第1話『停学処分』
7/10 タイトルを変えましたm(_ _)m。
「ねえ、キミって今時間ある?」
「俺ら北大の軽音部なんだけど、すぐそこのスタジオ借り切っててさ~」
「キミみたいな可愛い観客がいると張り切って練習できそうなんだよね~」
とある日曜日。
うちのクラスの人気者『立花亜優』が、軽薄そうな3人組に囲まれて怯えているのをオレが見かけたのは、ただの偶然だった。
「キミって高校生? 何年?」
「俺ら大学2年なんだけど年上の男に興味ない?」
「キミの知らないいろんな事教えてあげられるよ~」
良い感じに下心丸出しの馬鹿たちによる悪質な美女ナンパ発見、だな。
ハハハッこりゃあいい。面白い見世物だ。
「これから行くスタジオはさ~防音設備が完璧なんだよね~」
「どんだけ叫んでも外には何にも聞こえないんだよ」
「ちょっと値段が高いから月3回しか借りられないんだけどね~」
防音設備? 叫んでも何も聞こえない?
オレはゆっくりと歩いて、背後から奴らに近付く。
「そんなに怯えないでさ~」
「そうそう、俺らって結構優しいんだよ~」
「だから、ちょっとだけ付いて来てよ。絶対楽しませてあげるからさ」
それならば是非、オレが行きたい!
「わかった。だったらオレを連れて行け」
だから立花の代わりにオレが答える。
すると、ぎょっとした表情で3人組がオレの方を振り向く。
最初は驚いた風だったが、俺の姿を認めるとすぐに3人の表情は180度変わった。
これは怒りの表情だ。
ハハハ。益々いい。何年ぶりだ? 久しぶりに喧嘩ができそうだ。
「え? 真田くん?」
立花もオレの姿を見て驚いた。
なぜ、驚いたのだろうか。まあ、そんなことはどうでもいい。
「おい、お前、邪魔するなよな!」
「待て、コイツ、すげえ悪人面だぜ?」
「どうせツラだけだよ。おい、お前! 邪魔する気なら怪我するぜ?」
ハハハハハ、こいつらさっき『優しい』って言ってなかったか?
「む、じゃあ、邪魔しない」
オレはそう言って、その場に胡坐を掻いて座り込み、完全に観客であることを態度で示す。だがこれは挑発だ。殴ってきてくれないかな? ウフフ。
「さあ、続けろ」
邪魔をしたお詫びだ。仕切り直ししやすい言葉でわかりやすく話しかける。
「コイツ! 俺たちを舐めてんのか!?」
3人組のうちの1人が、胡坐を掻いて座っているオレの頭に蹴りを入れようとする。
まあまあの速度と角度でそこそこの威力だな。
だがこれは完全に素人だ。胡坐を掻いたままのオレの左腕がその蹴りを簡単に防ぐ。
そしてこれは『暴力』だ。
待ちわびたぞ!
オレに喧嘩を売る奴がいなくなってはや数年。
いままで本当に淋しかったぞ!
それにお前らがさっき言ってた言葉をオレは、はっきりと覚えているぞ!
「お前が言ってた『キミの知らない事をいろいろ教えてくれる』って…… そう言う事でいいんだな?」
オレは立ち上がり、知らないことを教えてもらう事にした。
即ち『3対1での喧嘩における、勝利または敗北』
オレがまだ知らない、未知の世界だ!
「感謝する!」
一応『礼』をしてから戦闘態勢を取る。
ホントの暴漢ならば、オレのこの隙を見逃さないだろう。
だが、こいつらはその隙を突いて来なかった。
卑怯な事はしないのか? それとも3対1の数の差に油断しているのか?
「ふざけるなァー!」
右手を大きく振りかぶっている1人目のお方は、殴られ役なのだろうか? 隙が大きすぎる。
オレは素早く踏み出し、脇を締め、膝と腰の回転に充分に気を配り、コンパクトな右ストレートを軽く放つ。
狙い外さずオレの合わせただけの右拳が、隙だらけの1人目の前歯を砕く手応えは感じた。
ただ、あまりに呆気無さ過ぎて全然スカッとしない。完全に拍子抜けだ。
「な、なんだコイツ……?」
残りの2人のうちの1人が驚いている。
消化不良だ。ちゃんと美味しい物を食べさせて欲しい。
「早くオレの知らないことを教えてくれよ」
ゆらりとオレは大学生に近付く。
どうやら2人目も言葉ではなく行動で教えてくれるようだ。
オレの背後に回り込み、もう一人と連携して挟み撃ちにするつもりらしい。
ほう、それならばまあ初体験だ。
是非、一手ご教授願いたい。
「はあッ!」
気合と同時に後ろの2人目が蹴りを放つ。
態々気合を声に出して『今から攻撃しますよ~』と、位置とタイミングを教えてくれる親切さに感謝して、オレはその蹴りを搔い潜り、隙だらけの軸足を蹴り払う。
「うあ?」
2人目さんが倒れないようにバランスを取ろうとする。
倒れた方が隙が少ないのにな。
そう思いながらも『この隙を上手く突くがいい』そう言われているような気がして、有難く右フックを顔面にぶち込んでみた。
もちろん脇は固く締めて、踏み込みから腰の回転にも気を配り、小さいモーションで破壊力よりも正確さを意識してぶち込んだ。
さて、3人目だが、こいつは腰を抜かして座り込んでいた。
もともとそんなに好戦的ではなかったのかもしれない。
だったらこいつはオレに何を教えてくれるつもりなんだろう?
「アンタはオレに、何を教えてくれんっすか?」
オレは3人目に視線を合わせるためにしゃがみ込み、超至近距離で話かけた。
「ゆゆゆ、許してくれ……」
そうか! 許す。人を許す。そんな大切なことをオレに教えてくれるのか。
「わかった。オレに、許す方法を教えてくれんっすね」
「ななな、何を言って……」
「どうすれば良いんすか?」
「ど、どうすればって……?」
はッ! そうか。
「まずは自分で考えろって事っすね?」
なるほど。教えてもらうよりも、自分で考えて答えを出す。
う~ん。これはちょっと難しいかも……
考えて、考えて、考え抜いて。
「えーと…… すみません…… 許し方がよくわかんねえっす」
わからんよ。全然わからんのだよ。
「ひッ!」
ズザザザザ~ っと、3人目が後ずさりして行く。
そして、よろよろと立ち上がったと思った時には
「うああああ!」
と叫びながらどこかへ行ってしまった。
「さ、真田くん!」
後ろから聞き覚えのある声で呼びかけられた。
「あ、立花、まだ居たのか?」
「そ、そりゃあね……私だけ逃げるなんて」
「逃げても良かったのに」
「だって……その、真田くんが……」
その時だった。
「城北交番の杉下です。ちょっとお話を伺いたいんですが」
この日、オレは生まれて初めておまわりさんに『補導』された。
一緒に居た立花が、大学生の方から先に蹴りを放った等の事情を丁寧に説明してくれたため、大事にはならなかったが、大学生2人に骨折と言う重傷を負わせてしまったため、祖父と学校には連絡が行き、後日オレは一週間の停学処分を受けることになる。
なるほど。あの大学生達は確かに、オレの知らないことを少しだけ教えてくれた。
今後の人生における良い経験をさせてもらった。
「真田くん。助けてくれてありがとう」
立花の、この言葉にオレは胸を張った。
☆★☆ 立花亜優視点 ☆★☆
怖かった。
私は男性が振るう暴力と言うものにトラウマを感じている。
あの大学生たちは本気だった。
本気で私に暴力を振るって暴行するつもりだったと感じて足が竦んでしまった。
真田くんが通りかからなかったら今頃私は防音設備のスタジオとやらで死んだほうがましな状態になっていたんだ。
真田くんには感謝してる。
実際に私は心からの感謝を言葉にして伝えた。
でも、真田くんも暴力を振るった。
圧倒的なくらいの力の差で大学生たちをやっつけた。
何故なんだろう?
真田くんの暴力は、そんなに怖く感じなかった。
私を助けるための暴力だったから?
手加減する余裕があるように見えたから?
わからないけれど私は、この怖くて悪人のような顔をした誰からも恐れられている真田くんが本当は優しい人なんじゃないかと言う疑問で頭がいっぱいになった。
もう真田くんは帰ってしまったけれど、いつか彼とはじっくりお話をしてみたい。
「あの……おまわりさん? 私、足が竦んで動けないんですけど……家まで送ってくれる事って出来ませんか?」
私は生まれて初めてパトカーと言うものに乗った。




