プロローグ
暖かい日照りの後、若しくは夜の帳が下りる前。オレンジとピンクに紫色の陽光が夏空を彩り湿気を含んだ風が私の全身に纏わり付いていた。
「とても良い日」
朝から長い時間お風呂に入って、昨日買ったばかりのコーヒー豆を自分で挽いてサイフォンで淹れて飲んだ。
朝食はほうれん草と鶏肉のキッシュとブルーベリージャムをたっぷりとつけたトーストにフレークカットのヴァージニア煙草。
お昼にはお気に入りの定食屋でお腹いっぱいになるまで豚カツ定食を食べて、くちくなったお腹を摩りながら家に帰って軽く眠った。
気分良く目覚めたらまたコーヒーを飲んで、近所の川を散歩して、暖かい日光を浴びて、ぬるい風に僅かな涼しさを感じながら街の中でも一等高いビルの屋上に私は居る。
アリの様に小さくなった人達を見ながら、群れて小川のように流れる自動車の行列を見ながら甘ったるいシガレットに火を点けた。
年に一度。この日、この時間で無くてはならなかった。
一生に一度。この日、この場所でなければならなかった。
全部、私が決めたこと。人生を諦めきれずに、しかし努力する気力さえ消えていたあの頃と違って。
社会に絶望し、重荷に潰されていたあの頃と違って。
「私が幸福に死ぬ為に」
逃げるためではない。完成させる為に。
未練など無い。満足する為の最期を。
「めいいっぱいの愛を」
根元まで吸い切ったシガレットの吸い殻を地面に捨てて、私は生死の境目に飛び込んだ。
「神へと捧ぐ」
頭から真っ逆さまに。嫌な浮遊感を感じながら、たったの数秒の間に。
子供の頃、父親に貰った拳骨よりも遥かに強い痛みと衝撃の中で私は永遠の眠りに就いた。