サイコロ爺
「さいころじいって知ってる?」
「さいころじい?」
私は聞き返す。コーヒーショップでの話だ。
「こんな字よ」
女の子はテーブルの紙拭きに『サイコロ爺』と書いた。
「サイコロの爺さん?」
佳澄が小首を傾げた。
「そうそう。でも注意して。詐欺だから」
「詐欺師のお爺さん?」
陽菜が言った。
「そうなの。
辺り構わず『サイコロ2個振って、合計が7がなら儂。8ならあんたがここのお代を払う』ってな賭けを仕掛けてくるの」
「それ……持ちかけられた方が有利じゃない?」
「その通り。合計7になる確率は6/36。対して8は5/36。だから爺さんの方が分が悪いわ。でもそれが狙い。
丁度サイコロもってるから試してみようか。振るよ……
9だ。次そっちの番。振ってみて」
サイコロを振る。
12。
その後、2回振ってようやく7が出た。
「負けた。おネェさーん、注文をお願い。
私、コーヒー。みんなも頼んで。負けたから今頼む分は私が払う。
そいで、爺さんは『今度は儂が6を先に出したら勝ち、7が出たらそちらの勝ちだ』ってまた言ってくるの。
これも爺さんのほうが分が悪いのね。
確率に強い人だと自分が有利だって分かるので乗っかってくる。
あー、このケーキおいしそう。頼んじゃおうか。おねーさん、ケーキ追加お願いしまーす。
さ、サイコロふるよ。あら8。
さっき出れば勝ちだったのに。残念!」
4回繰り返して、今度も私が先に7を出した。
「また、負けた~! 悔しい。
まっ、それでもお爺さんは『今度はそっちが7を2回か、こっちが8と6を1回ずつ、先に出した方が勝ちで勝負だ』って持ちかけてくる。
これが罠。今度は爺さんの方が有利なんだ。でうっかり受けちゃうと前の勝ちを全部取り返されちゃうのよ」
私は頭の中でなんでこの提案が前の2つとは逆にお爺さんが有利になるのか考えて見た。
正直、頭がぐらぐらして良く分からなかった。が、要は3回目を受けなければ良いのだ。
理解した。
任せなさい!
と、思っていると女の子が「噂をすれば」と声をひそめて言った。
見るとドアが開き、杖をついたお爺さんが入ってきた。
あれが噂のサイコロ爺かっ!
私たちは緊張して待ち構える。
お爺さんはよたよたと近づいてくる。そして、そのまま通り過ぎる。
「ありゃ?」
私たちは顔を見合わせる。
次の瞬間、私は叫んだ。
「あー、やられた!
食い逃げだ。完全な力業じゃんか!」
いつの間にか女の子がいなくなっていた。
2枚のレシートを残したまま。
2021/12/16 初稿
参考文献
『億万長者だけが知っている教養としての数学 世界一役に立つ数学的思考力の磨き方』(ヒュー・バーカー著 @ダイヤモンド社)