第一章 転校生 4
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校門前の歩道で待っていると、薄汚れた白いマツダ・ボンゴバンがやってきて、助手席から制服姿の城島光が降りた。
ケヤキの並木にもたれかかって立っている公司には気づかずに、運転手と、運転手は随分年寄りだった、二言三言話して、何やら荷物を満載したボンゴバンはバックファイアーしながら走り去った。
小耳にはさんだ彼らの会話は、思わず周囲を見回したほど、ほかの生徒には聞かせられないものだった。
「笑わんでよジイ。おかげで昨日は遅刻したんやから」
「タマが風邪ひかにゃよかばってん」
「せからしかあ」
というものだった。
公司は素知らぬ顔で城島光に近づいて声をかけた。
「おはよう!」
校門の方に向かっていた城島光は立ち止まって公司を上目遣いに見た。公司は身長が170センチだから、見た目160センチにも満たない彼、いや彼女は自然にそうなる。
「あんたには良く会うっちゃね」
「今日からは特にね。僕はサポート役なので嫌だろうけど君に密着する。ひと月の辛抱だから。この学園で無事に卒業式を迎えようと思ったら、色々なことを知らないといけない」
「どういうこと?」
「色々あってね。まあそのうちわかるから。当面は僕のいう通りにして」
「わかった」
校門には先生のほかに三年生の生徒会長が立っていた。
―おはようございま~す!
生徒は口々に挨拶をして通る。二人はスクールバスから吐き出された一団に紛れて門をくぐった。
「さっきのが、生徒会長の稲垣先輩。稲垣先輩は学園長のお孫さんで、学園理事の息子さん。野球部のピッチャーでもある。稲垣先輩には取り巻きがいっぱいいて」
「人気があるんだ。先生そっちのけでみな挨拶してた」
「背が高くてカッコイイのもあるけど、なるべくならそうした方が安全だと思うから」
「安全?」
「昭和時代でいえば稲垣先輩は表の”番長”だからね。でも、本当に怖いのは反対勢力の”裏番”。その正体がわからないから、不用意に影を踏んで痛い目に遭うことになる」
「どこにでもいるっちゃねえ、そういうの」
「僕の役目はそういう連中と関わり合いにならないように、危険な人物と思われる者、それと繋がりがありそうな生徒を君に教え、近づかないようにすることなんだ。といっても、僕自身も裏番の正体を知らないから、実際のところはわからないんだけど。いえるのは、地雷原で安全なのはすでに通った処、すでにある安全な道なら教えることが出来る」
「ここも大変なんだなあ…」
「前の学校もそうだったの?」
「まあね」
「てゆうか君、男言葉になってる。ほかの生徒の前ではそんな話し方しない方がいいよ、声低いし」
「声が低いのはアゴが発達していて口が大きいから中で反響するんだ。ふだんはおちょぼ口といわとっちゃけど、ゆで卵を横にして口に入れることが出来る。でもなんで?」
「なんでって、女子なんだから変に思われるでしょう」
「そうかなあ」
「って、そんなとこスカートの上から掻かないのっ! 人が見てるからあ!」
「自分のモノを掻くのに誰に遠慮がいると? あんたが女言葉になってどうする」
そんな調子で朝八時から下校時間の16時まで城島光に密着してそうとう疲れた。
マツダ・ボンゴバンが迎えにきてホッとする。
よく見ると、ボンゴバンにはお祭りや縁日で見かける板紙付きのオモチャが満載されていた。白い煙を吐き、カラカラ音を立てながら走り去って行った。
向こうの方でマフラーが破けたようなパカパカいう音を立てていた。。