第一章 転校生 8
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梅雨の晴れ間が続いていたけど、さすがに今日あたりから空は鈍色の厚い雲に覆われて、梅雨らしい雨となった。
教頭室に集まった加藤を含めた担任六名が、教頭のデスクの前で報告を始めた。
まず三年六組の担任が、清川直人について、大腿骨転子部骨折で山中病院に入院していることを報告した。
「骨折で入院ですと? それは乱闘だったのですか」
「いえ、それが、別の何者かに襲われたようでして。城島光さんを五人で暴行したことは認めております。そのあとにですね」
「そのあとに? ほかの生徒はどうなんですか?」黒石教頭はほかの担任の方を向いて訊いた。
二年七組の担任が答えていう。「うちの組の、興梠卓も、上腕骨近位部骨折で『ほねつぎ接骨医院』に通院しております。理由は同じです。彼も、城島光さんに暴行したあとに何者かの襲撃を受けております」
「そのほかは?」
「梅田五郎が、顔面打撲で山中病院で治療を受け、全治一週間の診断書を取っておりました。彼も同様です」と、二年四組の担任がいえば、「坂口エリカも同じく顔面打撲で山中病院で治療中です。彼女も右に同じ」と二年五組の担任もいう。
「うちの時田万里江も同じく顔面打撲ですが、彼女は唇を切った上に前歯が一本折れておりましたので、歯医者にも通っているといいます。理由は同じです」と三年二組の副担任がいう。
「なんとまあ…一体その何者かは何者なんですか?」と教頭はメガネを中指で押し上げた。
三年六組担任の堀田先生がいうには、「それがお面をかぶった怪しげな風体の小柄な男だったと。たった一人で、あっという間に五人を打ちのめして去ったといいます」
「たった一人で?」
聞くところによると、そのお面は逆さまにしたら表情が変わる、岩手県盛岡市名物のけっちゃ面のようだと、東北出身の堀田先生はいう。
「城島光さんをイジメた五人は、けっちゃ面をかぶった何者かの報復を受けたということかね」
「そう考えた方が合理的ですねえ」
みなも納得したようにうなずいた。一番納得したのは教頭かも知れない。腕を組んで仰け反った。
そこで加藤はいう。
「城島光のご両親に会ってきましたが、ケガは、大したことはないといっておりました。子供のケンカなので騒ぐほどのことではないと、鷹揚に構えておりました。親がしゃしゃり出ることでもないと」
「そうですか、それならひとまず安心だ」
怒鳴り込んでこられるのではないかと戦々恐々としていたのだろう。すでに一時限目の授業は始まっているので、ほかの先生方は教室に戻ったが、目で合図された加藤は居残った。
「どんなご両親でしたか?」
「テキヤというから特殊な人たちかと思ったら、ごく普通の親御さんでした。商売人という感じで。露天商なんだから商売人には違いないですけどね。清潔感があって、昔と事情がかわっているんですかねえ」
「五人組については良いお灸になったと思うけど、その何者かは気になりますねえ。校長先生には一応そう報告しておきましょう。引き続き城島光の監視をお願いしますよ」
「わかりました」
城島光は暴行を受けた相手に恨みつらみをいうでもなく、誰ともいわずに、知らない人たちといった。両親もそうだ。さばさばした親子だなあと思いながら、加藤は体操服に着替えて体躯の授業に向かった。