第10話『女子に免疫無さ過ぎの強面・赤面・素直ちゃん』
流石に毎日ではなかったが、夏休み中、立花はオレを頻繁に呼び出してくれた。
ボディーガードとして頼られているとオレは喜んでいたし、その事を別におかしい事だとはこれっぽっちも思ってはいなかった。
昨夜のうちにこんなメッセージが来ていた。
『午前中は夏物の服を見て回って、ファミレスでご飯食べたら映画に行くからボディーガードよろしく』
『9時半に迎えに来てください』
グローブ型のバンテージを装着。
これは素手で戦う事になった場合、なるべく拳を傷めない為の配慮だ。
若干伸びてきた髪は整髪料でオールバックに固める。
これは戦いになった時に、少しでも視界を邪魔されたくないためだ。
ボディガードとして集中力を高めると共に気合を入れ、入念に柔軟と準備運動をする。
腱や筋は伸ばし過ぎないように軟らかく動かす。
さあ、戦闘準備は整った。出発する。
歩いて20分くらいで立花家に着く。一応5分前行動を心掛ける。
「あら、もしかしてあなたが真田くん? 初めましていらっしゃい。亜優ならまだ準備中だからあがって行ってね?」
お姉さんだろうか? とても可愛らしい年上の女性に迎え入れられた。
そう言えば立花の家に入るのって今日が初めてだな。
「お言葉に甘え、お邪魔します」
ペコリと頭を下げるとお姉さんは笑った。
「アハハ、凄い行儀がいいのね~」
「一応祖父に厳しく躾けられましたんで……」
「躾け……」
お姉さんの表情に少し影が差した気がしたが、気にしないほうが良いだろうとスルーする。
「守流くんお待たせ~」
案外待たされること無く、立花が顔を出した。が……
「ん? あれ? 今『守流』って?」
「あ、やっぱりツッコまれたかぁ~ だってさ、お姉ちゃんも『立花』だし、私も『立花』だから? そろそろ名前で呼んでもらおうと思ってね、そのためにはまず私がキミを『守流くん』って呼ばないとねっ?」
「いや、『ねっ』って言われてもなぁ……」
余り見慣れない露出の高い可愛い服装に加え、何と言うか俺を信頼しきっているような笑顔。
オレはまた顔に血液があがってくる感覚に襲われ耳まで熱く感じる。最近のオレの身体は一体どうなっているんだろうか?
「ちょっと亜優! この子凄く可愛いっ! 顔が真っ赤~」
「お姉ちゃん! そう言う事は言わないのがマナーだよ! こっそり鑑賞して楽しむ方が絶対楽しいんだから」
ああ……『見た目に騙されるな、性格は悪い方』ね。なるほど。なるほど。
「ウッウンッ!」
咳払いして心を落ち着かせる。
「ほら! お姉ちゃんのせいでもう顔色が戻っちゃったじゃない!」
「あの……オレ、そういう揶揄われ方に全く慣れてないもんで…できればもうちょっと手加減してくれませんかね?」
「やめろとは言わないのね~ ふ~ん……」
あ、このお姉さん、手加減する気無いな。
「手加減ね~ 亜優ならどうする?」
「も~! 守流くん、行こっ!」
「え~? もう行っちゃうの~? あと30分くらい居なさいよ。お店って普通だいたい開店は10時からだよね?」
「お姉ちゃんと守流くんをあんまり話させたくないのっ!」
「あらあら、いっちょ前にやきもち~? 亜優もようやくお年頃なのね~」
あ、このお姉さん、妹にすら手加減なしか。
オレが呆気にとられて固まっていると、手を握られて引っ張られた。
「行くよっ。急いでっ」
「あ、あぁ……」
「行ってらっしゃーい」
まぁ、姉妹仲は良さそうだな。
☆★☆ ☆★☆
「ところで……いつまで手を繋いでいるんだ?」
外に出てしばらくしても手を離さない立花にオレは疑問を持った。
「手を? 繋いでなんかいないよ?」
何言ってるの? と言わんばかりの不思議顔で見つめられた。
「いや、そうなのか?」
じゃあこれは一体? と思わなくもないが、俺の方から離す気にはならないのは何故なのだろう?
「これはね、手を握ってるって言うのよ? はぐれたり迷子になったりしないようにね?」
なんだ? 意味が違うのか……
「なるほど。そうか……同年代の友達が今までいなかった影響で、オレはそんな事も知らないんだな」
オレの無知ぶりが可笑しかったのか立花は俯いて笑いを堪えている。
「ちょ、守流くん? あんまり笑わせないでよね……アッアハハ…アハハハハ!」
「なんだ? 大丈夫か、立花?」
「大丈夫なのか心配なのは守流くんの方だよ~! あーー可笑しい~」
「そんなに笑わないでくれ……これからちゃんと学んでいく。もうオレは孤独ではない。いろいろ教えてくれる同年代の友達がオレにも出来たんだ。そしてその最たる者がお前だ……立花」
この、オレのセリフを聞いた立花が更に笑いを深めてしまった。大笑いというやつだ。
「あ~~も~~守流くんってば可笑しい~……でもまずこれだけは言わせて?」
「なんだ?」
笑いを押さえて立花がちょっとだけ真面目な顔をする。まあ、まだまだにやけ顔と言った程度だが。
「私の事は『亜優』って名前で呼んでね。さっきも言ったでしょ?」
たったの2文字で、簡単な事の筈だった。
「あ、あ……ゆ?」
だが、そのたった2文字をなぜかうまく言えない。どういうことだ!?
「なんで吃音るのさ? しかも語尾が疑問形?」
「これはあれだ……緊張している時の感覚に近い……と言うか緊張だな」
「へえ~私の名前を呼ぶのに緊張したんだ?」
「そうだな。うん。間違いない」
「え?あ、そ、そうか~……って、素直か!?」
「あゆ……アユ……あゆ……」
「ちょ? 守流くん? どうしたの?」
「あ? 練習してたんだが?」
「そ? ……じゃあ本番! 私の目を見ながら呼んでみて?」
「ああ、いいぜ」
イケる! オレはやれば出来る!
「鮎!」
魚の名前だと思って言えば楽勝さ(フッ)
「……なんか違う気がする~ ダメ、もう一回!」
「ええぇ~? じゃあ『アユ』」
「まだダメ。もう一回」
「あゆ?」
「う~ん……もう少し」
「亜優」
「うんっ、それ!」
オレは、立花を今後『立花』と呼ぶと、睨まれるようになった。
だが、『亜優』と呼べば、素敵な笑顔を見せてくれる。
オレはボディーガードだ。悲しませない事、優先順位第一。
亜優の笑顔。これが、優先順位第二。
そして俺自身が楽しむことは、優先順位第三。
だったらこれは『優先順位第二』であり……
もしかしたら『優先順位第三』でもあるのかも知れない。
☆★☆ 立花亜優視点 ☆★☆
「手……もう少し、強く握って?」
守流くんがあまりに優しく手を握り返しているので少し物足りなくなって、私はついつい言ってしまった。
でも、守流くんは「こ、これくらいか?」
なんて言って、素直に応えてくれる!
も~! どんだけ可愛いの?
名前で呼んだだけで顔が真っ赤になるし。
手を『繋いでる』のを『握ってるだけ』って言い張っただけで何故か『同年代の友達の最たるものが私』だとか言って納得してるし。
名前を呼ばせようとすると『緊張だ』って素直に言うし。
挙句に名前を呼ぶ練習までしてくれるなんてさ~
なんか……守流くんってホント超~心配。
私がいつでも付いて、守ってあげなきゃ、私以外の悪い女にも絶対に騙される!
女子に免疫無さ過ぎの強面・赤面・素直ちゃんって……
マジやばくね!?




