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あの日から姉のリーゼは変わった。
本当にビックリするくらいに変わった。
どうやら、本当にキャサリンのせいで色々と鬱屈していたようだ。
出て行ったキャサリンの部屋からあれこれと私や姉の私物が発見されるのを見た父は、自分の教育が悪かったと姉に謝っていた。
私や兄も姉の傲慢な様子を見て、そこまでキャサリンとの仲が拗れているとは思わなかったのだ。
……というか、キャサリンの奴は一体いつの間に私の物まで奪っていたんだ?
「気付いて無かったのか?」
「無いことには気付いていたのですが、どこかに落としたのかと…」
後、少しだけ姉が持って行ったと思っていた。
これに関しては私も姉に謝った。
姉は姉で、キャサリンに取られたガラスペンを大事そうに抱え込んでいる。
昔仲の良かった友達から貰った物らしい。その友達も、キャサリンの嘘を信じて離れてしまったが、それでもそれは大事な物だったそうだ。
「しかし、あいつ随分やらかしてたな……」
「そうですわね。全然気付きませんでしたわ。情けない……」
人から恋人や婚約者を奪っては捨てることを繰り返していたキャサリン。
何度か相手の女性からの苦情で慰謝料を払ってはみたものの、誘惑される男性が悪いという風潮もある為、今まではそこまで大きな問題にはならなかった。
だが、二度目の時点で修道院に送っておけば良かったと今では思う。
いや、それ以前にちゃんと姉と対話していれば良かった。
「ごめんなさい、お姉様……」
「ううん、私が悪いのよ。だって、私本当に横暴だったのだもの…。まさかミルフィーもお兄様も前世持ちだなんて思わなかったわ……。私、全然特別じゃなかったのね…」
「お姉様……」
「今ね、凄くすっきりしてるのよ。転生者として何かしなきゃってずっと考えてて、折角の二度目の人生なのに全然楽しめてなかったわ」
「これから楽しめばいいだろ。………ただし、他人に迷惑を掛けない範囲でな」
「はい、お兄様……」
兄の苦言に途端にシュン…となる姉の頭を軽く撫で、兄はキャサリンの部屋をグルリと見渡した。
女性らしい色合いのリネンや家具が配置された豪華な部屋だ。
幼少の頃から商売をしていた私達には分かる。この部屋を作るためにどれだけのお金が掛けられているのかを。
それをキャサリンは捨てた。これ以上の贅沢な暮らしを夢見て……。
けれど、もうこの部屋にキャサリンが戻ってくることはない。
「必要な物は全部取ったか?この部屋はもう少しすれば改装に入るぞ?」
「ケイト様の為に?」
「ち、違う。客間にするんだ」
「ふ~ん」
かなり強引に結ばれたケイトと兄の婚約だったが、二人の仲は良好のようだ。
カリスター家へ責任を取る形で兄が婚約したので、文句を言っていたデュラッカ公爵も納得している。
婚約者であるケイトの実家カリスター侯爵家も、フーゴと違って仕事の出来る兄にメロメロだ。『婿殿』と兄を呼んではケイト以上に構われている。ちなみに婿養子に入る訳ではないのに何故かそう呼ばれている上に、ケイトの兄である次期侯爵にもそう呼ばれているらしく、兄はかなり困惑していた。
「ところでミルフィーはこっちの学園に編入しなくて良いのか?キャシーも居なくなったし、大丈夫だろ?」
「いいえ、王家とも取引がある以上気を抜けませんわ。それに、私が女学園で、お兄様とお姉様が王立学園でそれぞれ人脈を広げれば、それだけ商売にも活かせると思いませんか?」
「それもそうだな…」
「私も頑張るわ、ミルフィー」
「はい、期待してますわ、お姉様。特に美容系に関してお兄様は当てにならないので、大いに期待しています」
「任せて頂戴!今こそ、長年温めてきたアイデアを出し切るわ!」
握り拳でそう宣言した姉は、アイデアを書き連ねたノートを広げて鼻息を荒くした。
だが、自信満々で言うとおり、姉のアイデアはかなりのものだったのだ。
むしろ、余り美容に関心のなかった前世の私よりも詳しい。
何と言うか、女子力が高いのである。
「ミルフィー…」
「はい」
「ある程度引継ぎが終わったら、美容と服飾はリーゼに任せる。あいつのノートを見て俺は思った。お前はこっち側だ」
「………不本意ですが、そのようです」
ぶっちゃけ、私は女子力というか乙女的センスが壊滅的なのだ。
化粧水を入れる瓶にしても、全てデザイナーにお任せしているし、ラインナップや新製品についても美容部門のお姉様方に頼りきっている。
けれどやる気満々な姉を見るに、多分姉は彼女達と話が合うはずだ。
「お前はあれだ、管理とか流通とか、そういう事務職が向いてる」
「確かにそうですね」
「第二王子殿下にもかなり根掘り葉掘り聞かれていただろ?」
「はい。王城内の管理や地方への流通などの相談に乗らせて頂きました」
「うん。今後も頼む」
兄は漸く肩の荷が下りたように笑った。
最近はよく父も兄も笑っている。
夕食だって、前とは違い笑いながら今日有ったことを話し会う楽しい時間になっていた。
本来なら家族六人で再現出来た光景なのだろうが、残念ながら今は四人しかいない。
それでも捨てる予定だった姉をギリギリで拾い上げられたのだから、御の字だろう。
兄も婚約が決まったし、このまま穏やかに過ごせば姉にだって直ぐにお相手が見つかるはずだ。
私はまぁ、姉が決まってから適当な平民の婿を迎えれば、今後の商会のためにも役立つだろう。
窮屈な貴族と結婚する気は全くないので、そろそろ良さげな商会の次男坊辺りを探してみよう。うちと提携している商会で誰か素敵な男性はいないだろうか?
新商品について語り合っている兄と姉を見ながら、私はそんなことをのんびりと考えていた。
だが、そんな私の浅はかな考えは、その一週間後に粉微塵に砕かれることになる。