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二人の死神

「珍しいじゃないか。お前から俺に話しかけてくるなんて。一体何の用だ?()()。」


 ベランダに出た後、俺は星空を見上げながら、見えないそいつに話しかける。

 頭の中に響く俺と同じ声は、嘲笑うかのように俺の言葉に答える。


『いや何、随分と面白いことになっているようだからな。少し様子を見ていただけだ。あの女の扱いに手を焼いているようだが、手を貸してやろうか?この俺に変わりたければいつでも変わってやるぞ?』

「ふざけるな。お前に二度と出てこさせてたまるか。お前は危険すぎる。そこでじっとしていろ。」

『ふっ、お前がそう言うなら、別に構わないが。俺は直感しているんだよ。近いうち、お前が自分から俺の力を欲して首を垂れる事をな。』

「あり得ないな。俺はお前を許さない。」

『相変わらず話の通じない奴だ。あんな昔のことを未だに根に持っているとは思わなかったぞ。』

「どれだけ時が立とうと、俺がお前に心を譲ることはない。お前は大人しくそこにうずくまっていろ。」

『……いいだろう。そこまで言うのなら見届けてやるとしよう。ただし、お前が情けない姿を見せなければの話だが。』


 これ以降、奴の言葉は聞こえなくなった。


 俺の中の、もう一人の俺。あいつの声を最後に聴いたのはもう5年前になるのか。日本では、「光陰矢の如し」という言葉があるが、まさにそれを実感してしまう。

 それにしても、奴の言葉。一体どういう意味だったんだか。気に留めたくはないが、奴の直感は特に俺にとって悪い方向によく当たる。奴の目には一体何が見えている?


 ……ここで一人で考えていても仕方がない。それに、いつ桐谷に寝首を搔かれてもおかしくないんだ。あいつの言葉に気を散らすくらいなら、自分の身の安全を考える事を優先すべきだ。


 


 ベランダから戻ると、桐谷は正座で冷やし中華を平らげていた。

 窓から彼女の様子は見ていたから分かっていたことだが、十分満足したようだ。


「御馳走さま。凄くおいしかったわ。ありがとう。」

「礼はいらない。あんたのような人材を確保できたんだ。このくらい安いものさ。」


 ()が信頼できるようになるまでにはかなり時間がかかりそうだが。


「それで、さっきは何をしていたの?一人でぶつぶつと独り言を言っていたみたいだったけれど。」

「……。」

「あー、やっぱりなし。言いたくないなら言わなくてもいいのよ。誰にだって言いたくないことの一つや二つあって当然だもの。私なんか特に、あなたにとってはまだ出会って間もない赤の他人だしね。」


 桐谷は食器をもって立ち上がり、台所で洗い物を始める。俺が言えたことではないが、何というか殺し屋らしくない女だ。この業界にいる者は大抵自分の事を最優先に考える。特に同業者同士なら尚更だ。相手のことを気遣う素振りすら見せない。

 なのに桐谷は気を使うどころか、俺の表情から気持ちを察して的確に言葉を選んだ。


 殺し屋らしくない態度、仕草、そして何より、家族という言葉に見せた、あの反応。これらの事から予測すると、桐谷はまさか……。


「桐谷。お前まさか、家族の誰かが殺し屋だったのか?」

「……っ!?」


 洗い物をしていた桐谷は、皿を洗い場に大きな音を立てて落とし、驚いたように目を見開く。


 図星だったか。元々その家族が殺し屋だと知っていたわけではない。ある程度歳を重ねてからそれを知り、技術を植え付けられた殺し屋か。殺し屋になった動機としてはよく聞く話ではあるが、おかげで桐谷の人柄の良さに納得がいく。


「すまない、独り言だ。忘れてくれ。」

「……ありがとう。助かるわ。」


 桐谷はお礼を言って俺から目を逸らす。

 まったく、この国の人は礼を言うのが好きなのか?自分にされたことと同じことをしただけで感謝する意味なんてないだろうに。

 だが、礼を皮肉で返すのは流石に相手の気分を愚弄することになる。無理にこれを口に出すことはないな。


 俺は黙々と冷やし中華を食べ続ける。自分で作った料理の味なんて最近ではもう何も気にしていなかったが、自分の部屋に同居人がいるだけで、いつもよりも美味しく感じる気がする。家族を持つ人はこんな気分だったのだろうか。


「ところで、食べ終わってからでいいから、私に何をしてほしいのかちゃんと説明しなさいよ?あなたが守りたいって言ってるその子……、今にもまた誰かに狙われているのかもしれないのよ?」

「分かっている。本気で凛花を守るつもりなら、俺に休んでいる時間はない。」


 俺はさっさと食事を終わらせ、食器を洗い場に置くと、テーブルに座る。


「桐谷にやってほしいことは、そう複雑なことじゃない。俺と交代であの子の護衛をすることだ。」

「護衛はあなたがするんじゃないの?」

「正確には暗殺者があの屋敷、もしくは凛花自身に近づいた時に俺に連絡して時間稼ぎをするだけでいい。」

「私があの子を狙うとしたら?」

「俺があんたを殺す。俺があんたを逃がすことはない。そういう考えは今ここで捨ててほしい。」

「……はぁ、そんなことだろうと思ったわ。それで、いつまで続けるの?いくら交代制とは言っても、何年もするつもり?どうやったって限界は来るわよ?」

「2年だ。それまでの間死なせなければ、依頼は期限遅れとなって無効になるはずだ。」


 逆に言えば、2年もの間、凛花を狙う暗殺者がいつどこでやってくるのか分からない状態が続くという事だ。自分の身の安全を守るという事であればそれほど難しいことではないが、誰かを守るとなると難易度は格段に上がる。

 

 欲を言えば、凛花に二年の間どこかで行方をくらましておいてほしいものだが、それは出来ない。もしも仮に、俺が凛花に自身の正体を明かして説得しようとしたところで、自分を殺そうとしていた者のいう事など、信じられるはずがない。


「まったく、厳しい依頼ね。でも、任されたからには最後までやり切って見せるわ。」


 どうやら、桐谷もこれからやろうとしていることの難しさが理解できたようだ。頼もしく感じるが…


「俺に殺されかけて依頼を放棄した奴がよく言うな。」

「命あっての仕事だもの。あなたを敵に回すよりは何倍もマシよ。」


 桐谷は立ち上がると自身の持ち物を片付ける。


「それじゃあ、一先ず今晩はあなたにお願いするわ。私は一度宿に帰って、最低限の生活必需品を持ってくるから。」

「ああ、分かった。明日の朝には戻って来きておいてくれ。朝食を作っておく。」

「了解。気を付けてね。」

「お互いにな。」


 こうして、レオと桐谷との共同生活が始まった。

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