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別視点
「殿下!聞いて下さいよ!またキャシーが姉達に虐められたようなんです!兄のパトリックのやつには散々言ったのに聞き入れないし、殿下からもあいつらを懲らしめて貰えないでしょうか!」
「…ライ君、お姉様が酷いんですぅ…、ぐすぅ…、可愛がってくれてたお母様まで追い出してしまってぇ…」
放課後の生徒会室で業務に励んでいたラインハルト・フォン・ローゼンフェルト第二王子は、役員にも係わらず全く仕事をする様子のないフーゴ・デュラッカに対して苛々していた。
仕事をしないだけならまだしも、何故か生徒会に全く関係のない女生徒を連れ込んで二人して意味不明な愚痴を垂れ流している。
はっきり言ってかなり迷惑だった。
「システラム嬢、もしかしてライ君とは僕のことかな?すまないが、君に愛称で呼ぶことを許可した覚えはない。それと、生徒会に関係のない人間は直ぐに出て行ってくれ。仕事の邪魔だ」
「そんなぁ~~、酷いですぅ…」
「殿下、彼女は悪くありません。私が連れて来たんです」
「殿下ぁ、フーゴ様を責めないで下さいっ!彼は私の酷い現状を哀れんでくれただけなのです!」
「キャシー…」
見詰め合って心を通わせる二人のどうでも良い姿を見ながら、生徒会の面々はため息を吐いた。
臭い三文芝居なら他でやって欲しい。
「ルーク、書類を…」
「はい、殿下」
ほとほと呆れた表情のラインハルトの声に、副会長であるルークがある書類を渡す。
それは、生徒会役員に関する書類で、既に学園長の印が押された正式な物だ。
「フーゴ、君を生徒会役員から解任する。解任理由は、職務放棄、および生徒会室の無断使用だ。昼の誰もいない時間にそこの女子生徒を連れ込んでいたという証言が沢山出ている」
「そ、それは…その…、彼女がクラスメイトから虐められているので仕方なく…」
「仕方ないで、機密情報のある生徒会室に連れ込むな。教室に居辛いのなら談話室もある。ここは連れ込み宿じゃない」
言い訳を重ねるフーゴにそう断言し、今度は落ち着きなく立っているキャサリン・システラムに視線を向ける。
「それとシステラム嬢。君は再三に渡って兄妹の中で一人だけ差別されていると訴えているようだが、僕が見る限りそのようには全く感じられない。ドレスを根拠として一例を挙げるなら、君が着ているドレスは一般的に見てかなり豪華に見えるし、髪留めも高価な物を使っているようだ。はっきり言って、一人だけ姉妹の中で虐待されているようには全く見えないな」
「そ、それはお母様が…」
「だったら何故その母親に虐められていると言わなかった?言ったにも係わらず改善されなかったというなら、悪いのは姉妹ではなく両親なのでは?」
しかも彼女は頻繁にあちこちの茶会に顔を出しているし、気に入りの商会で散財しているという話もよく聞く。とても兄姉に虐められているようには見えない。
金だけ出せば良いという話ではないが、その金を稼いでいるのが長男と次女だという話はラインハルトも知るところだ。
長女との仲は本当に悪いようだが、贅沢をさせてくれている兄や次女まで扱き下ろすのは非常識だと考えている。
「それと、君の母君が離縁されたのは彼女の不貞が原因だと聞いている。反論があるのなら母君に言って裁判を起こすように進言しなさい」
「は、はい…」
「フーゴも、役員解任に文句があるなら顧問のスタッド先生に直接言ってくれ。ただし、僕達は君の弁護は一切しない。何故なら君が仕事をしていないのは僕達が一番知っている」
ラインハルトの断言に分が悪いと思ったのか、キャサリンとフーゴは連れ立って部屋を出て行った。
それを生徒会室にいたメンバー全員が呆れた表情で見送る。
ちなみに、会計席に座っている女子生徒はフーゴの婚約者であるケイト・カリスター侯爵令嬢だ。
「ケイト嬢、フーゴの不貞の証拠が必要なら僕達が幾らでも証言しよう。あれとは早く縁を切った方がいい」
「ありがとうございます殿下。さすがにもう許容範囲を超えましたわ」
冷ややかな瞳には心底軽蔑したという感情しか見えなかった。
「ただ、パトリック様にはよくして頂いているので、キャサリン様のことでご心労をお掛けするのが忍びないところです…」
先ほどまでフーゴを冷たく見つめていた視線が途端に憂いを帯びた。
「確かケイト嬢はパトリック・システラムと同じクラスだったね?彼と話したことは?」
「キャサリン様のことでは度々わたくしに謝罪して下さっていますわ。お優しい方です。二番目の妹さんともお茶会でお会いしたことがありますが、その度にキャサリン様のことを謝罪して下さいますわね」
「一番上の妹は?」
「彼女は特に何も。やたらと商会の商品を周りの方にお配りしているのを見かけるくらいかしら。でもどうやら無断で持ち出しているらしいですわね。先日パトリック様が大きなため息をお吐きだったから…」
それはラインハルトも見ていた。
中庭に陣取って取り巻き達に美容商品をばら撒いているリーゼ・システラムを目撃したのは一週間ほど前のことだ。
それを見たパトリックが、盛大な舌打ちをしていたのを目撃した時は少々驚いた。
どうやら長女のリーゼは金や商品をばら撒いては、群がる取り巻きの女王様を気取っているらしい。
『女王様を気取るなら気品をまず身に付けてからにしろっての!』
とても伯爵子息とは思えない言葉遣いに少しだけ驚いたものの、彼の言うことは尤もだと納得した。
「あそこの家はまともな者とそうでない者の差が激しいな……」
四兄妹全員と会ったことがあるが、長男と次女は聡明で大人しい印象だった。
最初に会った時も、控えめな様子でありながら難しい政治の話にも難なく付いてこれたし、高位の貴族令嬢のあしらいも上手くしていた。
正直に言えば側近に欲しいくらいだったが、何故かあの家は王家や高位貴族との繋がりを求めていないらしく、側近の打診も商会が忙しいと断られていた。
その上、商会の経理を担っているという聡明な次女は、何故か王立学園ではなく女学園に入学し、中々に接点を作ることが出来なかった。
かと思えば、長女はやたらラインハルトの前で躓き、持っている資料を何度もばら撒く。
その度に散らばった資料を拾うのだが、何故かその資料に書かれている商品を売り込もうとしてくるのだ。仕方なく、商会の方で今度見せて貰うと言えば、これは自分だけしか取り扱っていないと拗ねるのがワンパターンと化していた。
毎回毎回懲りずに躓くので何がしたいのか分からず、最近は彼女が何かを落としても無視している。
そして三女は先ほどの通りで男関連の騒動を巻き起こしていることで有名だ。
その上夫人は大勢の男を引き連れて旅行に行くことで一部のマダムの間では噂になっていた。
そして、そんな夫人が先日ついに伯爵から離縁された。
「そろそろ伯爵は動くのかもしれないね」
「と言うと?」
「リーゼ嬢とキャサリン嬢の教育を諦めたということだよ。ほらっ、『神の許しも三度まで』と言うだろ?」
どんなに温厚な人物でも何度も無法されれば怒るという諺だ。
長女は女王様気取りの勘違い女で、三女は悲劇のヒロインを擬態しながら見目の良い高位貴族子息に媚を売る痛い女。
王家なら速攻で修道院に勘当コースである。
彼女達がそれを免れたのは、今までは何とか金で解決出来たからだろう。
ある意味中位の伯爵家で無駄に金があったからこその弊害だ。
「教育を失敗するというのはああいう事を言うんだな…」
「しかし殿下、パトリック様やミルフィー様を見る限りそういう単純な話では無さそうですわ。何でも、リーゼ様とキャサリン様は昔からあの様なご様子だったそうです」
「昔からあんな感じなのか……」
「ミルフィー様のドレスを二人が奪い合う光景は日常茶飯事だったようですわね。その時にどれだけ二人が他人に迷惑を掛けても慰謝料が払えるようにとパトリック様とミルフィー様で商売を始められたとか。このままでは没落する未来しか見えなかった…とお聞きしました」
「嘘だろ…」
否定的な言葉を口にしたものの、妙に達観した様子のパトリックを知っているだけに、あながち嘘だとも断言出来なかった。
聡明な彼らが自分達の将来をそこまで悲観していたと思うと泣きそうである。
「もしかしてミルフィー嬢が王立学園に入学しなかったのはそのせいか…」
貴族との繋がりを重視していないのは知っていたが、もしかしたらトラブル避けだったのかもしれない。
「そう言えば殿下は最近システラム商会の工房に足繁く通われているとお聞きしましたが?」
「そうなんだよ。彼らが開発している商品が非常に気になっていてね。無事に商品化に成功した暁には、真っ先に王城へ納品して貰う約束をしているんだ」
ファスナーというボタンに替わる画期的な商品の構想を聞き試作品を見せられてから、ラインハルトは真っ先に王城への納品をお願いしていた。
何かと儀式の多い王家は、着る物一つとっても重量があり脱ぎ着も大変で、特に着込んでいる時のトイレ事情は悲惨である。
けれど、ファスナーがあれば、どんなに急いでいても楽に着替えが出来るのだ。
それは甲冑を着込んでいる騎士も同じで、ファスナーがあれば着替えも以前より簡単に出来る上、鞄の隙間から物が落ちることもなくなるし、テントの開閉にも役立つ。試作品を見せた父や騎士団長も非常に乗り気で完成を楽しみにしている。
だからこそ、店舗での発売前に王家や騎士団に販売して欲しいと交渉したのだ。
「発売後ではどれだけ生産しても追い着かないと予測している。だから発売前に必要数を確保したいと思ってシステラム伯爵に相談したんだ」
伯爵は二つ返事で了解してくれたが、商品の必要サイズは部署毎で違うため、その選定や発注の取り纏めなどが多くて中々に大変だった。
だがそんな面倒な手間も次女のミルフィーが作った分かりやすいサイズ表や用途例のお陰で楽に取り纏めが出来、各部署の必要数も書き込むだけで彼女が采配してくれるので非常に助かったほどだ。
特に定型として作られている発注用紙は文官にも非常に好評で、王城でも使えないかとミルフィーに教えを請いながら各部署で作成を始めている。
当然書類を受け取る側である王家の面々も興味があり、ラインハルトも文官に交じってよく彼女とは話をしていた。
「う~ん、フーゴの代わりにミルフィー嬢かパトリック殿が生徒会に入ってくれないかな」
「ミルフィー様は学校が違いますし、パトリック様はいつもお忙しそうですわ…」
「確かにな…」
学業の成績も良く、若いのに自分の商会を立ち上げるほどに有能なパトリック。それなのに、足を引っ張る身内のせいでいつも放課後は慌しく帰っていく。
側近は無理でもせめて生徒会には入ってくれないだろうか。
「身内の件が片付いたら、入ってくれるかもしれませんよ」
少しだけ楽しそうな顔でケイトが微笑んだ。
彼女の表情を察するに、身内の一人、三女のキャサリンに関しては彼女が片を付ける気なのかもしれない。単純に不貞の慰謝料だけでは済まないようだ。
そして、そんな彼女に対し、副会長のルークが更に発破を掛ける。
「ケイト嬢、フーゴとの婚約破棄は急いだ方が宜しいのでは?パトリック・システラムには現在婚約者がいない。キャサリン嬢の問題が解決すれば恐らく引く手数多になるんじゃないだろうか?」
「………そうですわね。早急に対処いたします。今日はもう失礼しても?」
「ああ、早く帰って侯爵に報告した方がいい。先ほどの件、僕達からも一筆書こうか?」
「父がごねた場合はお願いしますわ」
言いながら、早急に帰り支度をしたケイトは、そのまま綺麗な礼をして生徒会室を退出した。
いつも冷静な彼女らしくない慌てた様子が少しだけ可愛かった。
「パトリック・システラムはそこまで人気なのか?」
「そりゃそうですよ、殿下。顔良し、家柄良しの上、王国でも五本の指に入るほどの資産家ですよ。ついでに言えば性格も非常に紳士的で優しいとか」
「……でも、家族に難有りだった訳か」
「ええ。あの家の長女と三女は傍若無人で有名ですし、その母親までも問題ありと聞けば、どの家も嫁にやるのを躊躇するでしょうね」
「だが、金目当てなら娘を送り込む親も大勢いるのではないか?」
「確かにそうですが、パトリック殿本人が恋愛結婚希望らしくて断っているようですね。伯爵もそれには理解があるらしいから、ケイト嬢も頑張らないといけません」
「なるほど、それは大変そうだな」
生徒会の仲間であるケイトのこれからの奮闘に、そっと心の中で応援を送る。
上手く行くといい。
何故なら、システラム伯爵家が外国へ移籍するのではないかという話題が、王宮では度々懸念事項の一つとして挙げられていたからだ。
あの家が以前から少しずつ資産を外国に分散しているのは王家も気付いている。
身内の半分が問題児ゆえの危機管理なのだろうが、あれほどの資産が外国へ移るのは非常に好ましくない。それ故に王家としても最悪の事態は避けたいというのが父上の意向だった。
だから、嫡男であるパトリックに侯爵家の婚約者が出来るのは国としてもありがたい話だ。彼らをこの国に縛り付けるための楔は多いほうが良いのだから。
「さて、これからどうするのか楽しみだ」
母親の排除が終わったなら次は長女か三女どちらだろう?
お手並み拝見と行こう。