A concentration love from a new queen:婚約破棄と職場追放
貴族の階級とか勉強しつつ、頑張って書きました。
コウコウハクシダン。
世界有数の巨大な王国・テキティリア。
ここで発展しているのは、錬金術という技術。
物質と物質を掛け合わせ、新たな物質を生成する力だ。
数百年前、錬金術で作られた無敵の鉱石・サイコモンドは、今なお世界に求められる素材である。
サイコモンドが、それを創り出す錬金術師が、世界を牛耳っていた。
時代は今、錬金術師と聞くだけで黄色い声を上げるのだ。
世はまさに、大錬金術師時代!
――というわけで、やっぱり流行には乗るべきだ。
伯爵家の長男に生まれた僕は、必死で勉強して、ただいま錬金術院にいる。
錬金術院はすごい。
なんせ、ここではサイコモンドが作られている。
しかも現在では、サイコモンドを越える鉱石も作られている。
ちなみにこれは、国内外で言いふらしたら死刑の極秘情報だ。
「あーあ、僕もサイコモンドが作りたい」
錬金術院に入って、早五年。
僕は頑張っているけど、未だに雑用ばかりさせられていた。
錬金術院に入ってくる物質、もう使われた物質の計算とか。
上層の人が作った素材を、街の道具屋さんに売ったりとか。
錬金術師? みたいな仕事ばかりだ。
でも、僕は負けないよ。
絶対にサイコモンド作れる錬金術師になる!
そして、お父様やお母様の期待に応えるのだ!
「えーっと、なんだこれ……これはこれでハンコぽんぽんして、それでこっちはこうで……ぽんぽんしとこう」
それにしても、今日はいつになく仕事が多い。
隣のテーブルの100倍くらいある。
いや、隣のテーブルが少ないのか?
テーブルの大きさの問題か。
もしくは書類がデカいのか……まあいいや。
そんな感じで仕事をしていたら、誰かがやってきた。
なんと、僕の婚約者である侯爵家のご令嬢、レベッカ・フォン・アルジェンツィアノ様である。
一体なぜここに!?
「ごきげんよう、マイケル・フォン・マクグリン様。端的に申しますと、マイケル様」
「レベッカ様! どうしてここへ?」
「いえ、気まぐれですのよ。あなたのお仕事ぶりを拝見させて頂きたかったのですわ」
「へぇ、そうなんですか。しかし、僕の仕事はつまらないですよ?」
レベッカ様はニコニコしながら、僕の隣の席に座った。
すごくご機嫌みたいだ。
なんだか気合いが入るぜ、この単調な雑務に。
「…………」
レベッカ様は黙って見ている。
ニコニコしている。
僕はバリバリに仕事した。
「…………」
チラッと眼を合わせると、彼女はちょっと微笑んでくれた。
かわいい。
やっぱり持つべきものは(自分より爵位の高い)婚約者だよね!
「……少しよろしいかしら、マイケル様」
「はい? なんでしょう」
「今、エッチなことをお考えになりませんでしたこと?」
なにも考えてなかったのに、いきなり言われてしまった。
頭の中に、無意識の打算があったことは認める。
だけどエッチなことを考えた覚えはない。
「またまた、レベッカ様はご冗談がキツいですね。僕は健全です」
「健全ですの? それじゃあ、エッチなことを考えていたのですわね」
「えっ、違いますよ。いつでもどこでも、所かまわずエッチなことを考えるのは、健全とは言いませんからね。それは不潔です」
「不潔ですのね……失望しましたわ、マイケル様」
ふと、レベッカ様が立ち上がる。
彼女はすごく嫌な顔をしながら、僕に告げた。
「婚約を破棄いたしますわ、マイケル様。ごめんあそばせ」
「!?…………なんで!?」
「あなた様のご両親も、もう承諾なさっていますわ。わたくしのお父様も『いい』って仰いましたので、ごめんあそばせ」
「良くないですよ!! なんでですか!!」
さっきまで天国に居たはずが、いきなり地獄に突き落とされた。
先に承諾を取っていた=前から婚約破棄を決めていたってことだ。
それを言いに来たのか、まさか……レベッカ様はいつから、そんなことをお考えに?
「あ、あの、レベッカ様! いつから……」
「それと、もうひとつ」
「まだですか! なにがあるんですか!?」
「マイケル様、クビですの。『錬金術院から出て行け』と、お父様から言伝を預かっております」
「えーーーーっ」
もう訳が分からないよ。
僕は瞬時に失神して、その先は覚えてない。
――
「う、うーん……ここは?」
見知らぬ天井。
周りをキョロキョロして、自分の身になにが起こったのかを探る。
そ、そうか……
僕は失神して……
今、僕がいるこの場所は、どうやら街の治療院のようだ。
窓の外に見える景色が、そう語っていた。
ふと、手が震えているのを感じた。
相当のショックだったみたいだ。
だけど、あんなこと現実に起きるなんて……
いや、現実じゃないだろう。
きっと悪い夢を見たんだ。
よし、それを期待することにするか。
グッと拳を握りしめた時、コンコンと部屋の扉がノックされた。
「失礼します、マイケル様」という声のあとで、看護師の人が入ってきた。
彼女は僕ににこやかに笑いかけてくれる。
「具合はどうですか? いえ、良くなさそうですね。無理もありませんね」
「無理もないって、どういうことですか……」
「婚約破棄と職場追放からの失神ですから、地獄から帰ってきた人みたいな顔してますよ」
「えっと……そのセリフ、ちょっと無理があると思いませんか?」
どう考えても、笑って言うことじゃない。
なんだその、それは、つまり展開が早すぎる。
もう一回だけ寝たら、今度こそ現実に戻れる気がするぞ。
「…………いや、現実なんですね。僕、なんにも無くなってしまった」
現実から逃げても、現実だから変わってはくれない。
受け入れると、とても虚しい感じがした。
今まで頑張ってきたのはなんだったんだろう。
僕が必死こいて歩いてきた厳しい道は、一体なんの意味があったのだろう。
喪失に心を貫かれた気分だ。
なんの気力も湧かない。
寝よう。
「おやすみなさい、看護婦さん」
「待ってください。あなたに会いたいという人を呼んでいます」
「え? 誰ですか」
「ウォーレス殿下です。もちろん私は失礼します、なにかあったら呼んでください」
殿下!?
え、じゃあ、ウォーレス・フォン・フォルモロ様!?
王太子!?
びっくりしてる間に、看護婦さんと入れ替わりで、殿下が入ってくる。
「ごき……ああもう、面倒だ! ようっ!」
「よう!? 殿下!?!?」
「なんだよ、マイケル。そんな地獄からの使者みたいな顔して」
殿下はフランクな挨拶とともに、颯爽と登場した。
まるで仲の良い友達みたいな気軽さだ。
なんと顔を笑われてしまった。
なんで殿下がこんなとこに来るんだろう。
この国の王子なのに……
忙しいはずなのに……
もしかして影武者だろうか。
「殿下。影武者ですか?」
「違う。あと、仮に影武者でもそんなこと聞くな」
「申し訳ございません……」
やっぱり本物の王子みたいだ。
どうしよう、まったく面識ないぞ。
なんで来たんだろう、こんな目まぐるしい一日の途中に。
僕はベッドから跳ね起きて、おそるおそる口を開こうとした。
黙っていたら失礼にあたるし、とにかく頭を下げてないと。
今度はクビどころか、首だけになってしまう。
そんな僕を見て、殿下は笑った。
「はっはっは、お前は面白いやつだ! さすがは婚約破棄と職場追放からの失神を経験した男だ!」
「うわーっ、やめてください! それは言わないで!」
「よし。じゃあ面白いことを教えてやろう」
なんの?
と聞く前に、殿下が言葉を続ける。
頼んでもないのに、面白いことを教えてくれた。
「実はな、レベッカが婚約破棄を言い出したのは、俺と結婚するからなんだ」
「え?」
「でもこんな結婚、そもそも父上が勝手に決めたことだからな。俺が本当に結婚したいのは、隣国のしがない冒険者の娘だ」
「え?」
「俺はその子と愛のある結婚をして、ふたりで子どもを育てるんだ。まあ、子どもは三人ってとこだな……バランスの良い数字だ、三は。あとは四か六か十二だが、まあ彼女の負担を考えたら、三人ってとこだろう。それ以上は……まあしかし、愛が行き過ぎるということもあるのか。やっぱり四か、うん……長男と、次男と、長女と、次女と」
「ちょっと、なんの話ですか」
聞いていないことを喋るのが好きな殿下。
それはそれとして、彼は話を戻す。
「で、だ。レベッカの不祥事の証拠を掴んだから、それを証言してくれよ」
「不祥事!? それってなんですか!?」
「お前の仕事量、やけに多かっただろ。すべては仕組まれたことだったんだよ、あの女に……やつはお前を捨てるために、わざとお前の評価を落とさせた」
そ、そんな……まさか僕は、五年もそんな工作を受けていたのか……
名だたる侯爵の中でも、特に錬金術院に対して力を持っているレベッカ様の家。
僕の仕事量を増やすくらいは、朝飯前だったのだろう。
寝起きの思い付きで「やっといてー」って言ったら出来る。
「復讐したいだろ? レベッカはお前を捨てた女だ。なあ、マイケルよ……」
「は、はい…………っ、僕はあの女を許さない!!」
「よしよし、良い子だ。じゃあさっそく行こう」
かくして、僕は王子とともに、レベッカ様へ復讐しに向かった。
目指すはレベッカ様の実家――!!
――そんなわけで、やって来たのはレベッカ様の実家。
お城であるゆえ、すごく大きい。
僕と殿下はその入り口に立って、警備の兵に話をつけた。
「おらぁ! 俺はこの国の王子だぞ!」
「ヒェ……すぐにお通しします」
さすがは王子だ、すぐに通してもらえた。
レベッカ様の婚約者でもあるし、なおさら無下には扱えないのだろう。
兵は魔電話を使って、城の人にすぐ連絡してくれた。
かくして出てきたのは、偉い人――ではなく、レベッカ様ご本人だ。
彼女は殿下を見て、とてもニコニコしていた。
「ようこそおいでくださいましたわ、殿下! さ、わたくしのお部屋にいらして? お話したいことがたくさんございますの! すでにお茶の準備もさせて頂いております」
「よし、行こうか。ところで茶の種類は?」
「ふふ、アールグレイでございますわ。殿下はアールグレイがお好きだと聞きましたので……」
「なんだそれ、俺はジャスミン一筋だぞ」
ああ、すごくウキウキしてるよ、レベッカ様。
僕ってなんなんだろう……敗北者なのかな。
どうにか取り消すことはできないだろうか、婚約破棄。
って、いかんいかん。
あまりにもレベッカ様がかわいいから、復縁したくなってしまった。
許しちゃおけない悪女だぞ、レベッカ様は。
そうだ、もうレベッカって呼び捨てにしよう。
「ところで、マイ……マイなんとか様まで連れてきたのですか」
ふと、レベッカ様……レベッカが僕を見る。
絶対に名前を覚えてるはずなのに、ひどい敬遠の仕方だ。
普通にしんどくなった、僕って惨め。
「マイ様、お帰りくださいませ。わたくし、昔の男には興味がございませんことよ」
「そ、そうは言っても! 僕はレベッカ様の婚約者ですから!」
「元、ですわ」
「今もそのつもりです! 僕はあなたのことが好きです、レベッカ様!!」
感情が高ぶり過ぎて、つい告白してしまった。
すると驚いたレベッカ様は、パッと俯いた。
彼女は頬を赤くして、お黙りになる。
ああもう、かわいいなぁ。
でも、もう一回顔を上げた時には、照れ怒りしていた。
頑張って眉を吊り上げている。
「わたくしの心は、もうマイケル様の下にはありませんのよ。今は殿下しか愛していませんわ」
「ということは、前は僕のことを愛してたってこと!?」
「そうとは申しておりませんわっ! お帰りくださいませ!」
怒ってるレベッカ様もかわいいなぁ。
もう復讐はいいか、十分に満足したから。
ふう、帰るか……
というわけで、満たされた僕は踵を返す。
すると、その肩を殿下に掴まれた。
「とりあえず、中に入って話をしよう。俺はマイケルと一緒がいい」
「殿下がそうおっしゃるなら、イヤとは申しませんわ」
中に入る感じになってしまった。
あ、でも、レベッカ様のお部屋に入れるのか。
これって、もしかして脈あり!?
――高貴なるお茶の匂いがする、良い部屋。
上品な女性らしいタンスや、薄いカーテン付きのベッド。
クリーム色のカーペットと壁に、部屋の中央に瞬くシャンデリア。
色んなところに、たくさん鏡がついているのも、なんだか女性的だ。
まるで紀元前からそこにあったような、部屋と馴染んで一体化しているソファに座った。
これから先も絶対にこの部屋の一部でありそうな、趣きあるテーブルを囲んで。
「うん……色んな女の部屋を見てきたが、レベッカは高得点だな」
「まあ、お褒めに預かり光栄でございますわ。ふふ」
「84点だな」
殿下は不躾にキョロキョロして、偉そうに得点を付けている。
正直、なんか腹が立った。
まあ偉いからね、偉そうにしても問題ないけどね。
そこで言うと、僕なんかの点数付けは甘いよ。
1000点もあげちゃう。
ぜひ一緒に暮らしたい。
「で、レベッカ! 本題だ!」
殿下は膝を打って、身を乗り出す。
レベッカ様は少しだけ肩を浮かすと、もじもじしながら言った。
「あっ……はい、その、おデートの日取りでございますね……殿下はお忙しいでしょうから、わたくしは殿下に呼ばれたら、いつでも馳せ参じましてよ!」
「おデート? そんなことじゃないけど」
「え…………っ!? そ、そんな…………」
僕、殿下を殴りたい。
レベッカ様の期待を裏切りやがって、この野郎!
どう考えても、レベッカ様はラブラブ♡を求めてるだろうがッ!
仕方ない、僕が代わりにデートしよう。
「それじゃあレベッカ様。明日の朝4時から、明後日の0時までデートしましょう。デートプランは一緒に考えましょう」
「え…………イヤです…………」
「そう言わないで、そんなイヤな顔しないでください」
「なぜマイケル様とおデートしなければいけないのですか? 帰ってくださいませ」
「そうですか」
刹那、殿下が膝を打った。
僕とレベッカ様の視線が、そこに集中する。
「レベッカ。お前、マイケルに仕事を負担させただろ。そして評価を下げただろ」
「え?」
「お前を詐欺罪と器物損壊罪で訴える! 理由はもちろん分かってるよな? お前がマイケルをこんなウラ技で騙し、婚約を破壊したからだ! 覚悟の準備をしておいてくれ。ちかいうちに訴える。裁判も起こす。裁判所にも問答無用できてもらうぜ。慰謝料の準備もしておくことだ! お前は犯罪者だ! 刑務所にぶち込まれる楽しみにしておけ! いいな!」
すごい勢いで捲し立てた殿下に、レベッカ様はなにが起きたか分からず、呆然とする。
だけど彼女は健気で、殿下にギロリと睨まれると、ニコっと微笑んでみせた。
そして、殿下の表情が変わらないと知るや否や、にわかに縋るような顔になった。
「で、殿下……? わたくし、そのようなこと……していませんわ?」
「したんだよ、お前は。ウラ技を使ったんだ」
「い、いえ、きっと……なにかの間違いですわ。だって、わたくしには覚えがありませんもの!」
レベッカ様は、あくまで笑みを崩さないように心掛けていた。
なぜなら、それがお嬢様の気品というものなのだ。
特に殿下の前では、醜態を晒したくなかったのだろう。
「お願いですわ、信じてください!」
しかし、それも長くはもたなかった。
彼女は懇願する時、泣きそうな顔でそう言った。
自分の身の潔白を証明するために、愛する殿下へ縋った。
殿下は動じない。
いつもフザけているだけに、厳しい表情により威圧感がある。
絶対に許さない人の顔だ。
「お前は犯罪者だ」
レベッカ様は犯罪者なのだろうか。
正直、かわいそうだ。
僕が許してあげれば、裁判なんか起こさずに済むのでは?
よし、許してあげよう!
「殿下、僕はレベッカ様を許します! いいですね!」
「なんだと!? マイケル、お前は自分がなにをされたか分かってるのか!!」
「婚約破棄と職場追放からの失神です!! それがどうしたって言うんですか!?」
哀しいかな、僕はレベッカ様を愛しているのだ。
レベッカ家の爵位もだけど、なによりレベッカ様を愛している。
もしもレベッカ様が平民に落とされたなら、僕も平民になる覚悟だ。
婚約破棄がなんだって言うんだ!
「僕はレベッカ様の元婚約者です!! 彼女の幸せを願いこそしても、不幸に引きずり込むようなマネはしたくありません!! なぜなら、僕はレベッカ様を、心から愛していたから!!」
「マ、マイケル様……っ!」
「殿下には申し訳ありませんが、復讐云々は無かったことにしてください! 僕は殿下に負けた男だ、潔く引き下がることにします! レベッカ様を幸せにしてあげてください!」
言った…………!!
僕は言ったんだ、もう悔いはない!
殿下に無礼な口をきいて、ここで殺されてもいいさ!
ただ、レベッカ様を愛していることだけが本当ならば!
それさえ伝われば!!
殿下は僕の眼を見て、見て、見た。
見続けた。
僕は目線を逸らさなかった。
果たして、本気の意志は伝わったようだ。
ふいに殿下は溜め息を吐いて、やれやれと首を振る。
「マイケル、お前には負けたよ。まったく、クレバーな男だぜ」
「分かってくれたんですか! 良かった!」
「ああ……そこまではっきり言われちゃあ、俺も話を進められないからな」
よしっ!!
これでレベッカ様は無罪だ!
「良かったですね、レベッカ様! ああ、これで僕は満足です……それでは失礼します」
カッコつけて、僕は立ち去ろうとした。
こういう時は潔いほうが良い。
ここで復縁しようとか言い出したら、台無しになりかねないしな。
「あ、あの……! お待ちくださいませ、マイケル様! わたくし、貴方様に謝らなければ……」
「なにも気にしていませんよ、僕は。むしろ一時とはいえ、こんな情けない男の婚約者になってくれたことを、感謝したいくらいです」
「そんな……わたくしはマイケル様を、そんなふうに思ったことはございませんわ!」
レベッカ様が必死の声でそう言った。
えっ…………!?
そ、それって、もしかして!?
「いえ……思ったことは、一度か二度しかございませんわ!」
「思ったことあるじゃないですか」
刹那、殿下が膝を打った。
僕とレベッカ様の視線が、そこに集中する。
彼はクククと笑って、おもむろに語り始める。
「あーあ、せっかく順調にいってたのになぁ……」
「!?」
「まさかマイケルが、そんなことを言いだすとは。王子である俺の計算を狂わせるとは、やってくれるじゃねーか」
な、なんだ!?
殿下の様子がおかしい!!
「真実を教えてやろう」
「真実…………!?」
「そうだ……まず、レベッカは無実だ」
「なんだってぇ!?」
レベッカ様は無実だったのか!!
ど、どういうことだ!?
それじゃあ、なぜ僕は仕事の量が多かったんだ!?
レベッカ様のほうを見ると、彼女は不安そうに首を振った。
本当になにも知らないみたいだ。
なら誰が仕組んだんだ、こんなこと!
「マイケル……お前の仕事が多かったのには、別の理由があるんだよ」
殿下は気味の悪い笑みを浮かべて、ゆっくりと真実を語る。
僕は生唾を呑み込んで、それを聴いた。
「お前は――仕事が遅い。無能だった」
強烈な一言だった。
その瞬間、僕は失神しそうになった。
でも、なんとか堪える。
まさか、僕が無能だったなんて……
いや、でも待てよ。
そう考えると、すべての辻褄が合う!!
「つまり、僕が錬金術院をクビになったのは……」
「無能だったからだ」
「レベッカ様が僕に失望したのは……」
「眼がいやらしいのと、無能だったからだ」
今、すべての謎が解けた。
そうか……すべては僕自身が招いたことだったんだ…………
僕は無能なんだ!!
でも、それならレベッカ様が仕組んだわけじゃないってことだよね。
良かった。
レベッカ様は悪女なんかじゃなかったんだ!
「レベッカ様、良かったですね!」
「マイケル様……貴方はそれで良いのですか……?」
「うん。僕はレベッカ様が悪くないってだけで十分ですから。だって僕はレベッカ様が大好きですからね」
「え!? えっと、あのっ……そ、その……あまり真正面から好意をお伝えにならないでくださいませ!」
レベッカ様は頬を両手で覆って、上品に照れた。
かわいい。
やっぱり復縁したいんだけど、ダメかなぁ。
刹那、殿下が膝を打った。
こればっかりやってるな、この人。
「やっぱりラブラブなふたりを引き裂いて、エヌティーアーるのは難しいもんだな!!」
「エヌティーアーる、だって!? ま、まさか!!」
殿下は悪い笑みを浮かべた。
「そうだ!! 始めから俺はそのつもりだったんだ!! マイケルからレベッカを奪って、飽きるまで遊ぼうと思ってたんだよ!!」
その時、僕は確信した。
この男こそがすべての元凶、復讐すべき相手なのだと!
今こそ復讐の時!
「許さん、このクソ王子が!!」
「なんだ? 剣なんか抜いて……それより俺の剣を見てくれ」
いきり立つ僕に対して、クズ殿下も剣を抜いた。
ふたりの自慢の剣が向き合って、今、雌雄を決しようとしている!!
殿下の剣と、僕の剣が交差する。
今まさに、その時だった。
「……ッ!」
突然、僕の体がふわりと宙に浮いたかと思うと、そのまま後方へと投げ飛ばされた。
そしてその勢いで、僕は椅子を巻き込みながら派手に転倒する。
一体何が起きたのか分からず混乱している僕をよそに、殿下がにじり寄ってくる。
「魔法を使うのは許してやるぞ。ただし、使えればの話だがなぁ!! バーカ!!」
「ぐわぁ!!」
再び殿下の一撃を受け、今度は壁に叩きつけられる。
痛い……! 骨が何本か折れているかもしれない。
魔法とは、生まれで使えるかどうかが決定するものなのだ。
僕の家は、魔法が使える家系ではない。
だから当然、僕は魔法なんて使えないし、それどころか魔力すら持っていないはずだ。
「マイケル様!!」
レベッカ様が僕の名前を呼ぶ。
彼女は治癒魔法が得意だ。
彼女の力を借りれば、この怪我もすぐに治るだろう。
しかし―――。
「うるさい女だ」
「きゃああああっ!!」
そう言い放った殿下は、躊躇なくレベッカ様に斬りかかったのだ。
彼女が座っていた椅子ごと真っ二つに切り裂かれ、床には血溜まりができていく。
「レベッカ様!! うっ……」
立ち上がろうとした途端、鋭い痛みが全身を襲う。
おそらく、今の衝撃で肋骨にもヒビが入ったようだ。
「お前はそこで大人しく見ていろ」
「くぅ……!」
殿下の言葉通り、僕はその場から動けなかった。
「さあ、レベッカ解体ショーの始まりだ」
そう言って、殿下が再び剣を構える。
まずい、このままではレベッカ様が殺される……!
こうなったら、錬金術を使うしかない!!
うおおおおおッ!!
「うおおおおおッッッ!!」
「な、なんだ!?」
錬金術によって、僕の剣と殿下の剣が融合していく。
すると、次第にその大きさを増していき、やがてそれは一振りの大剣となった。
「おぉ……!」
「な、なんだこれは! まさか錬金術なのか!?」
「ああ、そうだ! 僕は錬金術師だ!!」
大声で叫びながら、僕は殿下を突き飛ばした。
彼は慌てて態勢を立て直しながら、僕を見つめてくる。
「馬鹿な……、ありえない。こんなこと、絶対に起こり得ないはずなのに……」
どうやら彼は、まだこの状況を信じられないらしい。
無理もない。
今まで「バーカ」とか言って、ずっと見下してきた相手に、こうやって追い詰められているのだから。
「もう終わりです、殿下」
「ふざけるなぁ!! そんなわけあるかぁ!!!」
逆ギレしたように叫んだ殿下は、なんとこちらに向かって走り出した。
そして両手を前に突き出すと、炎の塊を生み出し、それを僕に向けて放つ。
「喰らえぃ!!」
「無駄ですよ」
「ダニィ!?」
錬金術によって生み出された大剣を横薙ぎに振るい、迫り来る炎を両断する。
さらにそのまま勢いを止めることなく前進し、彼の体を一刀のもとに切り伏せた。
「ぐわぁ!!」
「これで終わりです」
地面に倒れ込んだ彼に近づき、止めを刺そうと剣を振り上げる。
そして――大剣の先を、殿下の顔に近い床へ突き刺した。
僕には殺せなかったのだ。
レベッカ様の愛する人を、殺すことはできなかったのだ。
「くそ……、何故だ……? どうして俺を殺さない?」
「貴方を殺すつもりはない」
「……」
殿下は黙ったまま動かない。
死んだふりをしているのかと思ったけど、どうやら違うみたいだ。
「とことん甘い男だな、マイケル。その甘さは、いつか自分の首を絞めるぞ」
「ええ、そうかもしれませんね」
「ふん……だがまあ、今回は俺の負けだ。レベッカはくれてやろう」
そう言うと、殿下は僕をどかして、ゆっくりと立ち上がった。
そしてレベッカ様へ回復魔法をかけると、彼女を僕の背中に預け、ゆっくりと部屋を出ていく。
「殿下、最後に一つだけ提案してもいいですか?」
「なんだ」
「僕に辺境の領地をひとつ下さい。そこでレベッカ様と暮らします」
「そうか……それなら、クッソ地形の悪い、なめくじの魔物まみれの大地をやろう。それでいいな」
これならきっと、レベッカ様も僕を見直してくれるだろう。
この領地を活かして、名誉挽回してみせるぞ!
――
そんなわけで、十年後。
無事に領地運営は失敗した。
僕はもうダメだ。
この領地は、いよいよ別の領主に取られようとしている。
良心的な話に乗っかりまくったら、いつの間にかこうなった。
土地を荒らすなめくじが居なくなった代わりに、僕の居場所がなくなった。
というわけで、僕とレベッカ様は領地を明け渡して、平民になろうとしている。
すごく惨めな末路だ。
名誉挽回もなにも、あったもんじゃない。
「ごめんなさい、レベッカ様。僕はダメ人間です……」
「知ってますわ」
「え?」
あれだけ多かった荷物を、最小限にまとめながら、レベッカ様は笑った。
「そんなところも大好きですわ、マイケル様」
結局、僕が手に入れたのはひとつだけ。
レベッカ様の愛だけだ。
実を言うと、戦闘シーンはAIのべりすとに頼りました。
ブックマークとか評価とか、なんか付けてもらえたら嬉しいです。