第二章 水森美玖の投身自殺 4
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公司は生徒会長の稲垣幸太郎の使いの者にいわれて、城島光をグランド脇の土手に連れて行った。
グランドでは野球部の練習が行われていて、ユニホーム姿の稲垣先輩はホームからメガホンで声をかけていたが、二人を見つけてやって来た。
「おう、君か」先輩は城島光を興味深そうな目で見た。「思ったより小さいんだな」
「何か用ね?」初対面の上級生にタメ口である。誰にも物怖じしない、うらやましい性格をしている。
「まあ、座れよ」といって先輩は土手の草むらに腰を下ろした。「三年生の乾にシメられたそうだな」
公司と光も腰を下ろす。
「うん。首を絞められた。死ぬかと思った」
「ははは。それで絞めた奴は今入院しているってわけだ。奴の仲間の滝川によると、乾太は脛骨を骨折し、腰椎を損傷していて、一つ間違えば半身不随になるところだったと医者がいっているそうだ。太く短いイノシシ首にギブスを嵌めた姿を思い浮かべると、笑っちゃうけどな。カブトムシのメスみたいな奴だから。それに義理堅くも、聞けば、公司の腹を一発殴ったという山岸も、肋骨を一本折っている。
そこで訊くが、君がけっちゃ面なのか? どう考えても、そこまで正確な報復を加えることが出来るのは、被害者の君以外には考えられないし、報復を受けた者たちの証言とも一致する。でも見た限り、小柄な女子の君に、そんなことは不可能に思える」
城島光は野球の練習の方を見ていて何もいわない。
公司は彼女、いや彼が後ろから乾の両肩に飛び乗り、太い首に脚をを巻き付けて、一輪車を操るみたいにコキッと捻る情景を思い浮かべてみた。マンガならそうしても可笑しくない。
「どうなんだ? そこをハッキリして欲しい」
やはり城島光は何もいわない。
沈黙の果てに、「何がいいたいの?」素っ気なくいった。
「乾太は影の門番。門番を倒したということは、戦端は切られたということだ。これからは”影”が容赦なく潰しにくるだろう。君一人ではとうてい持ちこたえられまい。これ以上イジメの犠牲者を出したくないんだ。水森美玖の二の舞はさせられない。学園の存続が危うくなる」
やはり稲垣先輩は学園長のお孫さん、学園理事の息子さんだ。これまでも影番と鎬を削って学園を守ってきたのだろう。
「だからどうだというの?」
「君に護衛をつける。こいつのような(というって公司を見た)頼りにならない奴ではなく、格闘技にたけた者を三人」
「イヤだよ。そんなのに金魚のフンみたいについてこられちゃカッコ悪いよ」
「誰にも気づかれないようにだ」
「監視するてことだね」
公司はおろおろしていた。なんて無礼な奴だ。先輩に向かって。
「水森美玖も影にやられたと?」
「それはどうだかわからない。けど、結果的に彼女を救えなかったのは生徒会の責任。痛恨の極みだった。クラス委員長の高橋はどう思う?」
「僕も同じです。僕の責任です。イジメには気づいていたので、ホームルームで、何度も呼びかけたけど、救えなかった。傍から見れ大したことではないようでも、面白半分で悪気はなくても、本人は深刻に受け止めていた。最悪の事態になってしまった」
「残酷かも知れないけど、本人が強くなるしかない。そういうの、防ぎようがない。後手後手に回って、あとになってからみな責任逃れをする」
「クラスの大半が彼女の容姿をキショイとか、家業が酪農家なのでクサイとかいって囃し立てた」
「転校生なのに詳しいんだな」
「そう証言した佐藤妙子も今イジメられとう」
「佐藤妙子は水森美玖と仲良しだったから彼女を庇っていたのは知っている。二人はいつも一緒にいた。登下校も」
イジメが誰から始まり、中心に誰がいたのかもわからない。
「ともかく、これ以上犠牲者は出せない。君はイヤかも知れないけれど。ただし、学園内と通学路までだ。それ以上はプライバシーの侵害になるからな。彼らも生徒だからそれ以上は無理。それに―」
稲垣先輩はそこで言葉を切った。しばらく黙ってからいった。
「もしも君にけっちゃ面という護衛がついているのなら、乾太らを倒したほどの強者、その報復主義から学園の生徒を守ることになる。そして君自身がけっちゃ面なら、目には目を、という主義をやめることだ。そんなことはこの稲垣が許さん!」
と、その時、ファールボールがライナーで飛んできた。
稲垣先輩も公司も咄嗟によけたけど、城島光は、風圧を感じるほど顔近くに飛んできたボールに、微動だにしなかった。
―何という動体視力だ!
「そうやってまた犠牲者が出るっちゃね」といって城島光は立ち上がった。
そして立ち去った。