第一章 転校生 6
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その懸念はすぐに現実のものとなった。
月曜日に城島光は痛々しい包帯姿で登校してきた。
顔や手足の見える所には絆創膏や引っ掻き傷や腫れ青タンがあり、見えない所は骨折でもしているのか、右腕は包帯で吊り、左足を引きずるように歩いていた。
月曜日は朝礼があったので、天気も良くて、白い包帯がいっそう白くまばゆく輝いていた。校長先生は沖縄慰霊の日の話をしながら、二年一組女子の前から五番目に並んでいる、城島光をチラチラ見ていたし、ほかの先生方もそうだった。
当の城島光はみんなから憐れみの眼差しを受けながらも、落ち込んだ様子はなかった。
教室では、金村郁子ら三人組の女子が、無残にも、左目と右唇を腫らし、こめかみに青タンをこさえた城島光を、机に腰かけ、椅子を抱くように座り、立って眺めて、ほくそ笑んでいた。
休み時間にそれとなく訊いてみたけど城島光は何もいわなかった。どうして忠告を聞かなかったのかともいえず、公司は責任を感じて心を痛めた。
担任に呼ばれて、何があったのか訊かれても答えようがなかった。
だけど、昼休み頃から少しづつ情報が入ってくるようになった。学級委員長の公司は他のクラスの委員長と話す機会が多いので、情報網が広いのだ。
三組の委員長からもたらされた情報によると、Y町の児童公園で、学校帰りの本校の制服を着た女子生徒が、本校の制服姿の五人の男子女子(女子は二人)生徒に絡まれて、殴る蹴るの暴行を受けているのを一年生が目撃したという。
それが城島光ではないかと思われた。彼は先週の木曜日からチャリで登下校していたのだ。
生徒会長の稲垣先輩にも城島光のことを訊かれたので、公司はそのことを話した。
「で、くらしたんは誰や?」
「それが、目撃者が一年生なのでようわからんようです」
「新一年生なら無理ないな。よしわかった。こっちで調べてみよう」
さらに幅広い情報網を持つ稲垣先輩は、午後の授業が終わる頃にはもう詳しい情報をつかんでいて、下校時にやってきて公司にこういった。
「わかった。わかったけど、五人とも、どういうわけか今日学校に出てきていない。無断欠席しとる。そのうちの一人、三年生の清川直人は骨折で入院しとるそうだ。これからそいつに事情を聴きに行く。お前も来い」
ということで稲垣先輩と一緒に山中病院にチャリで三十分かけてやってきたのだった。
山中病院は内科・外科・整形外科の病院で、子供の頃、公司も何度か母親に連れられて通院したことがある。街路に背比べのように立ち並ぶ四、五階建てビルの一つで、その辺りで一番古いビルの三階が整形外科だった。
その四人部屋の入って右奥、つまり窓際のベットに、左大腿部にギブスをした三年生の清川直人が横たわっていた。
「どうしたんや?」
「それが…ちょっと」
清川直人は公司を見て言い渋った。
「こいつのことは気にするな。ちょっとどうしたとか」
稲垣先輩の野太い声は苛立ちを含んでいた。
「二年の生意気な転校生を痛めつけた帰りに、妙な奴に襲われて」
「妙な奴に? ほかの四人はどうした?」
「興梠卓は腕を骨折して自宅近くの接骨医院に通院しているし、梅田はこめかみに打撲傷を負ってこの病院で脳検査をして、異常がなかったので帰った。女子二人は顔を殴られて、一人は左目に青タン、目蓋が腫れて目が潰れかかり、もう一人は前歯が折れ、唇を切ってばちくり上がったんで、二人とも、みっともないから学校に行けやしないと、ラインでいってた」
「それで相手は何人組や?」
「一人」
「何、たった一人か?」
「でも、空手かテコンドウかカンフーの有段者に違いない。ワイヤーアクションのような素早い動きで、恐ろしく強かった」
それから清川直人は、その者の風体を、背は低い、160センチないんじゃないかなあ、でも体はバネのように強靭な男で、おかしな面をかぶり、黒いカンフー衣装をまとっていたといった。
清川直人は165センチの瘦せ型だが、二年生の興梠卓は公司よりも身長は少し低いけど、体重は七十キロを超すくらいある。梅田にしたって小さい方ではない。女子二人もヤンキー、武器の一つも持っていておかしくない。
そんなヤンキー五人を相手に手酷い打撃を与えたのだから、武道有段者というのもうなずける話であった。
だけど気にかかったのは、彼らが受けた打撃が、そっくり城島光が受けていたダメージの箇所と一致していること。そんな偶然があるだろうか。
でもこのことは稲垣先輩にはいうまいと公司は思った。