【電子書籍配信記念SS】特別な存在(リーゼ)
本日2024/1/3 エンジェライト文庫様より電子書籍の配信が始まります。
書籍版題名は
『転生兄妹は苦労が絶えない~過保護なお兄様とものづくりをしていたら、なぜか殿下に溺愛されていました~』
ミルフィー中心の話ですが、リーゼとルドルフのその後ちょこっと出てきます。
5万字ほど加筆修正させて頂きました。
気になる方は是非宜しくお願い致します。
詳細は活動報告をご覧ください。
末は博士か大臣か……
そんな大層な未来を想像するほどの環境ではなかったけれど、前世の私はモデルや女優に憧れを抱くような極々一般的な少女だった。
けれど、そんなキラキラした職業につけるのは才能を持った一握りの人間だけで、現実を知って子どもは大人へと成長していく。
けれど誰だって自分だけが特別だって思いたいもので、だからこそ厨二病なんてものが存在するのだと思う。
だから自分が異世界に転生したと分かった時、私は神様に認められた特別な人間なんだって思い込んでしまった。
それが多分、私の最初の間違いなんだと思う。
システラム家の長女として生を受けた私が前世を思い出したのは十二歳の時だった。
公爵家のお茶会に呼ばれたことでテンションが上がり、それが呼び水となって前世の記憶を思い出した。
しかも自分の今のポジションが前世で愛読していた転生小説のヒロインに酷似していたことで、自分が選ばれた人間であると思い込んでしまったのだ。
そこから私が調子に乗って色々仕出かすのは直ぐだった。
今思い出しても恥ずかしいことばかりなのだが、当時の私は前世知識を生かして商会を作り、王族の方と知り合って結ばれるという話に乗っかろうと必死だった。
しかし何故か全てのことが上手くいかなかった。商会を作るどころか、商品一つさえ作れない現実。
理由は私を敵視していた一番下の妹で、あの子はことある毎に私の邪魔をしてきた。
どうやら妹も転生者のようで、図々しくもハーレムを築こうとしているらしい。
何かと人のことを邪魔してくるので、私は屋敷の中でも常に気が抜けなかった。
「お嬢様、ハドック子爵家よりお手紙が来ております」
「………ミレーヌ様からかしら?」
同じ年の友達だ。
最近は何だか避けられているように感じたけれど、手紙をくれたということは気のせいだったみたい。
けれど、その手紙の内容を読んで、私はそれを破って捨てた。
「まただわ……」
キャサリンに嘘を吹き込まれた友人からの絶縁宣言だった。
彼女で何人目だろう?
幼少のころから繰り返されてきた嫌がらせに、もう数を数えるのも止めてしまった。
最初は理由が分からず困惑したが、縋って理由を聞き出せば実に単純な話だった。
キャサリンが姉である私から嫌がらせを受けていると、ことある毎に茶会で話しているからだ。しかも私が友人から貰ったプレゼントをわざわざ盗んで持っていくのだ。
『お姉様がお前にはこの安物がお似合いよって……』
プレゼントしてくれた友人は当然怒り、そして私に友達が居なくなる。
その繰り返しだった。
友人への言い訳ももう疲れた。どれだけ言葉を尽くしても、誰も私の言い分を聞いてくれない。
家族に相談しようとも思ったけれど、兄も、そして二番目の妹も私の敵だった。
二人は私からアイデアを盗み、私の切望していた商会を作って売り始めたのだ。アイデアも何もかも兄達に取られた。
私に残っているのは、優しい母とお金で繋がった友達だけだった。
けれどその母は余り家に居ない上、ついには不貞が原因で離婚されてしまった。
浮気をしていたと聞いたが、本当だろうか?
そんなことを考えていると、今度は末の妹であるキャサリンが屋敷を出て行った。
公爵子息と結婚するという。
キャサリンが家から出ていくことは純粋に嬉しかったけれど、私よりも幸せそうに笑うキャサリンに負けてしまったのが何よりも悔しかった。
私は何一つ成しえていないのに、あの子は自分の思い通りのハッピーエンドへ辿り着いたのだ。嫉妬で頭が可笑しくなりそうだった。
…………けれど私は直ぐに冷や水を浴びせられることになる。
『お前は自分だけが特別だと思っていたようだが違う。この意味は分かるか?』
この時私は初めてまともに自分の兄と妹ミルフィーを見た。
年齢よりも落ち着いた二人の姿と語られる真実。
………そうして私は自分が特別ではないことを漸く自覚したのだ。
◇◇◇
「ごめんなさい、今日は何も持ってきてないの。少し色々あって、多分これからはもう商品を分けてあげられそうにないわ」
「……そうなんですか、残念です」
「それで、今日のランチなんだけど……」
「すみません!実は先生に呼ばれていて!」
言いながら去っていく子爵家の友人。
いつものように私のランチについてきた友人達に、今までのように商品を配れないと言った瞬間のことだった。
チラリと隣に居た別の友人に顔を向けると、彼女は彼女で引き攣った笑みを浮かべた。
「ごめんなさいリーゼ様……、私も実は先生に呼ばれていて」
「そう…、じゃあ仕方ないわね」
言いながら全く申し訳なさそうな顔をしないまま、彼女も同じように去って行った。
残った子達もいたが、おそらく明日には居なくなっていそうだ。
なるほど、私の価値は商会の商品をタダで配ることにしかなかったということである。
兄の言った通り、何もせずとも勝手に縁は切れそうだった。
「………自業自得だって分かってるわ」
ちゃんとした友人関係を築けなかった自分の責任だ。
商品で釣って、何かにつけてご馳走してお金を使った。
そうすれば友人は居なくならないと分かっていたから……。
お金さえ使っておけば、キャサリンに騙されても傍に居てくれるって知ってたから……。
「大丈夫か、リーゼ?たまには一緒に食べよう」
「お兄様、ありがとうございます」
心配した兄がランチに誘ってくれる。
兄の友人達はみんな優しくて、時々泣きそうになった。
学園で私と話してくれるのはランチの時のメンバーだけで、相変わらずクラスでは浮いた存在のままだ。
それでもミルフィーが殿下との婚約を発表してからはマシになっており、兄との関係も良好だと周知されているので嫌がらせなどはない。
ただ、遠巻きに見られているだけだ。
「システラム嬢、少し聞きたいことがあるんだが……」
そんな中、クラスメイトの一人、ガントレッド辺境伯の次男であるルドルフが話し掛けてきた。
詳しい内容を聞けば、どうやら商会についての問い合わせらしい。
兄に相談するとランチに連れてきてはどうかと誘われた。
どうやら兄には辺境伯の意図に心当たりがあったようだ。
「……お兄様、今の私に殿方をランチに誘えとはハードルが高すぎでは?」
「でも、このままじゃお前、卒業するまでボッチだぞ?いいのか?」
「ぐっ!そ、それは……」
「向こうはこっちにして欲しいことがあるようだし、断ったりしないと思うぞ。お前が改心したところを見て貰えるから丁度いいだろ」
「もし、断られたら?」
「……その時は今回の話はなしになるだけで、うちにデメリットはない。しいて挙げるならお前が断られたという事実が残るだけだ」
「酷いぃ……」
「まぁ、大丈夫だろ。気軽に誘ってみろ」
兄は簡単に言ってくれるが、教室での遠巻きされ具合を見てから言って欲しいものだ。
だが、ここで何もしなければ兄が言った通り、私は卒業までずっと一人だろう。
だから、頑張って誘うしかない。
「ガ、ガントレッド様。その、先日お話頂いた件なのですが………」
いきなりランチに誘うよりも、取り敢えず全面的に『先日の件』を表に出せというのはミルフィーからのアドバイスだ。
「兄が一度ガントレッド様とお話したいと……」
「そうか、良かった。実は父や兄から催促されてて」
「……それでその……、良かったらランチをご一緒にということなのですが……」
「ランチというと、いつも中庭でとってらっしゃる?」
「は、はい……」
何故か兄は食堂ではなく弁当を持参して食べている。
一緒に食べるようになってから知ったが、言えば私にも作ってくれるらしい。
最近では兄の婚約者であるケイト様やそのご友人達も一緒に食べており、更に時々殿下もやってくる。
どうやらケイト様の繋がりで生徒会のメンバーが集まっているらしく、高位貴族が集まるやたらキラキラした空間になっていた。
何故か地味な兄が中心になっており、我が家から持参した大量のランチボックスが広げられる様は、まるでピクニックのような様相となっている。
正直、私の肩身の狭さは半端ない。
「その…、お誘いは嬉しいんだけど、あのキラキラした空間に交ざるのはちょっと……」
「その気持ち分かりますわ……」
「だから、良ければ放課後とか時間を空けて貰いたいんだが……」
「放課後は商会の仕事で忙しいそうです」
「それなら俺、商会にお伺いするけど?」
「商談で飛び回ってるから厳しいって……」
「じゃあ、時間はそちらに合わせるから休日にでも……」
余程あのキラキラ軍団に交ざりたくないのか、ルドルフ・ガントレッドが行けない、いや、行きたくない理由を重ねていく。
気持ちは分かる。痛いほど分かる。
だが、私だって我慢してるし、何だったら今、断られてるのに強引に誘ってるしつこい女的な視線を受けて辛いのを我慢しているのだ。
『いいか、俺は非常に忙しい。ランチ以外で時間を取るのは難しいとガントレッド殿に言え』
兄は何が何でもランチに誘い出せと言っていた。
多分私を心配してのことなのだろうが、断られ続けるのは地味に辛い。
「えっと、兄君が忙しいならシステラム伯爵でも構わないんだけど……」
ルドルフの煮え切らない態度に何故か、そう何故かブチッと堪忍袋の緒が切れた。
「あ~!もう!つべこべ言わず黙って付いてきなさいよ!男でしょうが!私だってあんなキラキラした空間に居て居心地悪いの我慢してんのよ!」
「我慢してたのか?」
「当たり前でしょ!あんなキラキラ集団に囲まれて平気なのは兄くらいよ!」
「確かに、パトリック殿は並の胆力してないよな……」
「その兄が絶対にあんたを引きずって来いって言うの!いいから私と一緒にきなさい!一人で行ったら何を言われるか分からないでしょ!」
『断られたのか…』と可哀想な子を見る目で見られるか、『まぁ、そういう日もあるな』と変に慰められるか…
想像するだけで震えが走る。
だが、そんな私とは対象に、何故かルドルフは楽しそうな顔で笑い出す
「ちょっと?!何笑ってるの?!」
「いや、面白いなっと思って」
「面白い?」
「そう。俺、あんたは好きであのキラキラ軍団と一緒にいるんだと思ってた」
どうやら私は強引にあの軍団に交じっていると思われていたようだ。
高位貴族どころか王族ですら交じることのある集団は、確かに何も知らなければ羨望の的である。
「あんたのほら、元お友達?が言ってた。家から見捨てられそうだから、必死で兄にしがみ付いて高位貴族との縁談を狙ってるって」
「はぁ?そんな訳ないでしょ?」
誤解も甚だしい。
見捨てられそうになったのは事実だが、家族との和解は既に済んでいる。
「なぁ、システラム嬢はいつもそんな喋り方してんの?」
「え、あ…いや、その……」
慌てて口を閉じたけれどもう遅かった。
ついつい興奮して貴族らしからぬ話し方をしてしまった。
これは後で兄に怒られる案件だ。
それによくよく考えれば彼は辺境伯の息子で、伯爵家よりは地位が上である。
その彼に対して、かなり偉そうな口調で話してしまった。
「も……申し訳ありません…、偉そうな口調で話してしまいました……」
「こちらこそ、ごめん。嫌味のつもりで言ったんじゃなくて、俺も砕けた話し方が楽だから、そっちの方がいいなって思って」
「そうなの?い、嫌じゃない?」
「むしろ前の話し方の方が嫌かも」
「分かったわ、そんなに言うなら砕けた感じで話してあげる。感謝しなさいよ」
言ってから失敗したと思った。
何故、私はこんなに上から目線で話しているのだ。
「いや!その!え、偉そうにするつもりとかは全然なくて!あの!」
「……うんうん、なんかシステラム嬢の性格、少しだけ分かった気がする」
「分かったって何よ?」
「無意識に素直じゃない話し方をしてしまうんだろ?」
「それはその……」
多分、キャサリンとの喧嘩の弊害だ。
絶対にあの子には弱味を見せられなかったから、常に強がって会話をしていたように思う。
そのせいでついつい思ってもみない口調で偉そうにしてしまうのだ。
「なぁ、リーゼって呼んでもいいか?俺のことはルドルフでいいから」
「何よ急に……」
「許してくれるなら、ランチに行ってもいい」
「本当?!」
「ああ」
「じゃあ、その、特別に許してあげるわ」
名前を呼び合うなんて友人みたいで少しだけ嬉しい。
だけど、何となく素直に嬉しいとは言えず、またしてもついつい偉そうにしてしまう。
だが、ルドルフは気分を害した様子もなく、むしろどこか嬉しそうな顔で笑った。
「じゃあ、リーゼ、これからも宜しくな」
「ええ、宜しくねルドルフ」
こうして私はルドルフと名前で呼び合う仲となったのだ。
『クラスメイトと仲良くなる切っ掛けにいいかと思ったんだが、ルドルフ殿がまさかのツンデレ好きとは……』
兄が困惑したように苦笑を浮かべていたが、ルドルフと話すようになってから他のクラスメイトとの仲も縮まった。
ルドルフを誘えと言われた時はとても困ったけれど、今ではあの時の兄に感謝している。
けれど、一つだけ言わせて欲しい。
「私はツンデレじゃないの!ちょっとだけ偉そうなだけなの!」
そう言った私に兄は頭を抱え、ルドルフは楽しそうに満面の笑みを浮かべた。
そんなルドルフは私が少しくらい変なことを言っても、素直じゃない態度を取っても怒ったりしない。
いつも楽しそうに私の全てを肯定してくれる。
そして、私のことを好きだと言ってくれた。
「好きだ、リーゼ。俺にとってはお前だけが特別な存在だ」
転生してから、何かしなきゃいけないとずっと思っていた。
自分だけが特別じゃないと知ってからも、転生した意味を心のどこかで探していたように思う。
けれど、ルドルフのその言葉を聞いてから、やっと自分が何を求めていたのかと知った。
あぁ、そうよ。
チートなんて無くても、無双なんて出来なくても、私は私。
誰か一人の特別であればそれで良かった。
誰かにずっと、ただそう言って欲しかっただけ。
そんな想いをルドルフだけが叶えてくれた。
「ルドルフ、大好きよ」
素直じゃない私の精一杯の言葉に、ルドルフが驚いたような顔をする。
けれど直ぐにその表情を破顔させた彼は、目を細めてはにかみながら私の手を取って口づけた。
「俺も大好きだ」
私は今やっと、転生出来て良かったと心から思うことが出来た。




