【電子書籍/第二巻発売記念SS】婚約者も苦労が……、いや、やっぱり兄の苦労が絶えない
電子書籍の第二巻が8/17により配信開始いたします。
どうぞよろしくお願いします。
俺の婚約者は少し変わっている。
いや、変わっているのは彼女だけじゃなく、彼女の兄妹も少し変わっていた。
裕福な伯爵家でありながら、何故か全員が商会で働いていた。
もちろん、貴族家で商会を営んでいる家は多いが、令嬢や令息本人が直接運営に携わっているのはこの家くらいだ。
しかしそんな彼女達が、王家も無視できないほどの莫大な富を生み出す。
巨額の富を有する変わり者の兄妹。
そんな彼らとお近づきになりたい人間は、俺の想像よりも多かった。
「……一緒にいると疲れると言っていたくせにな」
砂糖に群がるように蟻のように、俺の婚約者を囲む連中を睥睨してため息を吐いた。
『あ~~、あの子と話すのってホント疲れるわよね……』
『確かにね。いつも自分は全然関わっていない商品の自慢ばっかりして』
『でもいいじゃない。あの自慢話を聞いてれば何でも御馳走してくれるんだもの』
『そうね。それに新作の化粧品もくれるしね』
『そうだわ!この間出来た店に連れて行って貰いましょうよ!』
『それがいいわ!あの子はお金しか役に立たないもの!』
そんな胸糞悪い会話が聞こえて来たのは、昼休みの裏庭。
いつもの鍛錬を終え、午睡の誘惑に負けそうになりながらベンチで休んでいる時だ。
聞き覚えのある声に視線を向ければ、同じクラスの令嬢達が笑顔で何かをチラリと見つめながら会話している。
彼女達の視線の先には、ポツンと困ったように佇む一人の伯爵令嬢がいた。
取り巻きと呼ばれる下位貴族の令嬢達をいつも侍らしている令嬢だ。
勝気な瞳に偉そうな態度が鼻につくと言われていたが、今の彼女は一人で不安そうに回りを見ながら立っている。
『ほらっ、そろそろ戻らないと機嫌を損ねちゃうわよ』
『仕方ないな……、今日は新作の口紅で勘弁してあげよう』
『ちょっとっ、図々しいわよ』
『何よ、貴女だってそのつもりの癖に』
『じゃあ、みんなでおねだりしようか?』
『賛成!』
姦しくそんな会話を繰り広げた令嬢達は、何喰わぬ顔で一人佇む伯爵令嬢の元へと歩いて行った。
そんな彼女達を伯爵令嬢が安堵した表情で迎え入れ、そして少しだけ偉そうな態度で『遅い』と文句を言っている。
「胸糞悪りぃ……」
伯爵令嬢をお世辞で持ち上げながら、化粧品をねだっている取り巻きの令嬢達。
彼女達は、その様子を周りがどのように思って見ているのかを知らないのだろう。
無事に伯爵令嬢から巻き上げた化粧品で飾り立てたところで、彼女達になびく男などいない。
みんなちゃんと見ているのだから。
「はぁ……、どうしたものか……」
取り巻きに囲まれ、嬉しそうに、けれどどこか寂しそうな瞳の伯爵令嬢に視線を向ける。
彼女の名前はリーゼ・システラム。
国内外に多数の商会を持つシステラム家の長女だ。
そして、辺境伯の次男である俺が声を掛けなければいけない令嬢でもあった。
数日前に実家から送られてきた手紙には、隣国に間者を送り込みたいからシステラム家の知己を得ろと書かれていた。
「簡単に言ってくれる……」
だったら自分から伯爵宛に手紙を書けばいいものを、まずは令嬢か令息から話を持っていけと来たものだ。
恐らくシステラム家の良くない噂が気になって、内情を探って欲しいのだろう。
同じクラスの長女はご覧の通りで余り良い噂を聞かないし、二つ下の妹の素行不良も聞き及んでいる。
だからこそ慎重に様子を見ているのだろうが、俺に令嬢と仲良くなれとは無茶ぶりが過ぎる。
だったら子息の方はどうかと言われても、妹達と違い、高位貴族を侍らしているあの男とお近づきになるのは更に難しかった。
逆にどうして彼にはあれだけの人間が群がっているのかと思うほど、周りに人が溢れている。更に常に忙しそうにしているのもあり、非常に声を掛け辛かった。
「さて、どうしたもんか……」
そう思い悩む俺だったが、事態は数日後に思わぬ展開を見せた。
◇◇◇
『ねぇねぇ、聞いた?お母様が離縁されてあの子も随分とまずい状況らしいわよ?』
『あ~、だから急に奢らないって言ってきたのね?お金のないあの子に価値なんてないのにね』
『どうやら彼女も捨てられる寸前みたい』
『だから必死でお兄様にしがみ付ているわけね』
『高位貴族の方が集うランチ会に無理やり参加してるって噂よ』
『みっともないわよね』
どちらがみっともないのか、伯爵令嬢の元取り巻き達が、誰が聞いているとも分からない裏庭でそんな話をしていた。
今まで散々甘い汁を吸っていた癖に、伯爵令嬢から何も貰えないと知ると蜘蛛の子を散らすように去っていった令嬢達。
泣きそうな顔で、それでもそれが正しいのだと言わんばかりに耐えている伯爵令嬢の姿が印象に残った。
泣くのをグッと我慢しながら離れていく取り巻き達を寂しそうに見つめる姿に、胸がざわつく。
弱みに付け込むようで嫌だが、声を掛けなら今しかない。
そう思うものの、足が中々彼女の前へと進まない。どう声を掛けていいのか分からないのだ。
慰める言葉は必要だろうか?しかし、そもそも慰めを口にするような間柄ではない。
誰かに仲介を頼もうにも元取り巻き達以外と話しているところを見たことはないし、彼女達に頼むのはどうしても嫌だった。
そうこう思い悩んでいる内に、いつも彼女はどこかへ消えてしまう。
どうやら兄達のランチに強引に参加しているらしい。
そんな話を聞くと益々声を掛け辛くなった。
しかし領地にいる兄と父からの催促も激しくなってくる。
腹をくくって声を掛けるしかない。
◇◇◇
「システラム嬢、少し聞きたいことがあるんだが……」
翌日、意を決して声を掛けると、彼女は酷く驚いた顔をした。
そして、些か緊張した表情で俺の声に耳を傾ける。
商会のことで御令兄に面通りを願いたいと言えば、彼女はあっさりと頷いた。
兄目当てに声を掛けたことを怒られるかと思ったが、彼女はどこか嬉しそうな顔で兄に確認すると言ってくれたのだ。
どうやら、今まで腫物のように遠巻きにされているのが辛かったらしく、たとえ兄への要件でも声を掛けられたことが嬉しかったらしい。
仲良くなってからその話を聞いて、もっと早く声を掛ければ良かったと後悔したのは言うまでもない。
それから、伯爵令嬢リーゼを介して、システラム家との話はトントン拍子に進んだ。
国の為だと言えば、伯爵は喜んで海外店舗での間者の雇用に賛同してくれたし、長男のパトリックも色々と根回しをしてくれたのだ。
次女であるミルフィー嬢にレオンハルト殿下からの縁談が来ていると知ったのも丁度その頃で、恐らく王家との関係を良好に保つ為にも必要だったのだろう。
有能な従業員を確保できたと喜ぶパトリックの黒い笑みに慄いている内に、気付けばリーゼとは気軽に話せる間柄になっていた。
照れるとそれを隠すように偉そうな口調になるのも可愛いし、時々暴走してパトリックやミルフィー嬢に怒られて涙目になっているのも可愛い。
学内のカフェでお茶をするだけで喜んでくれる彼女が可愛くて仕方ないと気付いた時には、好きだと告白していた。
「好きだ、リーゼ」
親への根回しとか、そんなものは頭の隅にもなかった。
ただ、最近評判のよくなった彼女に縁談が来ていると聞き、気付けば彼女の手を取って想いを口にしていたのだ。
パトリック殿曰く、俺は『ツンデレ好き』らしい。
リーゼのように照れ隠しでわざと偉そうな物言いをする現象を『ツンデレ』と呼ぶようだ。
確かに時々やたらお姉さんぶって偉そうにしている時もあるし、照れ隠しでぶっきらぼうな物言いをする時もある。
けれど、直ぐに自信無さげになったり甘えてきたりするので、その温度差が堪らなく好きで可愛いと思っていた。
だが、そう思うのは俺だけではなく、『ツンデレ好き』は一定数いるらしい。
取り巻き達と離れてからというもの、リーゼは男から声を掛けられることが増えたと言っていた。
「でも、最初に声を掛けてくれたのはルドルフだけどね」
「そうか……。で、最近誰に声を掛けられた?」
兄妹仲は良好で、妹は次期公爵夫人。
実家は資産家で本人も幾つかの特許を有していると分かれば、引手数多なのは仕方ない。
しかし今まで散々遠巻きにしていたというのに、今更仲良くなんて図々し過ぎる。
でもリーゼは純粋に話し掛けることに喜んでいたりするので、俺が傍で見張っているしかない。
一番腹立たしいのは元取り巻き連中だった。
まるで以前のことなど何もなかったようにいつもの調子で話し掛けてきた上に、何故か男の紹介まで始めたのだ。
これにはリーゼも憤慨しており、荒い口調で令嬢達を追い返していたが、二人きりになると涙目で落ち込んでいた。
連中が兄弟や従兄弟をリーゼに紹介し始めた時はどうしてくれようかと思ったが、何故か俺が何かするよりも早く、彼女達は次の日から姿を現さなくなった。
『……どうしよう……、もうシステラム商会から商品を買えないって』
『うちもだわ……』
そんな話が教室の隅から聞こえてきた。
どうやらパトリックが何か手を回したらしい。
「うちからも抗議する予定だったんだが……」
「辺境伯の手を煩わせるのも悪いと思ってね」
何でもないようにそう言ったパトリックだったが、少しだけ意地の悪い顔を俺へと向けてくる。
「ルドルフ殿はリーゼのことを良く分かってるみたいだから安心して任せられるけど、油断はしないでくれよ」
「するわけない」
「それならいいんだけど……」
俺の返答に嬉しそうな顔をしたものの、パトリックは少しだけ困ったように目を伏せた。
「結構ね、かなりいい条件の見合い話が来てるよ」
「どこ?」
「ミューラー侯爵家とかスライダー伯爵家とか」
いずれも後継ぎの嫡子だとのことだ。
確かに、次男で継ぐ爵位のない俺より条件はいい。
「なぁ、ルドルフ殿。爵位、どうにかならないかな?」
にっこりと笑った瞳の奥で、爵位の無い男を見定めるように視線が動いた。
「リーゼが爵位を望んでいるのか?」
「いいや、リーゼは何も言わないよ。むしろ、気にもしてないだろうね」
「だったら……」
何故?と聞こうとして気付いた。
見合い話に爵位。
つまり、高位貴族の横入りが予想されるということか。
「スプリング事業の営業利権は確かリーゼだったな」
「そういうこと。君はそんなものが無くてもリーゼを想ってくれてたんだろうけど、どうにもこれが欲しい貴族が多くてね」
「エリュール辺境伯か……」
「正解」
「パトリック殿がリーゼに利権を譲渡するからだと思うが?」
確かに父も兄も喜んだし、製鉄技術の発展している我が領にとっては願ってもない話だった。
恐らく、婚家で大切にされるようにというパトリックの配慮だったのだろうが、そのせいでいらぬものまで引き付けてしまったのだろう。
「リーゼは評判が悪かったから、ここまでとは思わなくて……」
確かに以前のリーゼの評判を考えれば、パトリックがそう考えても仕方ない。
しかし、一度でもちゃんと話せば、リーゼが気取らない可愛い令嬢だと誰もが理解する。
少し勝気で偉そうな物言いも、慣れれば可愛いだけだ。
それを今更ながらに気付いた令息が焦っているのだろう。
どの程度の高位貴族なのか知らないが、辺境伯家相手に喧嘩を売るとはいい度胸だ。
だが、そこまで考えて純粋な疑問が生じた。
王国でも五本の指に入る資産家の伯爵家に断れない相手がいるのかどうかという点だ。
我が国では高位の貴族だろうと身分を笠に着た強要は処罰の対象だし、商会の商品を売らないと言えば高位貴族も黙るだろう。
「システラム家が断れない相手っているのか?」
「もちろんいるよ。王家とか……ね」
パトリックの言葉は、それ以外の縁談なら容赦なく断るという意味でもある。
つまり、どこかから圧力がかかっている訳ではない。
だったら何故爵位を欲するのか?
「もしかして、結婚した後がヤバイのか?」
「多分ね。唯一平民になる君たちに何かするか分からないから……」
それなりに恨みを買っている自覚はあるのだろう。
平民と貴族では法律でさえ身分差がある。
パトリックは、それを考えて結婚後の妹を心配しているようだ。
「……爵位、用意できるのは子爵位だが問題ないか?」
「十分だよ」
「分かった。兄からぶん捕ってくる」
「ありがとう、ルドルフ殿」
辺境伯を継ぐまでの繋ぎとして母の実家である子爵家を兄が継いでいる。
本来なら兄の子どもに譲渡されるものだが、事情を話せば譲ってくれるだろう。
金で買える準男爵よりはマシな筈だ。
「パトリック殿は意外に過保護だったんだな……」
「こう見えて、妹達のことは可愛がっているんだ」
「なるほど……」
最近殿下と不遜な顔で会話しているのを見掛けるが、もしかして殿下の方もパトリックに何か無茶ぶりでもされているのかもしれない。
そんな事を考えていると、貴族の名が書かれた紙を差し出された。
俺と言う婚約者がいてもなお、見合い話を持ってきた相手のリストだ。
「取り巻き連中は書いてないのか?」
「あいつらは書く必要もないし、それくらいは排除してくれるだろ、ルドルフ殿?」
挑発するようなパトリックの手からリスト奪い取る。
軽く目を通せば、確かに俺よりも条件のいい男の名前が羅列されていた。
リーゼのことを想えばそいつらに譲った方がいいのだろうが、今更遅い。
彼女はもう俺のものだ。
「ルドルフ、お待たせ!ってお兄様も居たの?」
「ああ、お前がルドルフ殿を放置したままどこかに行ったからな」
「べ、別にルドルフの為に髪飾りを変えていた訳じゃないから!」
「ふ~ん……そうか?」
「そうよ!」
なるほど、ここで待っていろという言葉と共に化粧室へと走っていったのはそういう事だったのか。
さり気なく視線を向ければ、先日贈ったばかりの髪飾りがリーゼの髪を彩っている。
「似合ってる」
「そ、そう?まぁ素材がいいから」
「ああ、そうだな」
照れ隠しでほんのり頬を赤く染めながら、俺から視線を外すリーゼはやっぱり可愛い。
「リーゼ、これからルドルフ殿とデートか?」
「カフェで新作のケーキをチェックしてくるわ!」
「ほどほどにな?」
「大丈夫よ、今日は三軒だけの予定だから」
「そ、そうか……」
三軒と聞いて心配そうにこちらを見るパトリックに頷き返すと、同情するような視線を向けられる。
どうやら以前パトリックもリーゼのカフェ巡りに付き合わされたらしく、当分甘い物は見たくないと言っていたそうだ。
だが、俺は当然何軒でもリーゼに付き合う気でいた。
非常に嬉しそう顔でケーキを頬張る彼女を堪能できるのだ。見ているだけで幸せになれる機会を逃す馬鹿はいない。
ただ問題は、先ほど渡されたリストにあった貴族の令息達が、偶然を装って話し掛けてくることだ。
特に年下に甘いリーゼは『先輩』という言葉に弱いらしく、度々後輩の令息に話し掛けられては律儀に会話をしていた。
しかし奴が見合いの申込相手と分かった今、容赦はしない。
「じゃあ、行きましょう、ルドルフ!」
「ああ」
満面の笑みで差し出されたリーゼの手を取り、歩き出す。
上品なエスコートには程遠いけれど、こうやって手を繋ぐ方が俺は好きだった。
「新作のケーキはどんなのかしら?」
上機嫌でウキウキと楽しそうなリーゼ。
そんな彼女の横で、俺が偶然を装って話し掛けてこようとする男をどうやって排除しようか迷っているなんて想像もしないだろう。
「最初に声を掛けたのが俺で良かった……」
「え?何?」
「何でもない。ケーキ楽しみだな」
「ええ!美味しかったら皆のお土産にするの!」
弾んだ声で手帳にカフェの情報を書き込んでいるリーゼの横で、俺は明日の授業を思い浮かべた。
明日は月に一回行われる混合鍛錬の日だ。学年関係なく、騎士科・領地経営科問わず半日を潰して行われる合同鍛錬である。
当然剣を振るだけの鍛錬などではなく、組手や模擬戦などの対人戦闘の訓練が主体だった。
「奴らに相手をして貰うか……」
パトリックに渡されたリストの貴族を順番に潰していくとしよう。
闇討ちでも決闘でもなく、訓練なら誰も何も言わないだろう。
だって、恋敵は拳で沈めるのが辺境の流儀だ。
二度と俺のリーゼに横恋慕など抱かないようにしてやる。
のちに、阿鼻叫喚と化した合同鍛錬が見直されることになり、騎士科と領地経営科は別で授業が行われることになった。
『ま、まさかの物理排除。脳筋怖い……』
と、リストを渡したことをパトリックが後悔していたことを俺は知らない。




