第13話『守流くんの言葉使いが変!』
「私が暴力や乱暴な人が苦手なのはね、お父さんが原因なの」
今日の予定を終え、立花家へ送る途中、突然亜優が自分の過去を話し始めた。
「離婚して、親権も放棄しているから本当はもうお父さんじゃないんだけどさ、生みの親は生みの親なんで、一応『お父さん』って呼ぶね」
私がまだ小さかった頃は優しいお父さんだったらしいんだけど、小学校に上がった頃くらいから少しずつ怒りやすい人になって行ったんだって。
実は私、お父さんが優しい人だったって言う記憶がないんだけど。
お父さんは、少しでも機嫌が悪いと私やお姉ちゃんをよく叩いたの。
気が狂ったようにしつこく何度も何度も叩かれた事もあった。
特にお姉ちゃんは私を庇ってたくさんたくさん叩かれてた。
最後の方の記憶は、もう『叩く』じゃなくて『殴る』になって、私たちはお父さんが手を上にあげただけで身体が縮こまって足が竦むようになった。
病気って程のトラウマでは無いんだけどね。男性と言うか暴力恐怖症?
最近も、好きでもない男子に告白されて、はっきり断ってるのにしつこくて、無理やり身体に触ろうとされた時、やっぱり足が竦んで動けなくなったことがあったの。
後でノート見て欲しい。私の、怒りの告白ノート。
実はその時たまたま守流くんが通りかかったって知ってた? 覚えてる?
守流くんはただ通り過ぎただけなんだけど、守流くんとその男子の目が合って、そいつが一歩後ろに引いた隙に何とか私、逃げだしたの。
動け私の足! 頑張れ私の足! って自分に言い聞かせながら走った。
あの大学生3人に絡まれたのって、それから3日後の事だったんだよ。
なんで私ばかりがこんな目に合わなくちゃいけないの?
今度こそもう駄目だ……って諦めようとしてたらさ、また守流くんが通りかかったの。
ホントは偶然なんだろうけど、運命的な何か? もしかしたら奇跡なんじゃない? って思っちゃった。
「なんとなく守流くんには私の事をちゃんと知ってもらいたくてさ……その、ボディーガード引き受けてくれてありがとね」
亜優の突然の過去語りの内容にオレは絶句した。
子供に、しかも女性に手を上げる父親と言う話が、殺されたオレの母親の話と重なる。
何と言うか……何と言うべきか……
「オ、オレは、もっと、軽い気持ちで持ちかけて来た話だと思っていた…… 断ろうと思えば断れる程度の…… まさかこんな深い事情があったなんて思いもよらなかった……」
「え!? そんなに深刻にならないでよ。軽い気持ちで合ってるよ、間違ってないよ? 駄目で元々って最初から思ってたし、その……守流くんにはホントにメリットの無い話だったから、断られて当然? みたいな?」
「ホントにオレで良かったのか? オレ、お前には乱暴しないと誓えるが……ボクシング好きだし、結構喧嘩に巻き込まれやすいし、喧嘩好きだし、亜優を怖がらせる事もこれから先たくさんあると思うぞ」
「それなんだけどさ? 実は不思議な事に、守流くんが振るう暴力と言うか喧嘩って、なんでかわかんないんだけど怖くないんだよね。どうしてなんだろ?」
「そうなのか? それが本当だとしたら……」
「疑ってるの?」
「いや、信じる。ただ、それが本当ならさ」
「うん?」
「嬉しいなって思ってよ……」
「……」
そろそろ立花家に着く。
☆★☆ 午後6時 立花家 ☆★☆
「ただいま~」
「お邪魔します」
亜優からオススメ小説を借りるために立花家に寄ることにしたオレだが、もし亜優の祖父母が在宅ならば、是非挨拶をしたいと言う期待もあった。
「おかえり~。あらら、真田くんも一緒なのね? ちょうどよかった。一緒に晩御飯食べて行かない?」
亜優のお姉さんが台所から声をかけてくれた。エプロン姿が似合っててとても『可愛らしい』。
「ムッ、守流くん今お姉ちゃんに見とれたでしょう?」
亜優が少し不機嫌な表情で睨んできた。
「ああ。エプロンが似合ってるなと思ってよ……今度亜優のエプロン姿も見てみたいと思った」
「あらあら、仲がいいのね。それでどう? 食べて行ってくれる?」
オレはさっきの亜優の話をつい思い出してしまい、お姉さんがオレを怖がらないように気をつけなければ。などと考えてしまったために反応が遅れた。
「…………」
亜優が心配そうな表情でオレを見つめている? 安心しろ。怖がらせるような真似はしねぇからよ。
「なにか用事でもあるの?」
「いえ、ご迷惑でなければ是非」
敬語と丁寧語を使い分けられるほどの学力は無いが、祖父やジムの人達などオレは年上と接する機会が多いため、希薄な人間関係の割には言葉使いが良い方だと思っている。
「今朝も思ったけど、本当に礼儀正しい子ね」
お姉さんがニコッと笑いかけてくれた時の表情がなんとなく亜優にそっくりに見えた。
今朝見たときは案外似ていないと思っていたんだがな。
居間に案内されて亜優と並んでテーブル席に着く。
洋風なんだな。
オレの祖父の家は築100年以上の完全なる和風だ。
低いテーブルに座布団を使って座る事に慣れているオレにとって、椅子と高いテーブルと言うのは新鮮に感じる。
やがて立花家の祖父母もやってきた為、オレは起立して挨拶をした。
「初めまして。亜優さんのボディーガードをさせて頂いています、真田守流と申します! 本日はごちそうになります」
祖父に習った礼儀作法。今まで実践する機会がなかった為、通用するのかどうか若干不安だったが大丈夫だったようだ。
「これは気持ちの良い挨拶だ。真田くんや、楽にしてください」
笑顔が素敵な好々爺といった雰囲気の立花祖父には気に入られたようだ。
「まあまあ、うちの亜優がいつもお世話になっています」
上品な雰囲気の立花祖母も、オレに悪い印象は持っていないように感じる。
「オレの方こそ亜優さんのおかげで、毎日を楽しく過ごさせていただいております」
この状況に何故か亜優が狼狽し始めた。今までに見た事がないくらいの慌てっぷりだ。
「な、なに? 守流くんどうしちゃったの? こんな演技できる人だったの? えぇぇ!? なんでぇ?」
おいコラ、演技とか言うな! これは礼儀作法だ。オレの祖父は礼儀作法に厳しい人なんだぞ?
「亜優……今まで隠していて済まない。実はこれが本当のオレなんだ」
まあ、喧嘩っ早いのも本当のオレなんだけどよ。
「知らなかった~! でもなんかカッコいいよ!」
瞬間、立花祖父母とお姉さんが大爆笑した。
亜優はテーブルに顔を伏せ、耳を押さえだした。
指の隙間から、真っ赤に染まった耳の一部が見えた。
☆★☆ 立花亜優視点 ☆★☆
私、どうしちゃったんだろ?
家族の前で「カッコいいよ」なんて言っちゃった。
そう言えばお昼にも守流くんのスマホのラインを勝手に覗いて、お爺さん以外に私の名前しか無かった事を嬉しいと思った。
そんな守流くんのスマホに、他の名前がどんどん増えていく事を考えて淋しいと思った。
その時だって今みたいに正直な気持ちが言葉に出ちゃってた。
でも、本当にカッコいいと思った。
もし、この事をみんなが知ったらどうなっちゃうんだろう?
みんなもきっと、カッコいいって思っちゃうよね……
なんか……なんか嫌だな。
「ご馳走様でした。亜優のお姉さんって料理上手っすね。だから最近の亜優の料理も上手いんすね?」
守流くんの言葉使いが変! 絶対に変!
「ご馳走様でしたッ! 守流くん! 読んでもらいたい小説貸してあげるから、私の部屋に来てっ!」
「お、おい、引っ張るなよ」
何となく居間にいたくなくて、私は守流くんの手を掴み2階の私の部屋に入れる。
「これとこれ、ハッピーエンドだけど泣けるお話。これはちょっと悲しいけど素敵なお話。今日の映画みたいな別れる話じゃないから安心して読んで!」
「ああ、ありがとう。帰ったらさっそく読むよ」
そう言って笑った守流くんの眼差しが、あまりにも優しくて……
強面の見た目につられて今までわかりにくかった守流くんの表情だけど。
『映画の後』で見せた『淋しい表情』
『普通の男の子』って言われた時の『嫌な表情』
『ありがとう』と言った今の『優しい表情』
ボクシングしてる時の『楽しい表情』
揶揄われた時の『照れた表情』
他にもいろいろ……
私、だんだん守流くんの表情で、感情を読めるようになってきたよ。
だから、お姉ちゃんが守流くんに近付くのは絶対に危険!




