第12話『心の底から、オレは思った』
亜優の様子がどこかおかしい。
オレはドリンクバーのウーロン茶をおかわりして、席に座り直す際に亜優の様子を窺った。
さっきオレを『普通の男子』と比べた発言の辺りから様子が変わった。
オレは普通の男子というのがどういうものなのか想像してみる。
例えば、キャプテン三上。コイツは亜優を柔剣道場に呼び出そうとしたり意外に後輩思いだったりするが、オラオラな奴だ。多分参考にはならん。
渡辺はどうだ? コイツはフェイントに弱く、ガードも回避もまるで駄目だがファイトがある。ガッツもある。脇を締めてガードに意識を自然に割けるようになれば一気に伸びるだろう。攻撃のセンスだけは初めからある。
他に参考になりそうな男子はいないか? 原田くん……は良く知らん。松田……同期で拳を交えた仲なのに話をした事は無い。1年の奈良、関口も同様だ。
「あの……守流くん」
オレに話しかける亜優の様子がやはりおかしい。弱気と言うか遠慮していると言うか、なにかとても嫌な予感がする。
「どうした?」
できるだけ優しく伝わって欲しくてゆっくりと答える。
「買い物……一緒にした事、ホントに守流くんが初めてなんだからね?」
「う~ん……亜優?」
「は、はいっ」
「お前が何故、その事について強調しているのかが分からない」
「それは……守流くんに誤解して欲しくないから」
「誤解なんてしてないぞ? ちゃんとお前が言った事をオレは信じている」
「で、でも、守流くんちょっと嫌そうな表情したから気になって……」
そんな嫌そうな表情したっけ? オレ。
「まあ、ちょっと気になることがあるとすれば、お前さっき『普通の男子』って言っただろ?」
「うん」
「で、オレは普通の男子ってどういうものなのか良く分からない」
「そうだよね……」
「それなのに、オレも『普通の男子』と同じって決めつけられた事は、ちょっと引っ掛かってる」
「そ、そっち? あ、でもそうだよね……ごめんなさい。見た目や見かけで判断しないように心がけてた筈なのに……私、男の子って言うだけでそう決めつけちゃってたんだね……」
「それでな、オレは今、普通の男子ってどういうものなのかを考えてた」
「それで難しい顔してずーっと黙ってたんだ……」
「そんなに長い時間だったか?」
「うん。怒らせちゃったかな?どうしよう? って何回も繰り返し考えるくらいには……」
「それは……悪かった。どうしても普通の男子ってやつが想像できなくてな」
「考えなくていい…… 私、これからはなるべく『普通』って言葉を使わないようにする。だって守流くんは守流くんだもん。私にとって、守流くんが守流くんであればそれが当たり前の守流くん」
亜優に笑顔が戻った。優先順位第二が達成された。
「オレの名前、連呼しすぎだぞ。今5回は言ってた」
「えへへ~。わざとだよ~」
「まあいい。笑顔が戻ってくれて良かったからよ」
「さ、次は映画だね~。あ、今日の支払いは全部私がするからね」
「おい、待て、それはいかん」
「いいのいいの。守流くんのボディーガードの報酬なんだけどね? お爺ちゃんとお婆ちゃんがちゃんと軍資金出してくれてるんだから」
「ボディーガードの話も家族にしているのか?」
「当たり前じゃん? だってあの日、大学生に絡まれた後、私は足が竦んで動けなくなってて、おまわりさんにお願いしてパトカーで家まで送ってもらったんだよ?」
「なんだって!?」
この話は初耳だ。
「あの日、守流くんはさっさと帰っちゃったし、まだ私をボディーガードしてくれる人がいなかったからね」
「そうだったのか……」
「お爺ちゃんもお婆ちゃんもパトカーで帰って来た私を心配してたから、だから守流くんがボディガードを引き受けてくれたその日に、ちゃんと説明してるんですよ?」
「わかった。そう言う事ならば遠慮はしない。ありがとう。ご馳走様でした」
「いえいえ、どういたしまして。アハハッ」
☆★☆ ☆★☆
映画は日本の恋愛映画だった。
オレでも知っているような俳優と女優さんが大人の恋愛をしていたため、結構な濡れ場があった。
非常にいたたまれなくなったし、最後は別れてしまい、ハッピーエンドとは言えず、オレの心はどんよりしてしまった。
帰り道、感想を言い合いたいと亜優に誘われて、さっきとは違うファミレスに入った。
オレは恋愛に特化した映画を見たのは初めてだったから
「恋愛映画って、ハッピーエンドしかないと思い込んでいた。今は少し心が沈んでいる」
と、正直に話した。
「最近はね~、ハッピーエンドなんて中々無いよ~。悲しい恋って言うのかな? 最後に泣かせる映画が多いかな?」
「そうなのか……なら、せめて現実の世界だけでもハッピーエンドにしなくちゃな……」
心の底から、オレは思った。
深い考えがあったわけでは無かった。
ただ、さっきの映画に反発したかっただけだった。
亜優が、「そうだね。そうなりたいね」と、
今までに見た事が無いような優しい笑顔で、
今までに聞いた事が無いような優しい声で、
オレを見つめながら言った。
☆★☆ 立花亜優視点 ☆★☆
『せめて現実の世界だけでもハッピーエンドにしなくちゃな』って?
もしかしてこれって告白?
だって守流くんの優先順位の一位って『私を悲しませない事』
この優先順位ってボディーガード限定?
守流くんのハッピーエンドに関係ある?
聞いてみたい……
でもちょっと聞くのが怖いような?
聞けば絶対に守流くんは正直に答えてくれる。
そう分かるくらいには守流くんとは解かり合えた。
あれ? でも、私は守流くんの事をかなり知ったと思うけど……
私の事をあんまり守流くんは知らないんじゃないかな?
私、あんまり自分の事を話して無いような気がする。
ちゃんと話せば守流くんは誤解しないで聞いてくれる。
私の話をちゃんと信じてくれる。
そう言う確信がある。
そのくらい守流くんを私は信頼している。
でも、そう言えば守流くんって私が言った事を全て信じすぎてる気がする。
たしかに私は嘘はついていないし騙そうとも思ってはいないけれど……
今朝、手を繋ぐ際にちょっと揶揄ったと言うか言い張った事、あれって騙したことになるのかな?
もう信じ込んじゃってるよね~
いつか訂正しよっと。




