第11話『私、疑われてる?』
生まれてきてよかった……
喧嘩を生きがいとし、孤独を友に生きて来た17年。
ああ……オレは今まで、なんてつまらない人生を歩いてきたのだろうか。
何が楽しくて喧嘩を求め、
何を思って孤独を友としていたのだろうか。
もうオレは喧嘩に捧げる人生など想像もつかない。
もうオレは孤独に生きるなんて真っ平ごめんだ。
何故ならオレは今、猛烈に感動している!
☆★☆ ☆★☆
オレが今いる場所は、百貨店の中の『レディースファッションフロア』という所らしい。
「守流くん。こっちはどうかな?」
立花改め『亜優』が試着室のカーテンを開け、白と水色を基調としたオシャレな薄着姿を見せてくれる。
なんだここは? もしかして天国なのか? まさかのここは、パ・ラ・ダ・イ・ス?
「素晴らしい……外見の可愛らしさを邪魔するどころか2割増しで引き立て、内面のアレを十二分に隠してくれる最高の姿だ!」
「そ、そう? あ、アレって言うのがちょっと気になるけど……ありがとう……」
「ス、スマホで……写真を撮ってもいいか?」
「えッ? あ、いいよ……」
パシャッ
「感謝する! これはオレの宝物だ。生涯大切にする」
「な、何なの? どういう事?」
オレはスマホを仕舞い、立花……ではなく、亜優に次を促す。
「まだ始まったばかりだ。試着とやらはまだまだあるんだろ? 楽しみにしている。頑張ってくれ」
「が、頑張るような事じゃ無いんですけど……」
珍しく立花……では無くて、亜優の顔が赤く染まった。
フッ。こんな亜優、初めて見たな。
10時~12時。たっぷり2時間も、オレは亜優のファッションショーを見させてもらい、その全ての姿を写真に撮らせてもらった。
「たぶんオレは今、世界で一番の幸せ者だな……」
亜優がレジで会計をしている間、オレはスマホに納めた亜優の写真を何度も何度も繰り返し眺めた。
☆★☆ ☆★☆
「ねえ、さっき撮った写真見せて」
昼食を摂るために訪れたファミレスで亜優に頼まれた為、オレはスマホを亜優に渡した。
「さっきは数とか、数えてなかったけど、結構試着してたんだねっ。写真は13枚か~」
「なかなかうまく撮れてるだろ?」
「うん。写真上手だね」
「親父が生きてた頃、ちょっとしたコツを教わったんだ」
「へ~例えば?」
「光の加減やフレーミングだな」
「光ってのは何となくわかるけど、フレーミングって?」
「一言で言えば、全体のバランスだな。余白を少なくして被写体を中央に、存在感あるように撮る。まあ、だいたいそんな感じだ」
「写真……好きなの?」
「ああ、ガキの頃よく親父の一眼レフを弄っては怒られていたな」
「ふふっ、案外見かけ通りな所もあるのね」
「見かけ通り?」
「そう、機械を弄って壊して怒られるような感じ」
「そう……だな。よく扇風機やテレビのリモコンを分解して怒られていたな。へ、見かけ通りか」
「ところでさ?」
亜優がオレのスマホを弄りながら、ちょっと困ったような、言いにくそうな表情をした。
「なんだ?」
「ラインの連絡先……お爺さんと私しかないんだね……」
「あ~、まあ今までそんな機会無かったからな?」
「これからここに……他の名前がどんどん増えていくんだろうね……」
亜優の表情がなんだか淋しそうだ。
だから、オレは亜優を安心させたくなった。
「大丈夫だ、亜優。オレはこれから渡辺を始めとしたボクシング部の連中とも交流するつもりだ。それに、お前の友達の『雪村さん』『川原さん』『原田くん』にも交流を求めるつもりだ。だから決して……「え!? だ、ダメッ!」」
オレの言葉を遮って迄拒絶した亜優の真意が分からず、オレは混乱した。
「あ……ごめんなさい……ちょっと、その、ちょっとだけ……せめて、夏休みの間だけでも……このままが良いかな……なんて」
亜優の言葉の意味が分からず、オレはさらに混乱を深める。
「どういうことだ? 説明してもらいたいが……」
ハッとした。亜優の表情を見て、今、ここで問い詰めるのはオレの優先順位1位に反するような感覚に襲われた。
「わかった。夏休みの間、オレは誰にも交流を求めない。亜優が悲しむのはオレの本意ではないからな」
ボディーガードだから。そう思ったオレだが、これは本当にボディーガードだからなのか?
立花と……亜優と交流していくうちに芽生えた新たな感情に、オレは少しだけ、疑問と戸惑いと恐れを感じた。
原因とか理由とか理屈などは分からないし、想像もできない。
「わ、私が悲しむって? どうしてそう思ったの?」
亜優が、真剣な眼差しでオレに聞いてくる。
だが、オレにはその答えが……ない。
思い浮かばない。
だから。
「直感だ。理由なんて思い浮かばない。ただ、何となく亜優が悲しむ未来が見えた気がした。もし勘違いだったならさっきみたいに笑ってくれ。オレはお前を友人としては特別な……う~ん。例えるなら『師匠』? いや違うな、だがこれは単なるオレのもやもやした感情ってだけなんだが、お前の事は特別な女子だと認識している」
亜優が目を見開いて驚き、固まっている。
「言ってることが良く分からなくなってきたんだが……一言で言えば、やはり『直感』だ。それ以外に上手い言葉は知らん」
亜優の顔が、さっきの試着室での時のように、真っ赤に染まった。
多分、今朝、オレもこんな表情になっていたのではないか?
もしそうなら亜優はオレと同じく……
今
緊張しているのかもしれない。
☆★☆ 立花亜優視点 ☆★☆
私が注文していた『アサリのパスタ』が来た。
守流くんが注文した『チキンガーリックステーキ』も来た。
私たちは昼食を摂った。
沈黙が続いた。
守流くんと一緒にいて、ここまで沈黙したのは初めての事なんじゃない?
凄く気まずかった。
「あ、あの、さ?」
沈黙に耐えきれず、私は守流くんに話しかけた。
特に話す話題なんて考えてなかった。
「夏服、選んでる間とか、試着している間の時間……長かったよね?」
男性は、女性の買い物にかける時間が長いと苦痛を感じる。
そう言った知識と言うか、先入観があった。
「あ? いや、全然長いと思わなかったぞ? どうした?」
まるで『何言ってんの?』みたいな表情で守流くんは心配顔してくれる。
「その……普通の男の子って、女子の買い物の時間が、その、長いと飽きるって言うか、嫌がるって知ってたから……」
守流くんがちょっと嫌そうな表情に変わった。やばい。やっぱり嫌だったんだ……
「普通なんてオレは知らん。何事においても亜優がオレの全てだからな。あ、それよりも」
ちょちょちょっ? 私が守流くんの全てって!? ええぇ?
「亜優は普通の男子と一緒にこんな経験をして、それでオレもそんな男子と同じだと決めつけるのか?」
え!? そんな事無い。私だって服を買うのに付き合わせた男子なんて守流くんしかいない!
こんな誤解だけは絶対されたくない!
「ち、違うよッ! 私は、その、買い物に付き合わせた男子って守流くんだけだけど……お姉ちゃんの話とか? その……恋愛小説の、話とかからちょっとだけ……その、知識だけと言うか、未経験なんだけどさ?」
「ふ~ん……」
あ、これ、私、疑われてる?
「小説かぁ……」
な、なんて言ったら誤解が解けるかなあ? あ~もう。守流くんにだけはこんな誤解されたくないのに~!
「オレ小説、好きなんだ。今度おすすめあったら貸して?」
「え!?」
「亜優のおすすめ小説、オレにも読ませてよ。これでもオレって、結構読むの早いぜ?」
「あ、うん。おすすめ……わかった。帰りに家にまた入ってってね?」
「おう。喜んで」
え、と。なんか焦ったけど? 誤解されてないのかな?
それとも、気にしない人なのかな?
ううん。そんなこと関係ない。私はちゃんと、私と言う人間をちゃんとちゃんとちゃんと! 誤解なく理解してもらいたい!
守流くんにだけは、見た目とか見かけとか誤解とかが無い、裸の私をちゃんと知って欲しい!
あ、あれ?
裸の自分って……そういう意味じゃないからね? 勘違いしないでよね!?
私は自分の心の声が守流くんに聞こえていないことを分かっていながらも……
何故か赤面してしまったのでした。
もう~。なんなのこれ~!?




