第二章 水森美玖の投身自殺 1
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城島光へのイジメはそれ以降も続いた。
直接的イジメではなく、嫌がらせ、それも悪質な嫌がらせだった。
まず彼の自転車にチェーンロックがかけられていた。これはもう鉄工所か建築現場に行って鉄筋カッターで切断するしかない代物だった。タイヤはパンクしないタイヤなので、そうでない者たちのようにパンクさせられることはなかったけれど。
彼は、いや彼女は人目も気にせずに、ダダをこねる幼子のように地面に座って足をバタバタさせて悔しがり、泣きながら、カッターナイフで首をちょん切ってやる~と喚いた。
生徒たちは見て見ぬふりをして通り過ぎるか、あからさまに面白がった。生贄がある間は自分は安全だと思って、憐みの眼差しを向ける者もいた。
そんな中で親身に同情を示す者が二人いた。一人は彼女、いや彼のサポート役を夏休みが始まるまで仰せつかっている、僕、高橋公司。そしてもう一人は、親友の水森美玖を見殺しにした罪悪感を抱き続けている、佐藤妙子だった。二人は陰ながら彼、いや彼女(ややこしいなあもう!)をフォローした。
城島光は傷だらけのガラケーでどこやらに電話していた。
そしてやがて、例のボンゴバンが迎えに来て城島光を助手席に乗せ、後部打席を倒して自転車を積み込んで去った。
次の日には城島光の靴箱の靴にクギが打ちつけられていた。二足とも。用務員さんからクギ抜きを借りてきて、公司がクギを抜いてやった。城島光はべそをかいて立っていた。ほかの生徒はクスクス笑いながら見て通った。
それからも、リュックカバンの中の学用品が盗まれたり、ヘビの抜け殻が入れられていたりした。ヘビの抜け殻は通販で売られているほどの縁起物だけど、城島光はことのほかヘビを恐れるタチらしく、そりゃあもう大騒ぎだった。
それらの問題は、ロッカーに(というほどのものではなく、靴箱を大きくしたようなもので、扉はあるけど鍵は取り付けられていなかった)、先生から鍵を取り付けてもらったことで解決した。ほかの者たちは、膨れたカバンやリュックなど、ロッカーに入りきらないものは上の棚に並べて置いている。城島光は中身を少なくして無理やり押し入れた。
さらにみんなにシカトされたり、教科書が破られていたり、ノートに”シネ”といたずら書きされていた。城島光は目に涙を溜め、地団駄を踏んで悔しがった。ほかのクラスの生徒や三年生からもちょっかいを出されていた。
そんなイジメを先生方は知ってか知らずか、知らないはずはない、佐藤妙子が担任にいいつけているのを見た。なのに、加藤担任はこれといった措置をとらなかった。人にはサポートするようにいっておいて。
公司は学級委員長として責任を感じて、生徒会長であり表番長の稲垣先輩に相談した。このままでは自殺した水森美玖の二の舞になりかねないと。
だけど稲垣先輩は本人が強くなるしかないといった。表立って何かあれば助け舟を出せるけど、陰でコソコソやられたら防ぎようがない。先生方も同じ。でも、このままでいいはずはない。イジメられっ子の避難場所だった本校が、イジメの巣窟になってしまった。学園長の孫であり、学園理事の息子である先輩は学園の行く末を案じているようだった。
稲垣先輩はこうもいった。 何か得体の知れない勢力が学園を乗っ取ろうとしていると。それは親の受け売りかも知れないが。
城島光は禁忌に触れてしまったのだ。水森美玖の自殺は触れてはならないことだった。その真相を一番良く知っている佐藤妙子はでも、城島光の憤りに感銘して、光の味方になり、親しくしていた。だから彼女もイジメの対象となってしまった。
だが、それからまもなくして奇妙なことが次々に起きた。
城島光の自転車にいたずらした三年生の宮本幸雄が(これは自分で吹聴していた)放課後、自分の電動アシスト自転車を背負うようにして、両輪に両手をオモチャの手錠で繋がれて歩いていたという。
それから、靴にクギを打ち付けた楠木良治も、家の近くの児童公園で、楠木の枝にイエスキリストのように両手の平を五寸クギで打ち付けられて悲鳴を上げていた。
ほかにもカバンを失くした者がいたり、カバンの中に、ネズミの死骸が入れられていたり、佐藤妙子を痛めつけた金村郁子ら三人のヤンキー女子は、学園裏の人気のない所で、黒いカンフー衣装のけっちゃ面に襲われている。
いずれもみな、相手はけっちゃ面をかぶっているので、正体はわからない。が、背格好は城島光に似て小柄だったという。そしてみな、正確に、城島光が受けたダメージ通りの処に、それ以上の報復を受けているのだ。
佐藤妙子の場合も同じだった。金村郁子ら三人組は、佐藤妙子と同じ処に包帯を巻いて登校して来た。
そういうところから、けっちゃ面の正体は城島光ではないかと噂されるようになった。