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 その後、父の後押しのお陰で無事に商会を立ち上げた私と兄は、必死で勉強する姉と妹を尻目にひたすら金を稼ぐ毎日を送っていた。

 子どもらしくない忙しい日々だったが、勉強は困らない程度に済ませれば良いというのが私と兄の共通認識である為、何とか時間を作っては金儲けに勤しんでいる。

 マナーとダンスには少々手間取ったが、勉強に関しては歴史と外国語だけをやれば良かったので楽勝だった。前世の義務教育万歳である。

 むしろ、前世の記憶があるのに算数に戸惑っている姉と妹には驚きを隠せない。

 だが、勉強に戸惑う二人に邪魔されずに商売が出来たお蔭で、三年後には王都でも指折りの商会になっていた。

 今では、美容系や金属加工品では一番と言われるほどの大商会だ。

 お陰で何が起こっても大抵は金で解決出来るだろう。


 ……しかしどれだけ金を貯めようとも、次々と問題を起こす二人の所為で、一向に心を休める時間がない。


「ミルフィーよ、キャサリンの噂を聞いたか?」

「聞きましたわ、お兄様。何でも、今度はデュラッカ公爵子息様に言い寄っているとか」

「キャサリンはどうやら俺達兄姉に虐められているらしいぞ?健気に頑張ると主張するアレをデュラッカ公爵子息が支えると鼻息も荒く言っているそうだ。……実際俺にも直接妹を虐めるのは止めろと文句を言いに来たしな…」


 儚げな容姿をしている妹のキャサリンは、自分のその容姿を利用して男に媚を売るのが趣味になっている。

 前世で言うところの『相談女』というのにソックリで、見目のいい令息に『困っているの』『相談に乗って下さい』を繰り返しては近づき、同情を誘って貢がせている。

 金には困っていないのに貢がせる理由は、男から貢がれることに愉悦を感じているからだ。

 そしてそれが女の価値だと思っている。

 キャサリンは自分から物を強請ったことはないと言うが、『お姉様は買って貰っていたのに私には…』なんて嘘八百を並べられて可哀想な私アピールされたら、男性はついつい言われるままに貢いでしまうというものだ。

 その後、飽きて捨てられた男性は当然怒るし、その男性の婚約者からは慰謝料を請求される事になるのだ。

 額がそう大きい訳ではないし、男性自身にも非がある為にそこまで大きな騒動にはなっていないが、その度に謝罪している父の怒りは相当溜まっていた。

 今度同じことをすれば修道院だと脅しているのに、キャサリンは懲りずにまたやらかしていた。

 しかも今回の相手は公爵家だ。

 キャサリンの言葉を信じたデュラッカ公爵子息のフーゴは、悲劇の姫を守る騎士(ナイト)を気取って兄に何度も苦情を言いに来るそうだ。

 フーゴの婚約者から慰謝料を請求されるのも時間の問題と言えた。

 そうなれば、今度こそキャサリンは修道院に入れられるだろう。


「そう言えばお兄様、私からも報告がございます」

「なんだ?」

「お姉様が、商会は自分が立ち上げたのに、私とお兄様に奪われたと吹聴しています」

「聞いている。更にあいつは言うだけでは飽き足らず、昨日は店へと取り巻きを連れてきて商品を根こそぎ奪って行きやがった…っ」


 忌々しげに舌打ちする兄は、とても貴族とは思えない苦々しい顔で悪態を吐いた。

 それに同調するように私も大きなため息を吐き出す。


「私にも注文した商品が送られてこないと、クラスメイトから問い合わせがありましたの。詳しく聞けば、お姉様がお茶会で自慢げに注文を取っていたようですわ」

「もしかしてあいつ的には注文した商品を納品するつもりで強奪して行ったのか?」

「そうかもしれませんね。お姉様に直接文句を言われた方がいらっしゃった場合、その方のために取りにきたのかもしれません」

「はぁ……」

「この調子では他にもやらかしていそうですね……」




 私の予想通り、姉はあちこちの茶会で注文を受けては同じことを繰り返していた。

 そのせいで、私や兄だけじゃなく、父にも苦情が行っている。


「お父様は何と?」

「かなりお怒りだ。だが、一部の貴族には実際にリーゼ自身が納品しているようだし、新規の顧客の開拓にはなっているらしい」


 とは言え、このまま放置すれば商会だけでなく、システラム伯爵家としての信用問題にまで発展してしまう。

 それ故に父はかなりの勢いで姉を叱責したようだった。

 このまま同じことを繰り返せば修道院に送ると、キャサリン同様に忠告したらしい。

 けれど姉は『お兄様とミルフィーにアイデアを奪われたの!だから商会だって私のものよ!』と泣きながら主張したとか。

 確かに姉は商会で売っているトリートメントや化粧水のことを昔から口にはしていた。

 まぁ、私達が売っている商品は転生者からすれば誰でも思いつくものばかりだから姉が勘違いするのも仕方ない。

 だが口にするだけで実行せず、苦労して作り上げた私と兄を泥棒呼ばわりするのは如何なものか。

 そもそも商会で売っている物のアイデアは私と兄が一から捻出したものであり、姉の戯言を聞いて作った物ではない。

 努力をしていないくせに権利だけは主張する。

 姉は、転生を果たした自分は特別だと、神に愛された存在だと思ってやまない。

 だから姉は理不尽な主張を繰り返すのだろう。


「ミルフィー、お前という妹が居て本当に良かった。俺の妹があの二人だけだったらと思うとゾッとする」

「お兄様……」

「前世知識を使ってチートするにしても、一人じゃ多分諦めてたと思う。それに俺は、前世は一人っ子だったから余計に兄妹の距離感が分からない。だから、お前が居てくれて本当に助かってるんだ」

「逆に私は五人兄妹の一番上だったので、こんなものか~という感覚が強いです。けど、前世ではいつもお姉ちゃんお願いって何でもかんでもやらされていたので正直きつい時もありました。でも今はお兄様が居て下さるので心強いです」

「そっか……」

「はい。お兄様…、ありがとうございます」


 これは私の純粋な気持ちだった。

 何故私達兄妹の全員が前世の記憶持ちだったのか分からないが、私も兄がいなければ早々に逃げ出していたかもしれない。

 だって、三姉妹の真ん中なんて搾取されるのは目に見えている。

 その上姉と妹は前世持ちで頭がお花畑。

 二人に翻弄されて磨耗していく未来しか見えなかった。


「実は、一応逃げる準備もしてありますので、どうしても無理だと思ったら遠慮なく言って下さいねお兄様」


 隣国に出店する際、小振りだが親子で暮らせる屋敷を用意してあり、資産も少しずつだが移動させてある。

 杞憂で終わればそれで良し。

 その時は隣国での別荘として使えば良いと割り切った。


「さすがはミルフィー、抜かりないな」

「もっと褒めて下さいませ」

「でも、実は俺も準備はしてある」

「あらっ…」


 聞けば兄も私と反対の隣国に屋敷を一つ用意しているそうだ。

 そして兄によれば、父も各国に幾つかの屋敷を別荘として所持しているとか。

 どうやら考えることはみんな同じだったようである。


「お父様まで……」

「俺達と一緒に商会経営に携わる内に、さすがにあいつら二人が異常であることに気づいたようだな。それでもあの二人は表面上は取り繕っているから様子を見ていたようだが、最近の話の通じ無さぶりに、怒りよりも恐怖を感じているそうだ。ちなみに父の用意した屋敷は逃げる用じゃなくあいつらを押し込める用な」


 修道院から断られた場合を想定しているらしい。

 罪人でない場合、追い出されることもあるようだ。初めて知った。 

 ちなみに母は全く役に立たない。

 言われたことだけを鵜呑みし、全て夫任せである。

 いつまでもふわふわとお嬢様感覚が抜けず、娘の教育に関しては放置気味である。

 姉には自分で商会を作れば良いと大金を渡すし、妹の奔放ぷりにも『モテる女は辛いわねぇ』と言っただけだった。

 ちなみに姉は貰った金で商品の開発をしようとしたが上手くいかず、何度も母へと金の無心をしている。そしてその度にホイホイと金を渡す母。

 正直、先に母の教育をした方が良いのではないかと思っている程だ。


「お父様はお母様に関しては何と?」

「何度も言い聞かせて一時的に納得はしても、直ぐに二人の泣き落としにホイホイと金を出す。多分、母は考えるのが面倒だから、金を出しておけという感覚なんだろう」

「伯爵夫人として、家のことは何もしませんものね…」


 今までは父と兄、家令が分担して家政を担っていたが、去年からは私が一任されて屋敷を回している。

 家令や執事から仕事が楽になったと泣いて喜ばれた。

 母よ、マジで仕事しろよ、おい……


「娘が可哀想と金を出して擁護するくせに、長男と次女が稼いだ金で豪遊するんだよ、あの人。稼いだ金を搾取される俺とミルフィーは可哀想じゃねぇのかよ」

「お姉様とキャサリンの頭がお花畑なのはお母様の遺伝かしら?」

「あははは、それは洒落にならないな……、はぁ~~……」


 兄のため息が重い。

 多分、私が知るよりも母には迷惑を掛けられているのだろう。


「まぁ、母上は殆ど家にいないし、お金さえ渡しておけば無害だからいいよ」

「確かにそうですね。でも、お母様が想定以上に使うので、稼いでも稼いでも将来に対して心許ないのは気のせいでしょうか?」

「言うな……」


 姉と妹がやらかした時用の慰謝料はかなり貯まっている。

 多分、国の年間予算の三分の一くらいはあると思う。

 これならたとえ王家から賠償を言い渡されても対応出来るだろう。

 だが、どんなに稼いでも次から次へと母の豪遊や姉の成功しない商品開発、そしてキャサリンの慰謝料で消えていくのだ。

 一向に心が休まらない。


「父上も、母が旅行から帰り次第、一度真剣に話をすると言っていた。それで母の散財が止まれば良いんだが……」


 贅沢するなとは言わない。

 貴族が金を使うのは良いことだ。それで平民にもお金が回るのだから。

 でもせめて姉と妹の将来が決まるまで、正確には嫁いでこちらと縁を切るまでは少しだけ控えてくれと言っているだけなのだ。

 それなのに、『あるのだから構わないじゃない』と言って散財を止めない。

 今だって、お友達という名の取り巻きを伴って旅行に行っている。

 ちなみに一ヶ月ほどの優雅な船旅で、取り巻きの旅行代金も我が家持ちである。

 旅行に行くなとは言わないが、せめて自分の旅行代金くらい自分で払うお友達と行って欲しいだけなのである。


「あと五年が待てないもんかね…」

「一度お小遣いを止めてみましょうか?」

「サイン一つのツケ払いだから意味はない」

「ですよね…」


 一応母が一ヶ月に使える金額を決めており、それがお小遣いのようなものだ。

 だが、サイン一つで何でも買える為、母は金額など気にした事も無いだろう。


「働けど働けど、なお我が生活楽にならざり…」

「石川啄木か……?」

「そこまで困窮してる訳じゃないのに、一向に気が休まりません。時々、母や姉と妹の生活を支える為に転生してきたのかと思うほどです」

「俺も時々思うこともあるが、俺とお前が居なければ、父上一人で今の生活を支えておられたはずだ。だから俺は、父上を助ける為に生まれたと自己解釈している」

「それはいいですね、私もお父様の為なら頑張れそうな気がします」


 啄木のようにジッと手を見つめながら、今も商談で家を空けている父を思い浮かべる。

 意外に商才のあった父は商売が楽しいようで、伯爵領は領官に任せて自分は商談で飛び回っていた。

 それでも家族との時間を大切にしようと定期的に休みを取ってくれているのに、母は旅行と称して頻繁に家を空け、姉も妹も遊び歩いてほとんど家にいない。

 私と兄と三人で食べるディナーでは、ポッカリと空いた席を寂しそうに見ている。


「お父様はもっとお母様に怒ってもいいと思うんですけどね…」

「父上は母上の泣き落としに弱いからな。けど、父上以上にお祖母様がお怒りだ。先日来られた時に旅行に行っていると伝えたところ、『またなの?!』とそれはもう激昂しておられた」

「仕方ないわ、だってもう三年も会ってないそうよ」


 姑が鬱陶しいのは分かるが、母はさすがに家を空け過ぎである。

 親族間の集まりにも姿を見せないため、この結婚は失敗だったと言われている可哀想な父だ。


「もしかしたらだが、父はいよいよ動くかもしれん」


 兄から見ても最近の父はお疲れ気味なんだとか。

 どうやら、姉と妹の尻拭いだけでなく、金を浪費するだけで一向に自分に寄り添ってくれない母にも限界を感じているようだ。

 さすがに両親のことにまで口を挟む気はないが、父には後悔のないよう決断して貰いたい。


「どちらにせよ、今俺達に出来ることは新商品を開発して金を儲けることだけだ」


 現世でも前世でも、世の中の大半は金さえあれば上手くいく。

 だからこそ、たとえ金の亡者と言われても、私と兄はお金を稼ぐことを止めない。

 ちなみに、現在取り組んでいるのはファスナーの開発だ。

 鉄工部門と服飾部門との協同開発で、かなり前世に近い形のものが出来上がっている。

 無事に商品化出来れば、衣類だけでなく鞄や靴などにも有用なため、絶対に衣料品革命が起こるだろう。

 そうなれば何をしなくても莫大なお金が入ってくる。


「これだけ稼げばもう大丈夫だろう」

「そうですわね、お兄様」


 商品化目前のファスナーを前に、私と兄はこれから入ってくるだろう金を思ってほくそ笑む。

 最悪、貴族位がなくなっても、たとえ全財産を慰謝料で獲られても、商会さえあれば前世知識で何とか生きて行ける。


 ………けれど、金があろうが無かろうが、世の中は想像もしないような欺瞞に満ちているのである。



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