参上、流れ星の使者!
流れ星が光っている間に、願い事を三回唱えると、その願いが叶う――と言うのは、有名な言い伝えだ。それは、小学三年生の勉でも、知っている。
しかし、流れ星が輝いている時間は一秒にも満たない。その間に三度も唱えられるような、短い言葉をひねり出すのは、たぶん流れ星を見つけるより、ずっと難しい。
一富士二鷹三茄子ならどうか? とも思ったが、あれは縁起物であって願い事ではない。間違えてはいけない。勉が叶えたい願い事は、野菜ではないのだ。
窓辺から夜空をながめていた勉は、ふと思い付いた。願い事が長いのなら、光っている時間が長い流れ星を探せばよいのだ。まさに逆転の発想だった。「僕は天才かも知れない」と、うぬぼれるくらい素晴らしいアイディアだ。
いや、ちょっと待て。
ただでさえレアな流れ星。その中で、三秒も四秒も長く光るものは、もう超レア級だ。しかも光り始めを見て、「あ、これ長いやつだ」と気付くのは、まず無理だろう。たとえ見付けられたとしても、落ち着いて願い事を唱えられるとは思えない。きっとパニックになって、何も言えないまま見過ごすのがオチだ。何より、その流れ星が、夜空をスーッと横切るのではなく、自分の方へ向かって飛んできたとなれば、もはや願い事どころではない。
逃げなければ。
でも、どこへ?
「メテオストラーイク!」
技名とあわせ、「どーん!」と言う効果音まで口にして、その女の子は窓から勉の部屋に飛び込んできた。いや、顔を見たわけではないから女の子である確証は無い。しかし、彼女と衝突する寸前、勉の顔の前にあったのは、黄色い星柄のパンツと、そこから生える白い太ももだった。十中八九、女の子で間違いないだろう。
気が付くと勉は、床で仰向けになっていた。倒れた記憶が無いので、少しばかり気を失っていたのかも知れない。目の前は真っ暗だった。さらに、何か柔らかいものが顔に押し当てられ、呼吸困難になっている。
「これで君の願い、叶ったね。叶ったよね!」
女の子は言った。
なんのこと? と聞こうとするが、口をふさがれているのでもがもがと言う声しか出ない。
「うひゃあ、くすぐったい!」
女の子は笑い出した。
目の前がぱっと明るくなった。顔を押さえ付けていた何かが無くなり、勉はようやく息をついた。身体を起こしてみると、床に転がった女の子が、おなかを押さえながらケラケラと笑っている。膝を曲げた脚をはしたなく開いていて、星柄のパンツが丸見えになっていた。
女の子はひとしきり笑うと、ひいひい息をつきながら、身体を起こしてあぐらをかいた。そして、
「なんか、新感覚だった!」
よくわからない報告をする。
「えっと……」
まず聞かなければならないのは「君はだれ?」だろう。しかし、それでは足りないような気がする。なんと言っても、この女の子は普通ではなかった。
見たところ、高学年くらい。たぶん、勉より一つか二つ年上だろう。まあ、それは普通だ。星の形をした大きな髪どめで前髪を止めているのも、普通だ。ただし、おでこは普通よりも、ちょっとだけ広いかもしれない。
普通でないのは髪の毛で、透き通るような水色をしていた。染めたりかつらをかぶっているようには見えない。瞳は金色で、これもまた、あまり見かけない色だ。身に着けている服は、髪色よりもちょっと薄い青で、やたらとフリフリフワフワしたデザイン。
「なになに。今の、もう一回やる?」
勉がじろじろ見ていると、女の子はすっくと立ちあがり、チューリップのような形をしたスカートの裾をつまんで豪快に持ち上げた。またもやパンツが丸見えになった。なんなら、ヘソまで見えた。
「いや、もういいからしまって」
「む?」
女の子は首を傾げた。
「でも、これって君の願い事だよね」
「願い事?」
「うん。可愛い女の子のパンツを見たいって願い事」
「そんなの願った覚えはないんだけど」
確かに彼女は見た目こそ可愛いが、パンツをぐいぐい見せつけてくるのは、ちょっとどうかと思う。
「でもでも、男子はみんな女子のパンツを見たいはずだよ」
みんなは乱暴である。
「僕は、別に見たいって思わないけど」
「そうなの?」
女の子はスカートの裾をおろすと、右手をあごにそえてから何やら考えこみ、しばらく経って言った。
「なるほど。パンツじゃなくて、お金か!」
「なんのこと?」
「君の願い事。パンツなら自前でなんとかなるけど、お金はちょっと大変なんだよね」
女の子は言って、空中に手を伸ばした。すると手の平に光の粒が現れ、それはたちまち星と羽をあしらったピンク色の短いステッキに姿を変えた。一体、どんな手品だろう。
「すごい」
勉が驚いて言うと、女の子は少し気をよくした様子でにへらと笑った。
「びっくりするのは、まだ早いよ!」
女の子はステッキをくるくる回しながら、踊るようにステップを踏みはじめた。彼女が動くあとを星くずのような光が追い掛け、その様子がなんとも奇麗だったから、勉は思わず拍手した。
ところが、女の子は不意に動きを止め、正面に突き出した両手でステッキを水平に構えた。そうして、左手でステッキを撫でると、それは手の平の下で鈍く輝く片刃の剣に姿を変えた。刀身には軽くそりがあって、日本刀のようにも見える。しかし、柄頭には可愛らしい星と羽の飾りがそのまま残っていたので、なんともアンバランスな見た目だった。
「さあて、銀行ってどのへんだっけ?」
女の子は言って、凶器を持ったまま窓の外を眺める。
「待って」
勉はあわてて止めた。
「でも、魔法でお金を作ったらニセ札になっちゃうし、それならお金がある場所から奪ってこないと」
「僕は、お金が欲しいなんて一言も言ってないよ」
「ええ、うっそー。お金が欲しくないヒトなんているの?」
女の子は目を丸くして言った。
「ぜんぜん欲しくないってワケじゃないけど、理由もないのに知らない人からはもらえないし、銀行強盗して取って来たお金は、ちょっとこわい」
「君って、変なヤツだね」
女の子はあきれた様子で言うと、ファンシーな刀を空中に消し去った。
勉としては、その言葉をそっくりそのままお返ししたかったが、ややこしいことになりそうなので、もっと重要なことを聞く。
「君、だれなの?」
「私は流れ星の使者、流星少女キラン。君の願い事を叶えに来たんだよ!」
女の子はポーズを決めて言った。ウインクすると、星がキュピーンと飛んだ。
「僕は、高坂勉。小学三年生……じゃなくて、流れ星にする願い事って、そう言うシステムなの?」
「うん、アプデがあったから」
「アプデ」
「だって、流れ星が光ってる間に願い事を三回唱えるって仕様だと、無理ゲーすぎるもの」
確かにその通りだが。
「おかげで、ちょっと困ってたの」
「困る?」
勉は聞き返した。
「ほとんどアタリが出ないくじなんて、そのうちだれもやらなくなるでしょ? だから、流れ星界は今、空前の願い事不足になってるの。このままじゃいけないってことで、こっちから願い事を集めに行こうってことになったわけ。つまり、営業」
「営業」
わかったような、わからないような。
「とにかく!」
自称流れ星の使者は、勉の鼻先に人差し指を突き付けた。
「パンツでもお金でもないなら、君の願い事はなに?」
ヒトの願い事を、パンツかお金に決めつけてくるのはどうしてだろう。ひょっとして、願い事ランキングの一位と二位がそれなのか。だとしたら、まったくろくでもない世の中である。とは言え、願い事を叶えてくれるのなら、もうけものだった。
勉は願い事を言おうと口を開きかけた。そうして、「あれ?」と首を傾げる。
僕は、流れ星に何を願おうとしてたんだろう。