度読み終え、ネタバレはしている。
だからサクサクと読み進める。
相変わらずヘタレた主人公だな。
逆に少女の方は、死を恐れながらも明るく振舞い、あっけらかんとしたセリフで主人公を翻弄する。
少女が1年で死ぬと言う事実を認めたくなくて、突き放すような言動をとり続ける主人公。
同情も、憐れみも、悲しみも、涙も見せない主人公に、少女は日常を見い出す。
同情も、憐れみも、悲しみも、涙も、少女にとっては重荷だった。
少女にとって、主人公以外には日常をくれる人物はいない。
だから、少女は日常をくれる主人公に本心を隠し続けた。
そして主人公は、少女の死後に彼女の本心を知り、泣いた。
最初に読んだ時には気付けなかった2人の心の機微に、2回目には、いや、2回目だからこそ気付けた。
主人公の慟哭の描写に、いつの間にかオレも涙を流していた。
泣いただと? このオレが? こんな事いつ以来だ?
最後に泣いた記憶は小2の頃、上級生に喧嘩を仕掛けられて泣かされたのが最後だったはずだ。
だが、あの時の涙と、今流している涙は質が違う。
なにがどう違うのかは分からない。
でも、確実に違う。これは、痛いからでも悔しいからでもない。
悲しさに感動が混じった複雑な感情だ。
この感情の名前など知らない。分からない。
ただ、今、オレは
『コイツのような後悔を背負った生き方をする気は無い。死ぬ気で、死を恐れずに、例え死んでも後悔しない生き方をしたい』
だからオレは今、亜優にとっての『28番目の男子』になる覚悟が出来た。
但し、ボディーガードを辞める気はこれっぽっちも無い。




