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第15話『ボクシングの事少し教えてくれない?』

☆★☆ ☆★☆


 そう言えば、前回ボクシング部を激励したのは丁度一週間前だったな。


 あの時は防御に専念させていても下手くそで、見ちゃいられなかったディフェンスが……


「ナイスガードだ。基本通り過ぎるが今はまだそれでいい」


「はいッ!」


 顔面からボディーなどのコンビネーションには対応出来なさそうだが、いっぺんに詰め込むのは危険だし無理だろう。


「そろそろ攻撃に切り替えろ。タイミングは自分で決めろよ」


「はいッ!」


 オレのバックステップにくらいつくような勢いで踏み込んでくる今の渡辺には迷いがない。

 元々攻撃のセンスは良かった。

 オレは1~2発は有効打をわざと貰ってやろうなんて、少し驕った考えを持っていたのかもしれない。


 オレが見せたのは、ほんの一瞬の隙だった。確かに一瞬だった筈だ。


 気が付いた時には、渡辺の()()()()()()がオレの鳩尾に深々と刺さっていた。


 グハッ!?


 なんだ? 何が起こった?


 オレは必死になって右へ、右へと逃げる。


 馬鹿な? 右に逃げれば左ジャブに刺されちまう。いい的じゃねえか。


 それでも左に逃げる気にはなれなかった。野生の勘とでも言うべきか、逃げるなら右しかないと感じていた。


 足元を見て気が付いた。


(コイツ、左利き…いや、まさか両利きか!?)


 オレは今、サウスポーと対峙していた。


 渡辺の右ジャブがオレのガードを崩した瞬間。


『カンッ!』


 ラウンド終了のゴングが鳴った。


☆★☆ ☆★☆


「渡辺大弥」


 名字を呼ぶだけでは済まされなかった。

 名前も呼ばなければオレの矜持を保てないと思った。


「は、はいッ!」


「今からお前はオレの事を『守流(しゅりゅう)』と呼べ。呼び捨てで構わんし、今後は敬語も要らん」


 オレの方が確かに先輩だし、ボクシングの実力でもまだまだオレの方が遙かに上手だろう。

 だが、そんなことは関係ない。

 オレはやはり、最初に会った時から、コイツには何かを期待してしまっていたんだ。


「え!?」


 大弥が驚いた。それだけではなくもう一人、オレの親友も驚いていた。


「ええぇ!?」


 亜優だ。


「防御はかなり良くなった。基本通りでまだまだ『平均』あるいは『普通』といったレベルだが、今までが今までだ。ここは褒めるしかないだろう」


「は、はぁ……」


「どうだ? 防御が上手くいくと、攻撃がスムーズに出来ると思わないか?」


 渡辺大弥は首を傾げている。


「有効打を浴びてふら付いた状態で攻撃に行くのと、ちゃんと防御してから攻撃に移るのとでは気合のノリが違わないか?って事だ」


 オレはサウスポーや両利きの事には、敢えて今は触れない。課題は少ない方が深く学べる。

 オレがそうだった。だから今の最優先は防御だ。


「完璧に防御して、敵の動きやタイミングを覚えた後…お前は好きに攻撃したらいい。但し、軽く早く正確に、だぞ」


 かつてオレは『右は使うな』と言った。だが、コイツの場合、早くて正確ならば右でも左でもどっちでもいい。


「確実に弱らせて……確実に仕留めろ!」


「は、はいッ!」


「いい返事だ! 今のスパーのイメージでシャドー10ラウンドやれ、感想戦だと思ってやれ」


「はいッ!」


「ふん、オレから有効打を取ったんだ、しっかりとイメージを焼き付けておけよ」


「あ、りがとう御座いました……」


☆★☆ ☆★☆


 次は『奈良サトシ』とスパーをした。


 奈良は万能型で、引退三上とスタイルが似ている。


 速さや駆け引きでは引退三上よりも上かもしれない。


 だが、技術的には若干劣るし勝負勘と言うか判断力では引退三上に及ばない。


 ハッキリ言わせてもらうならば『怖さ』が無い。


「奈良、お前ウエルター級だったよな」


「押忍!」


 大弥はミドル級だ。少し減量が必要だが。


「お前、渡辺大弥と1ラウンドでいいから毎日スパーしろ」


「毎日?」


「ああ、多分だがな、奈良の攻撃は渡辺の防御練習になる。で、渡辺の防御が奈良の攻撃練習になる。と思う。かなり相性が良さそうだ。二人して一緒にまとめて強くなれそうな気がする」


「押忍! わかりました。やってみます」


「よし」


☆★☆ ☆★☆


 1年の関口には20㎏の減量を言い渡してスパーはしなかったが、最後は新キャプテンの松田だ。


 2年の松田は完全なるアウトボクサー。


 技術的にはかなりの物を持っていて、オレ的には特にアドバイスは無いが、敢えて言えば根性が足りていないと思う。


 気性の優しさからか、勝負に徹することが出来ていない。諦めも早い感じだ。


 だから


「松田、お前の好きな女がオレに奪われたと想像しろ。オレは性犯罪者だ。お前には殺されて当たり前の男だ。そう思え!」


 ちょっと戦意に火をつけるくらいの気持ちで焚きつけたオレの言葉が、本当に松田の戦意に火を灯してしまった。

 そしてそれが……何故か業火となった!?


「うおおおおおおぉぉぉぉ!?」


 我を忘れた松田の勢いだが、基本は崩れていない。身についているのだろう。

 脇は締まっているし、大振りもしない。


 何ッ!? 松田がインファイトを仕掛けて来た?

 このインファイトがオレにとっては大きなフェイントになった。


「立花さん! 立花さん! 立花さんッ!」


 ああぁぁ…… 逆にオレの戦意が萎えた……

 松田くん……なんか申し訳ない。


「うおおおおおおぉぉぉ!」


 オレは3ラウンドのスパーをひたすら防御で凌いだ。

 何故か、攻撃に移ることが出来なかった……


 松田くん……済まない。




☆★☆ 立花亜優視点 ☆★☆




 みんなとスパーリングして、リングから降りて来た守流くんに


「お疲れ様~」


 と、なるべく明るく聞こえるように声を掛けた。

 本当は少し…いえ、大分心が落ち込んでいます。


「亜優……お前の告白ノートに『松田』って名前はあるか?」


 私は少し頭を傾げて考え込んだけれど


「ううん。無いよ」


 断定しました。そんな名前聞いた事ありません。


「そうか……」


 そんな事よりも


「あのね? みおちゃんもはなちゃんも、そして遥香(はるか)ちゃんも合宿中毎日顔を出すんだって。その、あの…私たちも、毎日来ない?」


 本当はデートに誘う口実がそろそろ尽きかけているんですが、そんな事は言えません。


「お昼…食べたらさ、ボクシングの事、少し、教えてくれない?」


 守流くんの大好きなボクシングの事を知りたい。守流くんの事をもっと知りたい。

 これが本音です。


 だって……守流くんって、まだ私に『恋』してませんよね?


「そ、そうか? だ、だったら……ボクシングの階級の事と、うちのボクシング部員の特徴を少し…いや、話せるだけ話したいな」


 え? うふふ もう守流くんって、北高のボクシング部に(はま)っていますね~


「うん! それ聞きたい」


 私は守流くんのファンに…そして『守流くんが関わる北高のボクシング部』のファンになっちゃったみたい。


 だから


「守流くんが通ってるジムに……私も、一緒に、か、通ってみようかな?」


 なんて





 冗談ではなく、本気で言ってしまいました……

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