第二章 水森美玖の投身自殺 5
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「だんだんエスカレートしておりますけど、大丈夫ですかねえ、教頭先生」
「城島光が被害者のうちは大丈夫」
「でも、けっちゃ面が城島光なら問題ですよ。不良生徒とはいえ、学園の生徒が手酷い報復を受けておりますから。PTAも騒ぎ始めておりますし」
「あんな華奢な子が、そんなことはあり得ないと思うがねえ…。それに学園外で起きたこと。ここは静観しよう。校長先生の意向だからねえ」
「それでも城島光がけっちゃ面なのかどうか、確かめておくべきではないですか?」
「そうだねえ…。警察が傷害事件として捜査しているし、もしそうなら、学園生徒から逮捕者が出ることになる。違っていたら、うちの生徒が傷つけられているのを黙って見過ごすことに―」
「私の知り合いに探偵がおりますから、内密に調査させましょうか?」
「そうだね。警察より先に知っておくべきかも知れないね。調査費用はほかの名目で出すことにしよう」
ホームルーム前に加藤は教頭室に立ち寄って懸念を訴えたのだった
。
ホームルームではさりげなく城島光の様子を窺った。
男子に見えたり、女子に見えたり、不思議な子だ。もっとも、モナリザの微笑みだって、じっと見つめていると、男に見えてくるという人もいる。
ケガや生傷が絶えないのに落ち込んだ様子は見られない。イジメられっ子の暗さがない。イジメられるタイプでもないのに、どうしてイジメられるのか不思議でならない。
この子をエサにして今、病んだ学園の外科手術が行われているのだろうか。
城島光にけっちゃ面を被せて想像してみた。人はみな内面を隠してペルソナを被って生きている―にしても、乾太を倒すほどのパワ―を内に秘めているとは、教頭先生ならずとも、外見上は想像出来ない。
加藤は、今度ケガが治ったら体育の時間に、城島光の身体能力を探ってみようと思った。
「先生」という声に加藤は我に返った。見ると上田桃子が手を上げていた。
「上田さん、何だね?」
上田桃子は起立していう。
「この間、城島光さんが右腕を包帯で吊り、左足を引きずるように歩いていたですよね。それなので体育の授業を見学しましたけど、あれは仮病だと思います」
「そんなことがどうして君にわかるんだ?」
「だってチャリで通っているし、この間は包帯で吊っている右腕を上げて大あくびしながら背伸びしたしい、引きずっている左足で近所の小学生たちとイッケンケンして石蹴り遊びしてたもん」
上田桃子は、おかめお多福顔に度の強いメガネをかけた、クラスで一番背が低いチンチクリンな子。潔癖症なので、悪気はないと思われるのだが。
「罰としてホームルームでラジオ体操させ、体育の授業には腕立て伏せ百回にグランド十周させるべきだと思います」という。
―賛成!
という声がいっせいに上がった。
意外なのは、金村郁子が静観していることだった。学級委員長の高橋公司によれば、城島光へのイジメは金村郁子から始まったというが。彼女は佐藤妙子をイジメて、けっちゃ面の報復を受けている。城島光に関係しない者が報復されるのは初めてのことだ。
それにしても子供の単純明快なロジックには驚かされる。
「城島光さん、君はどう思う?」当人に訊いた。
城島光は立っていう。
「上田桃子さんには悪いけど、仮病ではなかですよ。ただ、いっていることは事実です」
「じゃあ、体育の授業を受けられないことはなかった?」
「今でもコルセットをしたまま、腕立て伏せ100回出来るし、上田桃子さんをビビンコしてグランド十周出来ます。でもそうしたら、ウチらの首を絞め、一本背負いで投げ飛ばして入院している、イヌイ先輩はどうなります。コオロギ先輩にキヨカワ先輩、ウメダ先輩、女子二人の先輩も、立つ瀬がなかでしょうもん。ウチら以上の痛い目をみて、かわいそうじゃなかですかあ」
これもわからんロジックだけど、単純明快。
「よしわかった。そういうことだそうだ。みんなもイジメられてくよくよするより、イジメる相手のことを思いやって、そのさもしい根性をいたわってさ、さも苦しんでいるように演技してやることだ。―おお、そうだ! 今までの例からすると、水森美玖さんを自殺に追いやった者たちも、同じ目に、もしくはそれ以上の報復を受けるかも知れんな。聖書にもちゃんとと謳われている。目には目を。同じ痛みを味わって初めて相手の痛みがわかる。思い当たる者は気をつけないと、担任だった津田先生も責任を感じられて入院しておられる」
―ひっ!
という声がしたように錯覚するほど教室内は静まり返ったのだった。