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吸血鬼ハンターの吸血鬼

作者: 山のタル

 ロドンの街。

 イグラド島の中心都市で、商業が盛んな活気と熱気が溢れる街だ。

 そんな街の酒場兼冒険者ギルドは、様々な人達が昼夜問わず集まる場所で、常に活気と熱気が壮大な喧噪(けんそう)へと変化している。


 バンッ――!


 突然喧騒を打ち破るかの如く、酒場の扉が大きな音を立てて開いた。

 先程までの壮大な喧騒が一瞬で静まり返り、酒場の人々の視線は扉を開けた人物へと一気に集中する。

 扉を開けたのは二人組の男女だった。


 男の方は黒髪の顔がいい好青年の獣人だ。耳と尻尾の形からして種族は人狼だ。背が高く、シュッとしながらもしっかりと筋肉が鍛えられているのが服の上からでも分かる。

 女の方は男と違って背が低い細身の少女だった。輝く黒銀の長髪、雪のように白い肌。そして、少女とは思えないほどの女性的魅力の溢れる身体は、見る者を簡単に釘付けにする。


 二人は自分に向けられている視線など、全く気に留める様子もなく正面のカウンターに向かって歩く。

 そしてカウンターに立っていた厳つい顔の店員に声を掛ける。


「ここならこの島の情報が全て集まると聞いた。教えて欲しいことがある」

「……兄ちゃん、よそ者か? 島の外ではどうか知らねえが、この島では情報はタダじゃねぇ。……意味は分かるな?」

「安心してくれ、島の外でもそれは常識だ。この店で一番高い酒を二つ貰おう」


 青年の言葉に店員は眉を(ひそ)め、厳つい顔が更に厳つくなる。


「おい兄ちゃん。今、二つと言ったか? この店は未成年に酒を出すほど落ちぶれちゃいねぇぞ」

「安心してくれ。俺達二人ともとっくに成人を超えている」

「それをどうやって証明する?」


 店員が静かな圧を込めながら青年を睨んだ。

 一触即発にもなりそうな雰囲気に、酒場全体の緊張感が一気に張り詰める。


「これでどう?」


 少女は張り詰めた緊張感を何とも思っていない様子で、懐からカードを二枚取り出してカウンターの上に置いた。


「これは、冒険者のギルドカードか? “ダイア”に“サク”か……ふん、どうやら本当のようだな。一番高い酒だったか? 待ってろ」


 カードに書かれた情報を見て納得した店員が酒の準備をし始めたことで、店の雰囲気も元通りになりいつもの喧騒が戻ってきた。

 しばらくして、二人の前に酒の入ったグラスがトンっと置かれる。


「それで、いったい何を聞きたいんだ?」

「この島には吸血鬼がいると聞いて来た。どこにいる?」


 ………………

 …………

 ……


 街外れの森。

 足元すら見えない暗闇の木々の間を、灯りも無しにすいすいと歩く二人の男女がいた。

 ダイアとサクの二人だ。


 二人はしばらく森を歩き、そして木々が少し開けている場所にたどり着いた。


「……あれが目的地?」


 木陰に身を隠しながらサクが指を向けた先には、古びた一軒の屋敷が建っていた。


「みたいだな。どうだ、何か感じるか?」


 ダイアに聞かれて、サクは目を閉じて神経を集中させる。

 そしてしばらくして、目を開けて頷いた。


「……いる。数は沢山。でも、まだ私達に気付いてない」

「それはちょうどいいな。で、作戦はどうする? いつも通りに行くか?」


 そう聞かれたサクは「う~ん」と唸って少し考える仕草をする。


「……ううん、数が多いから今回は少し違う作戦で行こう。耳貸して」


 ダイアはサクの口元に耳を近づけ、サクの小さな声に耳を澄ます。


「……分かった。それで行こう」



 ◆     ◆



 作戦通りにサクと別れた俺は、一人で屋敷の入り口まで来た。


「……流石にここまで近いと気付かれるよな」


 入口の扉一枚越しに大量の気配を感じる。どうやら俺を待ち構えているようだ。

 まあ、こうなるようにワザと気配を消さないで殺気をばら撒きながら近付いたんだから、これでいいけどな。


 俺は大きく深呼吸して息を整える。

 腰を落として拳を構え、力を限界まで溜める。

 そして――


「はぁああああッ!!」


 拳を振り抜いて、入口の扉を吹き飛ばした。

 鼓膜が破れるほどの轟音が響き、屋敷全体が地震の直撃でも食らったかのように大きく揺れる。

 威力が強すぎて、扉どころかその周りの壁までまとめて粉々に吹き飛ばしてしまった。

 だけどそれでいい。

 粉々になった石材の壁が大量の粉塵へと変わり、屋敷の玄関ホールに充満して敵の視界を奪ってくれる。

 俺は粉塵に紛れて屋敷に飛び込むと、臭いを頼りに敵に襲い掛かる。

 一体、また一体と、粉塵が晴れるまでの間にできるだけ敵の数を減らそうと殴りまわった。

 そして数十体倒したあたりで、とうとう粉塵が晴れる。


「……ちっ、まだこんなに残ってるのか!?」


 かなり倒したと思ったけど、玄関ホールにはまだまだ大量の敵が残っていた。

 一階にも、吹き抜けの二階にも、俺に向けられる目はまだまだあった。


「これはこれは、随分と派手に散らかしてくれましたね」


 その時、軽快な拍手と共に、誰かが俺に声をかけてくる。

 声の方を向けば、二階に続く階段の上で、俺を見下ろす黒服の男がいた。


「お前がここの親玉か?」

「まさか。私は主人に侵入者を相手するように言われただけです」

「つまり、こいつら雑魚と一緒というわけか」


 俺は足元に転がってた死体の一つをこれ見よがしに蹴る。

 すると男の顔が明らかに歪む。

 しかしその理由は俺の想像とは少し違ったようだ。


「……そのような出来損ないと、この私を一緒にしないでいただきたい!」


 予想通り男は怒っている。ただそれは、仲間とか部下を殺された怒りじゃない。

 俺が倒したこいつらと、同列にされたことを怒っているんだ。

 まあ、こんな自我の無いゾンビ達と一緒にされたんじゃ、怒りたくもなるだろうな。

 だけど、こんな奴らを好き好んで使役している時点でそこまでの違いはないだろう。


「そうか? 俺からすればこいつらもお前も、お前の主人も大した違いがあるとは感じないな」

「これ以上の侮辱は許さないッ! お前ら、そいつを(むご)たらしく殺せぇええ!!」


 男の命令で、周りにいたゾンビ達が一斉に襲い掛かってくる。

 ……作戦通りだ。


「さあ、来いよ! お前らごとき、俺一人で十分だぜ!!」



 ◆     ◆



 私の屋敷が大きく揺れた。

 どうも今回の侵入者は、礼節というものを弁えていないらしい。

 そもそもあれだけ強烈な殺気を撒き散らしながら近付いてくるくらいだ。そんなものを期待する方が無理だったというものだろう。


 再び戦いの音が聞こえてきた。

 ラルクに任せれば問題ないだろうが、あいつは少し頭に血が昇りやすい。それが欠点だ。


「……やはり、私も準備しておくか」


 ラルクがやられる可能性は低いと思うが、もしものことを考えて私も準備をすることにした。

 自室の本棚の本を少し動かすと本棚の仕掛けが作動して、そこに地下室への入り口が現れた。

 私は地下室への階段を下りていく。

 コツコツという硬い足音が、石造りの狭い階段に反響する。実に心地のいい音だ。

 少しじめっとこの通路を通る時の、数少ない楽しみの一つだ。


 しかし楽しみというのはすぐに終わりを告げるものだ。

 地下室への道はそこまで長くないので、あっという間に辿り着いてしまう。


「はぁ、もう終わりですか……」


 私は残念な心境を表すように大きく溜息を吐く。

 こうすると少しだけ気が紛れる。


「ひぃ……!?」


 その時、小さな悲鳴が聞こえた。

 地下室の牢に閉じ込めていた、女の一人が発した声だ。

 あれは、確か最近ここに加えた新入りの一人だったな。

 よく見れば、他の女達も声を発していないだけで、恐怖の目で私を見つめて怯えていた。


「……はぁ~、どうしていつまで経っても、お前達はそんな目で私を見るんだ?」


 私は女達を捕らえている牢の鉄格子を勢いよく掴む。

 女達は更に怯えた表情になる。


「お前達は私の役に立つためにここにいるのだ。この世の頂点に君臨する、この私のな! それがどれだけ名誉なことなのか、しっかりと言い聞かせただろう? ……なぜいつまで経っても理解できないんだ。なぜいつも私を見るとそんな表情をするんだ!」

「「ひぃいいいッ!?」」


 女達は悲鳴を上げる。

 その甲高い声は気持ち悪さと裏腹に、私の脳髄をひどく興奮させた。


「ふふ、ふははは! ……はぁ、まあいい。今日はお前達に教育をしに来たんじゃない。是非ともお前達にやってもらいたいことがあって来た」


 私は服のポケットからカギを取り出すと、それを使って牢を開けた。


「一人だけ出してやる。そうだな……お前にしよう」


 私は最初に悲鳴を上げた女を指差した。

 女は指を差されたのが自分だと気付くと、顔から血の気が引いて酷く怯え始めた。

 しかし怯えるだけで、その場から動く気配がない。


「何をしている? 早く出て来い」

「うぅ……あぁ……」

「さっさと来いと言っているのが分からんのか!」

「ひぃッ!?」


 その女は周りの女達に強く小突かれて、ようやくゆっくりとした足取りで牢から出てきた。

 女が出てくると、私はすぐに牢の鍵を閉める。間違えて他の女達が出て来たら大変だ。


「あ、あの……わ、私を、どうする……おつもりですか……?」


 ……こいつは何を言っているんだ? 私はさっき言ったはずだが。

 私は軽く拳を振って女を殴った。

 女は小さな声をあげて、小石のように軽く壁まで飛んで行ってぶつかった。


「さっき言っただろ。聞こえてなかったのか? お前の耳は飾りか?」


 私は壁にぶつかってぐったりした女の頭をつかんで持ち上げ、次は聞き逃すことがないように大きな声で耳元に向かって叫ぶ。


「やってもらうことがあると言っただろうが! 私の言葉を二度と聞き逃すんじゃないッ!」

「す……すびばせん、でした……」

「分かればいい」


 私は女の頭を投げ捨てるように手を放す。

 勢い余って地面に頭を打った女は、頭から少し血を流して痛みに悶える。

 痛みに悶えるくらい元気があるなら大丈夫だ。


「お前にやってもらうことと言うのは他でもない。私の糧になってもらう」

「そ、それって……!?」

「流石に理解したか。お前の血を頂く」

「そ、そんな!?」


 これからされることを想像したのか、女の顔が絶望に歪む。


「おお、いいぞ。その表情だ! その絶望がお前の血をより美味しくするのだ! やれば出来るじゃないか!」


 ようやく私の奴隷としての自覚ができたことに、私は大いに喜んだ。

 そう、ここにいる女達は私の奴隷。そして、私の食糧だ。

 その自覚がようやく芽生えたのは、この女にとって人生で大きな収穫だろう。


「……だが残念だな。お前が自分の存在価値をもう少し早く理解できていたら、お前の今日までの人生はもっと華やかだっただろうに」


 私は残念がりながら、女を再び掴んで持ち上げる。


「しかし、私の糧になる名誉を考えたら、そんなことは些細な問題だ。要は最後の結果が大事なのだ。お前はその命を捧げて私の糧なる。その最大の結果の前には、それまでの事なんてどうだっていいんだ」


 女は私の言葉に感動したのか、目を見開きながら大量の涙を流す。


「おお、そんなに嬉しいか! だったらこれ以上待たすのも酷というものだろう! さあ、その命を、私に捧げるのだ!」


 私は女の首に狙いを定め、自慢の牙を近づける。


「――随分と気味の悪い趣味をしてるのね。吸血鬼って、みんなそんな感じなの?」


 その時、突然背後から聞き覚えの無い声が聞こえた。

 慌てて振り返ると、そこには美しい少女がいた。しかし見覚えはない。


(誰だこの女は!? いや、それ以前に……いつから私の背後にいた!? なぜ私の正体を知って……)


 その時、私はこの女の正体を導き出した。


「そうか、お前が侵入者か。ここにいるということは、ラルクは敗れたか。使えん奴だ!」


 私が役立たずに悪態をついていると、女は小さく首を傾げた。


「ん~、私は確かに侵入者だけど、どうも勘違いしてるみたいだね」

「勘違い、だと……?」

「あなたの部下を相手してるのは私の相棒。ほら、まだ音が聞こえるでしょう?」


 少女に言われて耳を澄ますと、確かに上の方から争っている音が微かにまだ聞こえている。


「……なるほど、入り口で暴れているのは囮か。そっちに全ての注意が向いているうちに、お前が私を仕留めるつもりなのだな」

「そういうこと。抵抗されるのも面倒だから、大人しく殺されてね」

「殺すだろ? この私を? はははは、これは笑える冗談だ! 吸血鬼である私を、お前のような華奢な女が殺せると思っているのか!」

「信じられないなら、試してみる?」


 そう言った少女の目は真剣そのものだった。

 その時、ぞくりと私の体が震えた。


(なんだ、これは……。まさか、怯えているのか……? この私が、この世の頂点に君臨するこの私がぁ!?)


 そんな事はありえないと自分に言い聞かせ、私をこんな気持ちにさせた少女を睨む。


「この私に、そんな強気な態度を取ったことを、後悔させてやるぞ女ぁ!!」


 私は掴んでいた女の首に勢いよく(かぶ)りつく。


「ああ、ああぁぁぁぁ…………」


 女は小さく息を漏らしながら、血と一緒に生気を失っていく。

 その様を見ていた牢屋の女達が悲鳴を上げる。

 私は一滴残らず女の血を吸い上げた。


 ドクンッ――。


 次の瞬間、心臓がはねて全身が熱を帯び始める。

 力が(たぎ)る。溢れる!


「――ハハ、ハハハハッ! この高揚感は、何度味わってもイイものだッ!」


 実に気分がいい! この何物にも代えがたい気持ち良さは、吸血鬼だからこそ味わえる特別なものだ!

 これこそが、私が世界を統べる選ばれし者だと証明する、何よりの証だ!


 私は抜け殻になった女を投げ捨て、侵入者の少女に向き直る。


「どうだ? これが本気の私だ。この圧倒的力な前には、何人たりとも抗うことはできない! お前も、私の糧となるのだぁああ!!」


 私は音を置き去りにする速度で、少女に飛び掛かった。

 本気になった私から逃れられる者などいない。抗える者などいない。

 私は一瞬の内に少女を掴み、拘束した。


「はは、捕まえたぞ! これでお前も私のも――」


 ヒュッ――。


「……は?」


 突然、私の身体に衝撃が走った。

 訳も分からず衝撃が走った場所に目をやると、少女の手が……私の胸を貫いていた。


「あなたの存在は、もう世界に必要とされていない。ここで終わらせてあげる」

「何を、言っている? 私は、この世界を統べる者……。選ばれし存在なのだぁぁああああああああ!!!!」


 私は少女の頭を鷲掴みにする。

 吸血鬼は心臓を貫かれたぐらいでは死なない。

 このまま頭を握り潰してやr――。


「往生際が悪い」

「ぐああああああああ!?」


 力が……抜けていく!?

 なんだ、これは……どうなって、いる!?

 まさ、か……この女ッ!?


「まさか、貴様は……私と同じ――!?」

「最初から大人しく殺されてれば、そんなに苦しまなくて済んだ。……まあ、あなたが今まで殺した人達の痛みだと思って、受け入れてね?」

「ああ、ああああぁぁぁぁ――……」



 ◆     ◆



「よう。終わったようだな」


 牢屋に捕らわれてた女性達を眠らせて並べていると、ダイアがやって来た。


「そっちは大丈夫だった?」

「ああ。あの程度の奴なんて、俺の相手にもならねえ。むしろ注意を引き続けるために手加減する方が大変だったぜ」

「でもそのおかげで、私はこっちに集中できた。ありがとうダイア」

「どういたしましてだぜ!」


 ダイアは屈託のない笑顔を私に向けてくる。

 そういうところがダイアの良いところだ。


「それで、何してるんだ?」


 寝ている女性達を並べている私を、ダイアは不思議そうに覗き込んでくる。

 私はダイアにここで起こった事を話し、説明を続けた。


「この人達は見たくないものを見過ぎた所為で、ほとんど心が壊れてる。だから、心を少し治療する」

「どうするんだ?」

「記憶を少しだけ書き換える。この人達はここに入れられて、それから私達が来るまで一切何もされなかったし見てこなかった。そういう記憶にする」

「なんでそんな細かくてめんどくさい事するんだ? 記憶を書き換えるなら、吸血鬼に連れ去られたこと自体無かったことにもできるだろう?」


 確かにダイアの言う通り、細かく記憶を書き換えるくらいなら、まとめて消してしまう方が楽だ。

 でも、それを出来ない訳がある。


「そんなことをしたら街に戻った時、周囲の人達と記憶の矛盾が起きちゃう。この人達がもしその矛盾を自覚したら、消した記憶が戻っちゃうの。だから吸血鬼に連れ去られた記憶は残しておかないといけない」

「ふ~ん、記憶の操作って難しいんだな」


 ダイアの言う通り、記憶の操作はとても難しく複雑だ。

 記憶は個人の所有物だけど、同時に周囲に影響を及ぼす物でもある。

 記憶を操作しても記憶の矛盾を自覚してしまったら、操作した記憶は元に戻ってしまう。

 だから操作するのは、この場所にいた記憶だけだ。

 この場所の出来事を知っている人間は街にはいない。だからこの人達が街に戻っても、記憶の矛盾を自覚する可能性はまずないだろう。


 私は一人一人の頭に手を当てて、記憶を書き換えていく。

 記憶を書き換える部分は決まっていたので、それほど時間は掛からなかった。

 記憶の書き換えを終えた私達は、女性達を屋敷から運び出して街まで送り届けた。


 ………………

 …………

 ……


 街に戻った私達はとても感謝された。特に、助けた女性達の家族や恋人達だ。

 大粒の涙と大量の感謝の品を渡されたけど、正直要らない……。旅の邪魔になると理由を付けて丁重に断った。

 すると今度は、感謝の品の代わりと言ってお金を持って来た。お金なら困らないと思ったのだろう。

 でも正直に言うと、私はお礼が欲しくてこんなことをしたんじゃない。だから最初から何も受け取るつもりは無かった。

 再び断ろうとしたら、ダイアがそっと耳打ちしてくる。


「受け取っておけよサク。多分そうしないとこの場は収まらないぞ」

「でも……」

「間接的にとはいえ、俺達は人助けをしたんだ。お礼を受け取らない方が失礼だと思うぞ。それに、お金はあって困る物じゃないだろう?」

「……分かった」


 ダイアに言われた通り、お礼を受け取ったことでその場は収まった。

 その後、吸血鬼の情報をくれた酒場兼冒険者ギルドに顔を出す。

 カウンターに着くなりあの厳つい顔の店員、もといギルドマスターが話しかけてきた。


「話は聞いたぜ。まさか本当にあの吸血鬼を倒すとはな。『吸血鬼ハンター』の称号は伊達じゃないってことか!」


 冒険者のギルドカードには登録した情報が書かれていて、冒険者の身分証明書にもなっている。

 そして一定の功績を納めた者には、冒険者ギルドから固有の称号が与えられる。

 私とダイアに与えられた称号は、『吸血鬼ハンター』。

 吸血鬼を倒し続けた結果、いつの間にか勝手に付けられていた。


「その呼ばれ方は、あんまり好きじゃない……」

「というわけだマスター。俺達のことはあまりその名で呼ばないでくれ」

「称号は冒険者にとって名誉のはずなんだが……変わった奴らもいたもんだ」


 そう言ってマスターは私達のギルドカードを預かって店の奥に行ってしまう。

 しばらく待っていると、ギルドカードと一緒にお酒の入ったグラスと革袋を持って来て、私達の前にドンッと置いた。


「報酬だ。受け取れ」


 革袋の中を確認すると、大量のお金が入っていた。


「またお金……」

「また?」

「ああ、気にしないでくれ。それよりマスター、この酒は?」

「俺からの奢りだ。あの吸血鬼には散々手を焼かされていたから、お前達が倒してくれて本当に助かった。遠慮しないで飲んでくれ。……因みに、店では出さない特注品だぞ」


 グラスを回して匂いを嗅いでみる。

 とても芳醇で、鼻腔を(くすぐ)るいい香りだ。

 お酒に詳しくない私でも、とても良い物だとすぐに分かる。


「いいのか? そんなもの俺達に出して」

「いいんだ。これは俺からの感謝の証だからな」


 マスターはニカッと笑顔を見せる。

 元々が厳つい顔だった所為か、いい笑顔とは言えない造形だった。

 でも、心から私達に感謝している。それだけはしっかりと伝わってきた。


「……そう言うことなら、有り難く頂こう」

「そうね……」

「「乾杯」」


 私とダイアは互いを見つめながら軽くグラスを合わせ、お酒をゆっくりと飲み進めた。


 お酒というものは不思議だ。飲めば様々なことを起こさせる。良いことも悪いことも……。

 しかし総じていいお酒というものは、人の心を幸福にしてくれる。

 その日の夜はとても気分が良く、いつもより暖かかった気がした。


 ………………

 …………

 ……


 あれから数ヵ月後、新たな吸血鬼の情報を得た私達は、大きな都に来ていた。


「情報によると、この都では夜な夜な一人で出歩いていた若い女性が襲われているそうだ」

「……だったら、今度は私が囮になるわ」

「それじゃあ俺は、近くで隠れながら合図を待とう」

「頼んだわよ、ダイア」

「任せとけ、サク!」


 今日も私達は、この世界に蔓延(はびこ)る吸血鬼を探す。

 それが、私の贖罪(しょくざい)だから……。

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