第16話『オレが迷ったのは確かに一瞬』
☆★☆ ボクシング部合宿 ☆★☆
8月4日の最終日まで、合宿への揶揄いは毎日行った。
ボクシング部の合宿は、午前10時頃から12時半頃まではスパーリング中心に行っている。
「柔軟、ロードワーク、フットワーク、柔軟、それからスパーか。オレは丁度楽しい時間だけ遊びに来てるんだな」
オレは合宿中のプログラムを聞いて苦笑いだ。
「で、午後が筋トレ、柔軟、プロテイン……ん?プロテイン?」
「そうっすね。やっぱ筋トレの後はプロテインでしょう~」
さっきまで奈良と軽めのスパーをしていた大弥(渡辺)が楽しそうにリングから降りて来た。
オレは大弥のグローブを外してやりながらちょっと気になっていた事を聞く。
「ところで……新キャプテンの松田なんだが、どんな様子だ?」
「え? キャプテンならいつも通りっすよ? 特になんとも」
「そうか……だったら良いんだが」
☆★☆ VS松田勝也 ☆★☆
「真田、回避の練習をしたい。2ラウンド軽めに打って来てくれないか?」
すでにグローブとヘッドギアを装着した松田新キャプテンがスパーリングに誘ってきた。
オレにとっては雑念を消し去るチャンスかもしれない。喜んで受けた。
松田は距離感と言うか空間把握能力が高いし、スピードもテクニックもある。
回避に専念されると流石に捉えきれない。
踏み込んで右。ボディーを狙ったオレのストレートは肘でガードされ、すぐさまバックステップで逃げられる。
だが、やはりと言うかスタミナ不足がスピードを鈍らせる。
2ラウンド目が終わった。
「回避に専念してスタミナ切れじゃあ、かっこ悪すぎるな」
ハハハと笑ってオレに向かって独り言ちる松田が、少し淋しそうに見えた。
「本当ならな、回避しまくってスタミナ切れのお前を火だるまにしてやる予定だったんだがな……」
「まあ、オレはスタミナにはかなり自信があるからな」
「だろうな……」
残念そうな表情だが、松田の表情には陰りが無かった。
「真田」
「あん?」
「お前って、案外良い奴だな」
「な、なんだよ、急に?」
「永遠に仲良くしてくれよ?」
亜優との事を言っている事は流石の俺でも理解できた。だから
「ああ。約束する」
オレと松田は、この日から、親友になった。
☆★☆ VS奈良サトシ ☆★☆
松田の次は奈良にスパーを頼まれた。
1ラウンド限定。
流石に一年生。まだまだ粗削りで、フットワークもぎこちない。
だが、オレが大弥に厳しく指導した事をちゃんと聞いていたのか、大振りはしないし、早くて正確な攻撃になっていると思う。
「右のガードをあと10cm上げろ!」
「押忍ッ!」
こいつら、秋季大会とやらで活躍できたらいいな……
「こら! せっかくオレのガードを崩したんだから休むな、攻めろよ!」
「はあっ、はあっ……げ、限界っした……」
『カンッ!』
「ポイント取るチャンスだったのにな~」
「ぜぇ…ぜぇ…す、スタミナ、付けるっす」
「おう、がんばれよ」
なんだかんだ言っても、ボクシング歴4ヶ月でこれだけ出来れば上出来じゃね?
そうは思ったが、オレはそんな事は言わない。
「フルラウンド、もし今の動きを最後まで維持する事が出来れば…… 全国は見えるし、1年生で全国チャンプも夢じゃないな。 クッハー、痺れそうだ~」
どうせおだてるなら、このぐらい言ってもいいだろ。
どうせオレ部外者だし? 責任取る必要も全然無いし? ハッハッハ~
「ろ、ロードワーク行ってきます!」
「期待してるぞ~」
☆★☆ VS渡辺大弥 ☆★☆
「守流先輩! おれ、カウンターに向いてることが分かりました!」
アホがアホな事を言い出した。だから
「アホ!」
一刀両断した。
「あのな、大弥。カウンターってのは高等技術だ。相手の攻撃を誘う駆け引き、回避するスピードとテクニック、動体視力とタイミング、そして場数と度胸、全てが揃わなければ……」
あれ? そういえばコイツ、この前オレから有効打取ったよな。それになんか他の格闘技もやってたような感じもしたし…… 両利きと言うアドバンテージも持ってる。
もしかして……イケるのか? マジで?
「サトシ(奈良)と最近よくスパーするんですが、結構パンチが見えてて、軽めのジャブでカウンターが取れるようにはなってきてるんです。ちょっと試させてくれませんか?」
「わ、分かった……だが、オレ、死にたくないから振り切らないでね?」
まさかこのオレが弱気になっているだと?
渡辺大弥……恐るべし。
大弥の戦い方は、最初にオレが教えた通り、足を使わず体の向きを変えるだけで、常にオレを正面で捉えていた。
オレは当時のキャプテン三上との戦い方を再現し、攻撃しては離れる動作を繰り返した。
開始後約2分。オレのワンツーのツーに大弥が反応した。
右ジャブだ!
軽くダッキングした大弥が、サウスポースタイルにスイッチし、右を合わせて来た!
様になってやがる! 紙一重で躱した。
「おいおいおい! 速かったぞ~」
焦った。
瞬間、大弥が踏み込んできた。一直線!
コイツは両利きだ。右に逃げるか左に逃げるか……
オレが迷ったのは確かに一瞬だ。
一瞬の筈だ。
『カンッ!』
ゴングに救われたオレは、しこたま有効打を喰らってロープに寄りかかっていた……
☆★☆ 合宿最終日の午後 ☆★☆
「終わったー! 結構ハードだったっすね~」
「真田と立花さんが毎日顔を出してくれてたからな、気合も入った」
「三上先輩もっすね、まさか一泊付き合ってくれるなんて感動したっす」
「明日からは柔道部に『柔剣道場』を占領されるからリングとサンドバックくらいしか使えないが、その分フットワークとロードワークを今の倍やるぞ!」
大弥が自信をつけ、松田が何かに目覚めた。そして奈良が課題を見つけた。
なかなかに良い効果を得られた合宿だっただろう。
オレは最後、大弥にボコボコにされちまったがな……
良い経験だった。スゲー楽しかった。
「亜優……オレ、こいつらと、連絡先……」
「いいよっ! あの……この間はゴメン。気にしないで行って来てっ」
オレは、自分から、松田・大弥・奈良・関口・引退三上と連絡先の交換をし、『北高ボックス』と言うグループチャットにも参加する事になった。
☆★☆ 立花亜優視点 ☆★☆
「真田先輩……ありがとうございました」
守流くんに話しかけてきた『森口遥香』さんを止めようとした私は、彼女の表情を見て躊躇いました。
とても真剣な表情をしていたからです。
「大弥は、小さいころから強くて優しくて頼もしくて、その上人気があって、彼はみんなのヒーローでした」
そう、でしょうね…… ワイルド系のイケメンで、真っ直ぐな性格で、優しくて頼もしい。
「でも、駆け引きとか逃げる事とかが出来ない不器用さから、負ける事に慣れてしまった所がありました」
そういえば渡辺くんは、部内最弱って自分から言ってた……
「大弥に、自信をつけてくれて、ありがとう…… 私が大弥と付き合えたのって、実は真田先輩のおかげでもあるんです」
そうだったんだ……
「真田先輩……本当にありがとうございました」
私は……後輩の、森口遥香さんに
嫉妬してしまった事を自覚しました。




