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姉との関係を修復してから約一ヶ月。
今までにない平穏な日々に浮き足立っていた私に、突如思いもよらない縁談が突きつけられた。
「は、え……?婚約の申し込み?えっと、殿下から?」
嘘でしょ?と目を見開いて父を見るが、父はニコニコした表情のまま王印の押された手紙を差し出した。
「ラインハルト第二王子殿下は第一王子殿下の立太子に伴い、この度公爵に降下されることになった」
「それはもちろん存じてますが……」
「それに伴い、自分を支えてくれる婚約者としてお前をご指名だ」
「いや、だから何故……?」
確かに我が家は非常に裕福だが、それでも所詮は伯爵家。
公爵家や侯爵家を差し置いて、とてもじゃないが王家筋の公爵家に嫁げる身分ではない。
「えっと……、殿下には確か婚約者がおられたと思いますが?」
「公表されていないが、相手の不貞で二週間前に破棄された。ちなみに相手の侯爵令嬢は現在妊娠五ヶ月だそうだ」
「ちょ…、この国の貴族の倫理観どうなってるんですか?」
「禁断の恋に盛り上がったようだぞ?まぁ、婚約者の家は子爵位に降格だがな」
浮気相手はあろうことか令嬢付きの侍従だったらしく、家門としての責任も取らされた形だ。
御家断絶にならなかっただけマシなのだろうが、王家を敵に回したからには、今後その家門が日の目を見ることはないだろう。
やはり王家を敵に回すと恐ろしい。
しかし、それにしても何故私に婚約の話が回ってくるのかが理解出来ない。
公爵家に年頃の令嬢はいなかったが、侯爵家にはまだまだ令嬢がいたはずだ。
「殿下と年の合う侯爵家の令嬢はみんな既に婚約していてね」
「なるほど……」
確かにこの年で婚約者が決まっていないのは稀だ。
むしろ、今まで誰一人婚約者の居なかった我が家が異常なのである。
「それに、殿下はお前の事務処理能力を高く評価しているそうだ」
「いや、そんなことで評価されても…」
事務処理が必要なら文官を雇えば済む話だし、そもそも妻がやることではない。
「私も取り敢えず一度は身分を理由に辞退を申し上げたが、陛下から是非にと念を押され、殿下本人からもミルフィーが良い理由を聞いた」
「だからって事務処理能力…」
「それもあるが、話していて楽なのだそうだ。全く男として意識されていないところが良いと仰っていた」
「………それは非常に面倒な性癖ですね」
「口を慎みなさい。要するに殿下は、気を張らない君が良いと言ってるんだよ。宰相にも確認してみたが、我が商会を国内に留めおく為の処置でもあるらしい」
「……つまり、我が家が外国に屋敷を買ったり資産の一部を移していたことはバレていたということですか?」
「どうやらその様だ。まぁ、妻やキャサリンの事情ゆえと思われていたようだから、解決した瞬間を狙われたという事はそういう事だろうな………」
確かに我が家は裕福だ。資産だけを見れば帝国の中でも五本の指に入る。
お蔭で私達兄妹への婚約の打診はそれこそ山のように来ていたのだが、父は有りとあらゆる理由を言い訳に縁談を断ってきた。
ちなみに権力を笠に着て強引に婚約を推し進める高位貴族には商品を売らないということで対抗してきたそうだ。
「あれ…っ?」
「どうした?」
「もしかして、やりすぎちゃったんじゃないですか?」
姉や妹が迷惑を掛けた相手には、金を積んだ。
私達からすれば誠意のつもりだったが、相手からすれば金の力で強引に黙らされた感じではなかろうか?
それに高位貴族に関しても『文句があるならてめぇのところに商品は売らねぇ!』とやった訳だし、もしかしなくてもかなり目を付けられていたのではないだろうか?
「お、お父様…、今更なのですがかなり拙かったのでは……?」
「何がだ?」
「何って、煩い高位貴族を金に物を言わせて撃退してますよね?」
「しかしそれはどう考えても向こうが悪いだろ?身分を盾に強引に縁談を結ばれるなんて最悪ではないか。ミルフィーやパトリックならまだしも、うっかりリーゼやキャサリンの縁談がまとまれば、粗相をする度にどれだけの慰謝料を払わされるか……」
「それは確かにそうなのですが、端から見れば階級制度を無視しているようにも見えますわ……」
一部の聡い貴族は我が家の家内事情に気づいているだろうが、うちに縁談を言ってくる貴族に限ってそういう事情に疎いのだ。
つまり貴族社会における我が家の立ち位置は、金に物を言わせて高位貴族を蔑ろにする成金で傲慢な貴族である。
しかも何故か外国に多数の屋敷を所有し、資産の一部を移しているとなると国にとっても警戒対象になるだろう。
「もしかしてもしかしなくても、我が家は大分前から目を付けられていたのではないでしょうか?」
「ありえるな…」
グッと眉間に皺を寄せた父は、慌てて兄と姉を呼び出した。
そして、家族四人で現状の報告をし合う。
「そう言えばケイト嬢に、外国の別荘は幾つくらい所有しているのかと尋ねられたことがある」
私と兄それぞれが個人で所有しているし、商会の支店や父の分も合わせると幾つ所有しているのか兄にも分からないと答えると、ケイトは微妙に困った顔をしていたとか…。
だが、母とキャサリンの件が落ち着いたので少しずつ処分していると伝えたところ、彼女がホッとした顔をしたので余り深くは考えなかったそうだ。
「私も取り巻きと距離を置き始めてから、クラスメイトの方からさり気なく聞かれたわ」
姉に聞いて来たのは辺境伯の子息らしい。
ちなみに今まで一度も会話をしたことはないのに、先日いきなり声を掛けられたそうだ。
「隣国の支店は何箇所あるのかや、侍従を行儀見習いで受け入れて欲しいというような話をしていたわ。商会に関しては私ではなくお兄様にお願いしますと答えたら、凄く残念そうにされてて…」
多分姉なら言い包められると思ったのだろう。
変な言質を取られなくて良かった。
「一度断って納得されたようだけど、折りを見ては思い出したようにグイグイ来られるの……、お兄様に丸投げしてもいいかしら?」
「恐らく諜報部員を入れたいんだろうな……。まぁ、そういう話なら俺へと連絡するように言ってくれ。間違っても勝手に許可しないようにな」
「分かったわ」
各国の支店にも、私達の紹介だと名乗る人物の採用願いがあった場合は、必ず一度こちらに問い合わせるよう徹底している。
というか、この調子なら商会の中には貴族の子飼いが沢山居そうだ。
一度、母やキャサリンの紹介で雇った従業員がいないか徹底的に調べてみよう。
「父上の方はどうですか?」
「宰相がやたらと後妻を薦めてくるな……」
「なるほど……、完全に我が家への包囲網が敷かれつつありますね」
トドメに殿下から私への婚約打診だ。
話を聞く限り、国に縛り付ける気満々に思えてきた。
「多分、ずっと様子見をされていたのでしょうね……」
「…と言うと?」
「伯爵家でありながら、四人兄妹全員に婚約者がいないのがおかしかったのです。しかも高位貴族からの縁談すら頑なに拒否する始末。何かしらの隠し事があると思われていたのではないかと」
「なるほどな……。だが妻と末娘が離縁されると同時に長男の婚約が整った。周りから見れば、原因がついに判明したということか」
微妙な顔で眉を寄せた父は、自分が周りからどう思われていたのかを知って大きなため息を吐いた。
そんな父を見て、兄も同じようにため息を吐く。
「ケイト嬢が生徒会で殿下と話をした際、我が家は半々の家だと言っておられたようですね」
「半々の家?」
「まともな者とそうで無い者が半々という意味だそうです」
兄の言葉にまともでない者に分類されていた姉が酷く落ち込んでいる。
特に殿下には恥ずかしい粗相を何度もしていたようで、殿下の話題が出る度に羞恥で悶える姉は若干面白かった。
自業自得なので同情はしないが、幾らまともな方と分類された私でも、殿下との婚姻は出来るだけ避けたい。
余りにも荷が重過ぎる。
「お兄様とケイト様の婚約を大々的に発表すれば、他国へ移るという王家の懸念も払拭されませんか?そうすれば殿下もわざわざ私と婚約する必要はありませんし」
「殿下はもちろん俺とケイト嬢の婚約のことは知っている。その上でお前に婚約を申し込んでいるという事は、何かしらのメリットがあるんだろう」
「我が家のメリットなんてお金くらいしか思いつきませんが?」
「じゃあ金が目当てなんじゃないか?」
断言されれば違うとは言えないし、最も分かりやすい理由である。
「分かっているのは、この婚約は断れないということだ、ミルフィー」
「……あぁぁぁ…そんな……」
「ご、ごめんなさい、ミルフィー…。私がちゃんとしていればもっと早くにまともな縁談が組めたのに……」
「そ、そうですわ、お姉様!ここは異世界転生の定番、妹の婚約者は私の婚約者!妹の代わりに私がっ!をやりませんか?!」
そうだ!これこそが異世界転生の醍醐味!
「い、いやよ!」
「どうしてですか?!お姉様の願っていたシチュエーションじゃないですか?!私は絶対に『ざまぁ』はしませんよ!むしろ目一杯バックアップします!」
「私じゃ絶対に初夜に『お前を愛することはない』と断言されるお決まりのパターンに入るわ!」
「じゃあ、そこからこっそり我が家に連絡して白い結婚で離縁を狙うパターンで行きましょう!」
「嫌よ!!!!!」
ぜぇはぁ…と絶叫しながら殿下との婚約を押し付け合うが、姉は一向に頷いてくれない。
しきりに『黒歴史がぁ~!』と叫んでいる。
殿下を見掛ける度にわざと躓いたり荷物をぶちまけていた過去が甦り、思い出すだけで羞恥の余り死にたくなるそうだ。
「そもそも私は公爵夫人になれるほど頭が良くないわ!」
「……リーゼ、それは自慢することじゃないよ?」
「わ、分かってますわ、お父様…」
「それとね、ミルフィー。殿下はお前じゃないと嫌だと思うよ?」
「殿下に冷たくするならお姉様でも出来ます。むしろ私より女王様っぽいです!」
冷たくされたいという特殊性癖があるなら姉でも大丈夫だと訴えれば、父は残念そうな顔を私へと向けてくる。
「殿下は冷たくされたいのではなく、自分に媚を売る女性がお嫌なだけだろう」
「でも……」
「いい加減諦めなさい。そして我が家の疑いを晴らすべく殿下と婚約しなさい。良かったじゃないか第二王子殿下で。王太子殿下の側室とか言われる可能性もあったんだぞ?」
「……側室とかは絶対に嫌です!」
「じゃあ決まりだ」
言い切った父は、了承の返事を書いて当主印を押した。
それを兄は複雑な表情で見つめ、姉は自分じゃなくて良かったと胸を撫で下ろしている。
「お父様は自分が再婚したくないからって…っ」
「それもあるが、父上と母上からもこの婚約については進めるように言われている」
「お祖父様とお祖母様が?」
「ああ、そろそろ王家と縁付いていないと、他国からの横槍が入りそうらしい」
元侯爵令嬢だった祖母は、今でもかなりの情報通だ。
しかも祖父は外交官だったこともあり、今でも国外にかなりの人脈がある。
その伝手からの情報なら間違いないだろう。
「ちょ、ちょっと待って!ミルフィーが殿下と婚約するということは、今度は私が狙われるということ?!」
「……残念ながらそれは無い。正直言ってお前は少々評判が悪い。確かに縁談も幾つか来ているが、どこも金に困っているような家ばかりだ。金目当てと言わんばかりの家はお前も嫌だろ?それこそ先ほどミルフィーと話していたように白い結婚になるぞ?」
「そうですね…、はい…、分かってます……。ちょっと夢見ちゃいました、すみません…」
「……ああ、うん、反省しているならその内私がちゃんとした男性を紹介するから、それまで待っていなさい」
「いつでも大丈夫です。でも、必ず事前にお兄様とミルフィーの審査に通った人にして下さい。………正直に言うと、私は男性を見る目に自信がありません。それと、お母様と恋愛結婚したお父様の審美眼もちょっと信用出来ません」
「あぁ、うん……、そうだな……」
彼女も昔は可愛かったんだよ……と、母を思い出して遠い目をしている父。
古傷の抉り合いをしている父と姉に苦笑を漏らしながら、私は大きくため息を吐いた。
「ミルフィー、殿下は悪い人ではない。少々合理的な考えをする人だが、その点はお前と話が合うと思う」
「はい。とても誠実そうなお人柄だと思っています。ただ、公爵夫人という身分の高さに腰が引けてしまって……」
前世は完全なる庶民であり、現世も中堅の伯爵家。
しかも小さな頃から商売をしていた所為か、貴族の知り合いよりも平民の知り合いの方が多い始末だ。
だからこそ私は、どこかの商会の次男坊辺りに嫁ぎたかったのだが、何故に貴族でも最高位の公爵家に嫁ぐことになってしまったのか。
「人生って侭成らないものですね…」
お金があっても絶対的な権力の前には無力であった。




